32 『エリートの憂い』
カリストは朗々と語る。
「自分は、モレノさんの思想に共感しているのです。人類は環境を軽視しすぎている。それが今の結果ではありませんか」
思わず、レオーネとロメオは視線を絡ませ、これはどんな考えの元、そんな発言をしたのか考えた。レオーネとロメオには、カリストが別の思惑も持たずに言ったものとは思えなかった。
しかし違った。
心からそう思っているように、カリストは熱弁をふるった。
「レオーネさんとロメオさんから、モレノさんがしていることの邪魔をしないよう《気象ノ卵》について簡単な説明がされましたが、いかにも人類が招いた災厄。それも、地球にとっての災難だ。地球という身体の中を荒らす異物である人類を減らすのは理に適う。だが、人類の努力はまだ間に合う段階にある。もっと世界に訴えるべきですよ」
「マノーラ騎士団も人それぞれってことか」
とだけ、モレノはつぶやいた。
つまり、カリストのことは認めたということであろうか。それはレオーネとロメオにはわからないが、カリストは気をよくしたらしい。
「自分たちマノーラ騎士団には、思慮の足りない、偽善的な人間もたくさん入り込んでいます。勝手に善悪のラインを引いて、勝手に取り締まる。町や地球環境を破壊してでも捕まえるべき犯罪者などいるでしょうか。自分には、これではどちらが迷惑をかける存在かわからない。人間にさえ迷惑をかけねばいいなど戯れ言だ。犬や猫をいじめる虐待行為だって許せないし、それは地球環境への虐待も同じです。人間、動物、地球環境、いずれが被害者でもマノーラ騎士団ならば守るべきだ。なのに、地球への迷惑行為をすることに、マノーラ騎士はなぜためらわないのだ。自分はそう思っていたのです」
確かに、カリストの言い分もわかる。
けれども、ロメオにはマノーラ騎士団は立派なことをしている人たちであり、地球環境を破壊することもそうない気がしていた。意識していないだけで、これまでだって、自然の中で犯人と戦うときも環境を壊していたのだろうか。
ただ、ロメオがいろんなことに考えを巡らせるのに対して、モレノはカリストと関わる気がないのか、なにも言わなかった。それにも気づかずカリストは続ける。
「空気を汚して、水を汚して、森を壊して、地球とうまく共存している動物たちのすみかを奪い命も奪う。人間は、人間に対する悪には厳しいくせに、人間以外には常に悪だ。悪魔だ。人間の善悪の基準はおかしい。だから地球は壊れ、世界が歪む。エッグは地球にとっての救世主であり、地球の防衛本能だと考えます。異物の排除によって、地球はあるべき形を取り戻そうとしているのです」
これ以上、ロメオはカリストの演説を聞いていたくなかった。言っていることは一つの真理だが、カリストの主張がすべて正しいとも限らない。それに、カフェでするには他の客にも迷惑がかかる。このまま続けられたら厄介だ。なんとか話をやめさせようと思った。
ロメオが遮ろうと考えていたら、代わりにレオーネが口を開く。
「カリストさん。オレたちはこのあと、エッグについて話し合うつもりなんです。また情報共有できることがあれば、お知らせしますよ」
「ああっ、そうですか。わかりました。楽しみにしていますね!」
失礼、と言ってカリストは人当たりの良い笑顔で立ち去った。
――どこまで本気なんだろう。あれは。
ロメオはカリストが視界から消えたのを確認してから、コーヒーを一口すすって、レオーネに聞いた。
「どう思う?」
「まあ、一つの真理ではある。言ってることはもっともだったし、自然環境まで守りたい気持ちを持っているなんて、結構なことじゃないか」
「……ああ。そうだな」
カリストに出会ったのは、割と最近のことである。
マノーラ騎士団に入ってすぐに偉くなったエリートだから、彼との付き合いも、時間としては短い。
そんな短い時間の中でも、彼は常に人当たり良く、他者のどんな話にも耳を傾ける市民の味方であり、レオーネとロメオにも友好的だった。
しかし、ああした過激な一面を持っていた。内面にふつふつとたぎっているだけの感情で、今後も表面に出ることはないかもしれない。レオーネは彼の激情には興味もなさそうだったが、ロメオには彼の言葉が心に引っかかるようにして記憶に残った。
このあと、二人はモレノと再び情報共有をしていったのだった。