40 『道中の邂逅』
ラファエルがあわてふためくのを見ても、レオーネとロメオは冷静だった。
大事な弟を誘拐されたロメオだが、リディオならば大丈夫だという弟への信頼と、レオーネと二人なら解決できるというバディへの信頼に満ち、その横顔を見るとラファエルも落ち着いてきた。
――そうだよね。レオーネさんとロメオさんがいれば、大丈夫。
一つ一つ情報を確認していくレオーネとロメオ。
要求された金額は、一人の人間が働かずに一生暮らせるほどの額であり、身代金を置くよう指定された場所は廃墟のようだった。
「しかし、気になるのは最後の一文だな」
「ああ。エッグの調査を辞めろという言葉。ワタシとレオーネが関わっていることを知っている人間が犯人。かつ、調査を続けることを快く思わない人間ということまでわかる」
「オレたちがエッグについて調査してると知っている人間はわずかだ。外でモレノさんと会って話したりしてきた以上、どこかで情報を盗み聞きしている可能性もあるが、犯人の候補は少ないな」
「犯人の狙いも、こっちだろう。身代金はおまけに過ぎないと思う」
「そうだな」
二人の会話の途中で部屋に戻ってきたグラートだが、ラファエルが「じいや。リディオが、誘拐されたんだ」と言っても、リディオが誘拐されたというのに、レオーネとロメオに負けず劣らず冷静だった。ラファエルにコーヒーを差し出すと、誘拐事件についての問いを向けた。
「みなさん、どうなさいますか? わたくしにできることがあれば、申しつけてください」
「では、リディオに美味しい夕食をこしらえてやってください。遅くならないうちに戻ってきます」
レオーネが悠々と答えると、グラートはにこりと微笑んだ。
「承知致しました」
「行こう。ロメオ」
「ああ。レオーネ」
部屋を出る直前、ロメオがラファエルに視線を投げかけ、優しく声をかける。
「大丈夫だ。ワタシたちに任せておいてくれ」
「はい。お願いします!」
うん、とうなずき、ロメオはレオーネと共に出発した。
ロマンスジーノ城を出てすぐ。
レオーネがカードをもてあそびながら聞いた。
「リディオのこと、心配かい?」
「目当ての取引を完了させることに、人質の価値がある。少なくとも、ワタシたちが行くまでは安全だ。そう確信しているから冷静でいられるよ。それでも、どうしても心配してしまうさ。それより、どう対応するかだな」
「難しい問題だよ。オレは嘘をつくのが苦手じゃないと思うが、向いてはいないと思ってるんだ。できれば、キッパリと言ってやりたい」
「なんと?」
「調査は続けるってね」
「それにはワタシも同意だ。キッパリ言ってやろう。ただ、リディオを傷つけずにだ」
「となると、リディオの回収方法だが、案はあるかい?」
「情けない話だが、おまえに頼るしかない。ワタシはいくらでも前線に立って戦おう」
「まあ、オレの魔法でうまくリディオをこちら側に喚び寄せてから戦うのがセオリーであり、手札のカードは完全にランダム。使えそうなカードを吟味しつつ手札を入れ替えながら行こう」
二人が歩く速度を変えずに前進していると、正面から見知った顔が歩いてきた。片手で本を開き、歩きながら読書している。
レオーネとロメオが足を止めた。
正面から歩いてくる人物に、二人は声をかけた。
「危ないぞ。本は歩きながら読むものじゃない」
「奇遇だな」
穏やかなレオーネの呼びかけとロメオの挨拶に、正面の人物は本から顔を上げた。
「ボクにそんな親切を言ってくれるやつは、この町ではおまえたちしかいないよ」
「マノーラには世話を焼きたがる人も結構いるもんだぜ」
読書をやめて本をパタンと閉じた青年・ジュストは、レオーネとロメオを上から下まで見て言った。
「ただの散歩ではないようだが、事件か?」
レオーネとロメオは視線を合わせる。ロメオがうなずいた。それを合図に、レオーネが答える。
「ああ。ロメオが教えていいと言うから、キミには白状しよう」
ただ視線を合わせただけで、教えていいと言ったようには見えないが、以心伝心なこの二人にはそれだけで通じ合う。
同時に、ロメオの頭には、昨夜のレオーネの言葉がよぎる。「仲間に引き入れようとせずとも、関わることにはなるらしい」と占いによって導き出し、こちらから働きかけずとも関わると明言してみせた。ちょうど、エッグの調査は辞めろとも言われたこの誘拐事件に関連して出会ってしまった。これは運命なのだろう。ロメオはそう悟った。一種の諦観もあった。できれば、ジュストを巻き込みたくないとも思っていたが、ジュストも仲間に引き入れるのが占い通りの成り行きというものらしい。
いくつかの感情が混じったロメオの表情を読み取り、
「やれやれ。聞かなかったほうがよかったか?」
とジュストはシニカルに笑った。
レオーネは爽やかに首を振る。
「いいんだ。オレたちの仲じゃないか。で、事件っていうのは誘拐事件さ」