50 『研究室跡』
ヴェリアーノは事件とは無縁の安穏とした空気に包まれている。
この町でさえ、《気象ノ卵》からモンスター化して生まれた『大気の子供』が、一日に一件のペースで不審死を引き起こしている。
レオーネが聞いた。
「マンフレード博士の研究室は向こうだったね?」
「そうだな」
わざわざヴェリアーノにやってきたのは、マンフレード博士の研究室を訪れるためである。
なんらかの手がかりがそこにはあるのではないかと思われるからだが、レオーネとロメオにはさほどの期待はない。
「ジュストは、《気象ノ卵》のことなどあまり知らない様子だった。モンスター化や現在の不審死についても、オレたちから聞いて初めて知ったみたいだしね」
「ああ。だが、ジュストはマンフレード博士の息子で、そのジュストが行ってみろと言ったんだ。行く価値はあるだろう」
誘拐事件のあと、ジュストは「研究室に行ってみたらなにかわかるかもしれないぜ」と助言をくれた。
曰く、「あそこには、ボクの父親の研究成果がまだ残ってる可能性がある。あのドメニコに持ち去られたりされてなければだけどな」とのこと。
マンフレード博士の教え子だったドメニコは、ジュストから見れば「嫌なやつ」であり、先日の誘拐事件にも関わっていると思い込んでいる。実際はわからない。だが、《気象ノ卵》のことを知る以上に、ドメニコの目的や動向を知ることだってあるかもしれない。
レオーネとロメオが研究室のあった場所を訪れてみると、そこはまだ形が残っていた。
研究室跡は、本棚から机や椅子、資料まである。
散らかっていて、ほったらかしにされていたものと思われた。
しかし、ロメオが部屋を見回してつぶやく。
「使われていなかった部屋にしては、ほこりが少ない」
「三ヶ月と放置されていないだろうな。オレの魔法にそれをチェックするものはないけどさ」
二人は資料を片っ端から手に取って見ていく。
当然、《気象ノ卵》に関する研究が記されたものはあった。
「興味深いが、おおよそオレたちが知っていることやこれから起きてゆく自然災害の連鎖や環境の変化の予測など、今手にしたい情報ではないか」
「だが、レオーネ」
「ん?」
「ここを見てくれ」
ロメオが指で示したのは、赤い文字での書き込みだった。
箇条書きで記されていた。
・『大気の子供』たちは、環境による姿の変化が現れることがある。
・地球環境の悪化によって、突然変異体はいずれ生まれることになるだろう。
・急激な環境の変化が、すぐにでもこの突然変異体を生み出すこともあり得る。
・生物としての進化も、環境の変化に伴い、何代にも渡って起こるものと思われる。
・人為的にどれほど変えられるか、調べる価値あり。
と書いてある。レオーネはさっと目を通すと、「なるほどね」とうなった。
「マンフレード博士ではない別人の文字で、モンスター化の書き込みがある。確か、マンフレード博士はモンスター化については研究していなかったし知らなかった。つまり―」
「何者かが、マンフレード博士の研究からモンスター化について調べ出すことに成功した。ということか」
「おそらくは。ただ、モンスター化はまったくの自然な発生とは限らない。この何者かがモンスター化を生み出した、という可能性もある」
レオーネは赤い文字をトントンと叩いて、
「モレノさんはこのモンスター化に、自力で辿り着いている。となると、彼はこれを書いた人物の候補から除外される。そして残る候補は、ドメニコしかいない」
「そうだ。あくまで可能性が高い人物という話だが。まったくの別人が絡んでいたり、別の何者かが書き込んだこともあり得るとしても、ドメニコ氏の調査は必須だな」
とロメオが判定した。
「そうなると、つながることもあると思わないか? ロメオ」
「ジュストの発言か」
「いや。《三つのお告げ》さ。オレとおまえで確認したじゃないか。怪しげなことをぶつぶつと口にしていたドメニコを不審に思い、彼について調べた」
「そうか。そこで、名前と年齢の他に、映像を見た」
「ああ。そのとき見えたのが、白衣姿の彼と黒板、そしてどこかの研究室だった」
「その研究室は、ここと同じということか」
「その通り。映像とは時間軸のズレがあってもおかしくない。しかし、白衣姿は最近のものに見えた上で、黒板とこの研究室が映像と一致している。これはビンゴだ。だったら、オレたちの調査も次のフェーズに移行する。調査対象をドメニコに絞り、彼の動向を探ろう」
レオーネの提案に、ロメオは静かにうなずいた。




