58 『尾行初日』
レオーネがロメオにカードを触れさせる。
指先からカードが消えて、ロメオは景色に溶け込んだように存在感が希薄になった。《存在シャッター》によって存在感にシャッターがされた。動かなければ、景色そのものになり気づかれることはない。
ロメオは座ってドメニコの家を観察する。
それに対して、レオーネは建物から隠れる形で視認はできない。
じっと動かないで存在を景色に同化させるロメオにも、魔法をかけたレオーネ本人は見失うことなく声をかける。
「オレは術者としてロメオの存在は意識し続けていられる。だから気にせずしゃべりかけてくれていい。身体をそう動かさなければ、しゃべるくらいで存在が景色から浮き出ることはないからな」
「わかった」
ロメオも、口を動かす程度なら《存在シャッター》の効果は消えずに、存在感を薄めていられる。また、このあと動いたとしても、また動きを止めれば《存在シャッター》は発動する。レオーネによると、六時間ほどが効果時間になるらしい。
二人はそれ以降、しばらく待ち続けた。
どれくらい待っただろうか。おそらく、まだ一時間も経っていなかったものと思われる。
家のドアが開く。
ドメニコが出てきた。
服装はどこにでもいるシャツとパンツで、かぶっている帽子は普通のキャップだった。つい先日に見かけた、怪しい目深な帽子をかぶっていたカリストに比べて、よほど自然体に思えた。
「レオーネ。ドメニコ氏が家の外に出て歩き始めた」
「やっとか」
「行こう、レオーネ」
「了解」
レオーネとロメオは追跡を開始した。
見つからないよう、一定の距離は取る。
――マノーラは、路地の多い都市だ。細い路地が入り乱れ、人の通りも盛んだから、追うほうは人ゴミにまぎれやすい。反対に、ターゲットは尾行に勘づいても追っ手をまきやすい。
美点が欠点にもなる構造だった。
わざわざ《レイブンノイズ》などの魔法を使わずとも、音を気にせず動ける。代わりに、明るくクリアな視界では、一度でも顔をハッキリ見られると、こちらの顔を覚えられてしまう。
だが、レオーネとロメオもこうした尾行調査をこれまでにも何度も遂行してきた。見つからない自信はある。
特に今は《存在シャッター》でロメオが存在感をなくして景色に潜める。さしずめ、振り返る前に動きを止める手順は「だるまさんが転んだ」のようなものである。
レオーネはそんなロメオにピタッとくっつくように身を隠し、ロメオの物陰に入るだけで、景色の中の障害物に隠れられるようなものだから、へまをしなければそうは見つからない。
ただ、歩くのが速い。
足の速い相手を追うのは、追いつこうとする気持ちがはやると注意力が削がれてしまう。足音をひそめるのは基本として、ロメオはいつでも止まれるようにも準備しなければならない。
なぜなら、動きを止めることで、景色に溶け込む魔法《存在シャッター》を使っているからだ。
四キロ、五キロと平気で歩き、細かい路地を無造作に進んでいるときは思わず見失いそうになったほどだった。
すると、ドメニコは小さな雑木林を抱えた公園に入って行った。
直径で百メートルほどしかないから、レオーネとロメオはその公園に入って行くか迷った。
しかし、すぐには出てきそうになかったので、二人はドメニコを追いかけて公園に侵入した。
夏草と青葉が敷かれている地面は、足音を殺してくれる。反面、小枝には気をつけなければならない。
ドメニコがなにかするのだろうか。
目をこらして見張っていたが、ドメニコは三分間ほど立ち止まって周囲を見て、なにもせずに雑木林を抜けて公園を立ち去った。
――目当ては、公園なのか……?
だとすれば、どこか別の公園にも赴くだろうか。
そう考えながら追っていると、橋が近づいてきた。橋は相手の視界が広まり、こちらの姿を見られやすくなる。そのため、相手が橋をちゃんと渡り終えてからでないと、橋に立ち入ることはできない。
やっとロメオも橋を渡ったら、今度は階段があり、ドメニコはすでに階段をのぼり終えたところだった。
「急ぐぞ、ロメオ」
「ああ」
レオーネがせっついて、二人で階段を駆け上がる。
しかし……。
もう、ドメニコの姿は、周囲から消えていた。
初日の尾行は失敗に終わった。
この三十分後、レオーネとロメオの耳に、不審死が起こったと噂する人々の声が聞こえてきた。




