60 『間近で』
皮肉めいた声とセリフに、ロメオは心臓が小さく跳ねた。
だが、それがだれの声なのか、すぐに気づく。
振り返った。思っていた通りの顔である。
「話はあとだ」
その人物の腕を引いて、物陰に隠れた。
ドメニコからは視線を外すことになってしまったが、見つからないことが尾行の前提条件である。
これに関しては仕方ない。
レオーネがにこやかに挨拶した。
「やあ。オレとしては怪しいやつを追っているつもりだったんだが、世間から見ればオレのほうが怪しいよな」
「一つのタスクだと思ってくれ」
ロメオがそう言うと、相手はおかしそうに表情を緩めた。わかっていると言いたげな笑みが口の端に浮かぶ。
尾行中のレオーネとロメオに声をかけた相手――
それは、ジュストだった。
レオーネとロメオの旧友で、同い年。
かつてヴェリアーノに引っ越して、最近またマノーラに戻ってきた科学者。
そして、《気象ノ卵》の発見者・マンフレード博士の息子でもある。
「本当に怪しいとは思ってないさ。大抵の人間には、おまえたちが何者かを尾行していることさえ気づかない。それくらい、おまえたちは自然に溶け込んで尾行ができてる。だが、だれを尾行してる?」
「ドメニコ氏だ」
その名をロメオが告げると、ジュストは眉をしかめた。
「なんだって? じゃあ、あいつがなにかする場面を目撃できたのか?」
身を乗り出そうとするジュストを抑え、レオーネは首を横に振った。長めの金髪がさらさら揺れる。
「まだなんだ。いつもうまいことまかれる。やるね、彼」
「あいつ、警戒心は異常に強いからな。それより、なぜボクを誘ってくれなかったんだ。ボクも手伝うと言っただろ」
険しい剣幕のジュストに、レオーネが爽やかな笑みで答える。
「まだなにもわかってない。ドメニコを怪しいと思って尾行のターゲットにはしたが、オレたちにも彼がどう怪しいのかわからない。そんな段階で、彼を嫌悪しているキミを捜査に加えると、公平を欠く見方をしてしまいそうだと思ったんだ」
「悪いとは思ってるが……」
とロメオが言いかけたときだった。
橋のほうから、騒々しい声が上がった。
「だれかあああ! ひ、人が死んでるー!」
「いやああ!」
レオーネとロメオとジュストが顔を出すと、すでにドメニコの姿はなく、橋の向こうには倒れた男性がいた。さっきドメニコが立ち尽くしていた場所である。
かがんで死体を見て、「これって、最近よく起きてる不審死じゃないか?」と言う人もいた。
最初に悔しそうに歯噛みしたのは、ジュストだった。
「やられたッ! こんなに間近にいたってのに」
「もしドメニコ氏がなにかをしていたとしたら、惜しかったな」
ロメオのつぶやきに、ジュストは苛立ちを隠そうともせずに言った。
「もしじゃない。あいつしか考えられないだろ」
「確証がなければ意味がない。それが捜査だ」
冷静にロメオが言い返すと、レオーネが穏やかに取りなした。
「まあまあ。今日の尾行は終わりにして、明日以降の作戦を練ろうじゃないか。三人で考えよう」
「それがいい。悪かったな、ロメオ。感情的になっていた」
「ワタシもだ」
とロメオが小さく息をつくと、ジュストはふっと笑った。そんなジュストと目を合わせ、ロメオも力を抜いて笑う。
「二人ではどうも進展しなかったところなんだ。ジュストの協力も頼みたい」
「やろうぜ。エッグの謎も究明してみせる」
ジュストが力強く言い切った。
ロメオはレオーネとジュストと共に現場から去って行くが、後ろでは、騒ぎを聞いて駆けつけたらしいマノーラ騎士団の声も耳に入る。エリート騎士のカリストが必死に死者に語りかけていた。




