41 『先入観』
レオーネは事件について、短くまとめる。
「ロメオの弟、リディオが何者かに誘拐された。脅迫状にて要求されたのは二つ。多額の身代金と、エッグについて調査するのを辞めること」
「なんだって!」
「オレとロメオは今からリディオを取り返しに行く」
ジュストは舌打ちした。驚愕の表情からは徐々に苛立ちも浮かび上がってくる。リディオが誘拐されたと言った瞬間も、レオーネとロメオならば大丈夫だろうという顔をしていたジュストだが、エッグの単語が出た瞬間に怒りを見せた。
「卑劣なやり方だな。犯人に目星はついてるのか?」
「いいや。エッグのことを知っている人間になるから、候補は少ない。だが、わからない。ちなみに、その条件のみから候補者は選定されるから、ジュスト――キミも容疑者に入っている」
「冗談はやめろ。ボクはまだ冷静を保っているが、これ以上ふざけるとわからないぞ」
本気で怒っておかしくないジュストに、レオーネは謝った。
「ごめん。気を悪くしないでくれ」
「許してやるよ。でも、聞いたからにはボクにも手伝わせろ。そいつのことは、許せないんでな」
そいつ、と特定のだれかを名指しするような言い方に聞こえた。だからロメオはたしなめる。
「ジュスト。まだなにも決めつけるな。冷静に行こう」
ロメオが考え得るのは、その「そいつ」はジュストが嫌いなドメニコくらいのものだが、犯人はまだわからないのだ。それに、ドメニコがジュストの父・マンフレード博士の教え子であるのは事実としても、今回のモンスター化についてはなにも知らないかもしれない。先入観は事実に霧をかける。真実への道を閉ざす魔法だ。
弟が誘拐されたというのに冷静に状況に向き合うロメオを見て、ジュストは小さく息を吸い、ふうと吐いて肩の力を抜いた。
「悪かった。だが、これはボクの性格でもある。トライアンドエラーが信条だから、つい決めつけてかかって研究してから、フィードバックしてしまうんだ。ただの癖だと思って、聞かなかったことにしておいてくれ」
「そうか」
空気は、存外険悪ではない。みなが冷静になっている。目的を見つめ直す静かさだ。ここに、レオーネが爽やかな風を吹かせるように言った。
「さて。しゃべりながらだが、カードを引いてみたところ……おもしろいのが出た。これで作戦を立てたいと思うがどうだろう」
レオーネがカードを見せた。
「筋は?」
ロメオはそれだけ聞いた。
ジュストは黙って二人を見る。その目は少し楽しそうだった。
「もしリディオの解放が誠実になされなかった場合、オレがリディオを手元に引き寄せる。逆に、リディオの引き渡しが終わったら、その場合は誘拐犯たちを捕らえに行く。オレはこのカードを使って撹乱させるから、ロメオは敵を倒してくれ。ジュストは戦ってもいいし、戦闘のサポートでもいい」
「……わかった。では、作戦を詰めていくぞ」
とロメオがジュストを見る。
二人の会話を聞いて、ジュストが子供の頃のような微笑で言った。
「なんだか、昔を思い出すよ。大まかな方向性をレオーネが決めて、ロメオが緻密な戦略を練る。それは変わってないんだな。三人でよく科学の議論をするときも、いつもレオーネが議題を持ち出して、ロメオが詰めていくんだ。ボクはいつもロメオの計算の完成度を高めるサポートだった」
「そうだったかな。ジュスト、キミもいろんな議題を持ち出したじゃないか」
冗談っぽく笑うレオーネに、ジュストも笑みを返す。
「だが、問題を提起したあとにレールを敷くのはレオーネだろ。おまえも緻密な計算ができるくせに、ボクとロメオが考えることが多かった。おまえはボクとロメオが気づかないような可能性の提示をした。それはおまえにしかできないからだ」
「あはは。そうだったかな」
とぼけたようなレオーネに代わり、今度はロメオが言った。
「だが、今回もそれでいいだろう?」
「もちろんだ」
闘志を秘めた微笑といたずらっ子の微笑が合わさったような微笑で、三人は顔を見合わせた。