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49 『ルーチェとヴェリアーノ』

 翌、八月三十一日。

 レオーネは妹のルーチェに頼んでいたことがあった。


「今日でしたね、レオーネお兄様」

「ああ。行き先は、『(みず)(みやこ)』ヴェリアーノだ」


 メイド姿の少女・ルーチェは、『ASTRA(アストラ)』のトップ・ヴァレンの『メイド秘書』であり、その特異な魔法から『ヴァレンの羽』とも言われている。

 魔法は、ワープである。


「《出没自在(ワールドトリップ)》で連れて行ってほしいんだが、帰りは大丈夫だ」

「はい。何時くらいに出かけましょうか」


 ルーチェが尋ねると、レオーネはロメオを見やる。ロメオは腕時計を確認して、「あと二時間後だ」と言った。


「まだ時間もありますし、それではちょっとリディオちゃんとお花に水やりをしてきますね」

「最近育ててるチェレンカか」


 とロメオが言うと、ルーチェはうれしそうにうなずいた。


「はい。リディオちゃんったら、今ではすっかりワタクシよりお花が好きになっちゃって。素敵なことだと思います」


 ロメオが微笑み、ルーチェは部屋を出て花の水やりに行った。

 昼食後、時間になって三人はロマンスジーノ城を出発した。


「それでは参りましょう。《出没自在(ワールドトリップ)》、ヴェリアーノ」



 ワープする魔法、《出没自在(ワールドトリップ)》。

 世界でもごくわずかしか使うことのできない極めて特異性の高いワープ系の魔法である。使用条件やワープの性能は、ワープ魔法の使い手によっても異なるが、ルーチェのそれにも美点と欠点がある。

 第一に、自身が行ったことがある場所にしかワープすることができない。

 第二に、目的地を町単位でしか設定できない。ワープしたあとの到着地点は、その町のどこかがランダムで選ばれる。

 第三に、ルーチェが直接触れている相手と、ルーチェに直接触れている相手しかワープできない。ルーチェに触れている相手に触れている人物や、ルーチェが触れている相手が触れている相手はワープ不可。接触は地肌ではなく服の上からでも問題ない。

 第四に、目的地の設定を、例外として三つだけ建物や人物単位で登録できる。三つの登録地点はいつでも自由に消去可能だが、登録するのはその場所を訪れた直後にしかできない。人物を設定した場合、その人物の隣にワープする。



 魔法が使用され、ルーチェが触れていたレオーネとロメオもいっしょにワープした。

 場所は、『水の都』ヴェリアーノ。

 イストリア王国の北東部に位置する都市である。

 美しき水を湛えた運河が発達しており、主な交通手段は船となる。つまりゴンドラだ。ゴンドラによる水上バスや渡し船がよく利用されている。この街独特の風景といえるだろう。

 東南方向の海から吹く風が、レオーネの髪をさらった。


「いつ来ても麗しい町だね」

「だな」


 レオーネとロメオは、この町のどこに自分たちが着地したのか、視線を走らせ確認する。

 橋の前にいた。

 周囲の建物から判断して、レオーネが「ここか」とつぶやく。


「柔らかな風が心地良い日和ですね」

「そうだね」


 ふと、ロメオは橋の下に流れる川に目を落とした。


 ――前に来たときより、わずかだが水面が上がっているだろうか。温暖化が進めば、ヴェリアーノは他の都市より水没しやすい条件下にある。そんなことを、モレノさんも言っていたか。


 川の多いこのヴェリアーノは、自然それだけ橋も架かりやすく、水との共生が課題とされて町が形成されてきた。

 しかし、水面が上昇すれば、水との共生も難しくなり、町そのものの構造を大きく変えなければ、人が生活できなくなる。

 今はゆったりと流れる水が穏やかな空気を息づかせるが、細い水路はそれだけもろくもあり、影響を受けやすい。

 そんなことを考えていたロメオに、レオーネが声をかけた。


「どうした? 川底になにか見えたのか?」

「いや。なんでもない」


 ロメオが首を振ると、ルーチェが二人ににこっと微笑む。


「それでは、ワタクシはそろそろ失礼しますね」

「ありがとう」

「グラッチェ、ルーチェ。夜には帰るとグラートさんにも伝えておいてくれ」

「はい。かしこまりました。レオーネお兄様、ロメオお兄様、お気をつけて」


 ルーチェは胸の前で手を振って、「《出没自在(ワールドトリップ)》、ロマンスジーノ城」と唱えて消えた。

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