26 『回廊の傷』
「環境問題への関心か。ないわけではないな」
真面目に悩んで考えて、ファウスティーノは答えた。だが、同時に疑問も口にした。
「それがどうしたのだ。そんな言い回しをするからには、不審死と関係ないはずがあるまい」
「ああ。もちろん関係ある」
ニコッと笑いかけ、レオーネはカードを手の中に出現させた。あるデッキの山札をシャッフルしながら、
「物語をしよう」
と前置きした。
ディーラーさながらの流麗な手つきでカードをさばき終えると、山札から五枚の手札を引いた。
「とある気候学者はこう叫んだ。人間たちよ! 聞きたまえ! このままではエッグから生まれたモンスターたちが人間を駆逐してしまう! 環境問題に目を向けよ! 改めよ! 今この時も環境汚染は進んでいるのだ! なぜ目を背け続ける! モンスターが恐ろしくないのか!」
声は大きくないが、腕を広げて語りかける身振り、訴えかける口調は、ファウスティーノの気を惹いた。
「エッグ? モンスター? なにを言っているのだ」
「最初は、だれもがそう思う。そして、それを理解できないとき、我々はこう考える。頭のいかれたやつがなにを喚いているんだ! と」
そう言われると、ファウスティーノは友人の言葉を理解しようと口を閉ざした。
黙って言葉を待つ。
レオーネは語を継いだ。
「オレとロメオも不思議に思い、その気候学者に話を聞いてみたんだ。すると、彼は話してくれた。大気中には、《気象ノ卵》という魔力の小さな玉が無数にあり、それらが気象を保つ働きをしてくれているらしい。そして、エッグからは妖精のような精霊のような生物が生まれ、地球の自浄作用を助ける働きをするという。エッグから生まれた存在を、ある学者は『大気の子供』と呼んだ。だが、人間は環境汚染を続けた。時と共にそれは激しくなった。地球への被害は、ある一定の範囲を超えてしまった。そのとき、エッグから生まれたのは、これまでの『大気の子供』とは違う、異形のモンスターだった。モンスターは、人間を見限った。地球の敵と定めた。そのため、モンスターは地球の敵・人間を駆除することで、地球の環境を守ろうとし始めた」
「まだすべての『大気の子供』がモンスター化したわけではないようです。一つの都市につき、一日に一体くらいだといいます。が、マノーラでは多いと二、三体出現するらしい。普通は目に見えないが、ワタシとレオーネは魔法によって視認しました。エッグは確かに存在し、モンスターも存在します」
ロメオがまとめると、ファウスティーノはメガネを指先で押さえた。
「話はわかった。理屈は正しい」
「わかってくれてうれしいよ。グラッチェ。しかし、モンスター化の正しい要因はまだ解明されていない。くだんの気候学者の仮説にある段階だ」
レオーネはそう言って、カードを飛ばした。
回転しながら飛ばされたカードは、シートから出された死体にぶつかって、パッと消えた。
「なにをしたのだ」
怒るでもなく冷静に問うファウスティーノに、死体へと目配せしてみせる。
「《可視回廊》」
すると、死体はその皮膚が繊維のようになった。いくつもの細い糸で身体ができあがっていることがわかり、首だけが噛みちぎられたようにえぐられている。この繊維は、あるいは細いコードの束のように見え、色は赤と青を基調としていた。
「これは……」
「魔力が流れる回廊さ。魔法、《可視回廊》によって、一時的にそれだけが見える状態になってもらった。本来ならば、この回廊を魔力が通り、生きている人間はあまねく魔力の影響を受けている。個性的な魔法を発現せずとも、すべての人間の身体に魔力は流れているんだ」
そこで、ファウスティーノにはなにが言いたいのかがハッキリわかった。
「つまり! 魔力のみに影響を与える何者かの仕業で、この人間は死んだということか」
「ご名答」
「そしてそれは、エッグから生まれたモンスターだと言いたいわけだな」
「まさしく。オレとロメオが見たのは、そんなふうにモンスターが人間に噛みつく姿だった。その後、人間はすぐに死んだ」
「ふ。ふははは。これは病理学者の担当ではない問題だったらしい」
ファウスティーノは諦観による笑いを漏らした。悔しさではなく、自嘲であろう。このあと、レオーネとロメオもいっしょになって笑った。
ひとしきり笑って情報交換したら、レオーネの魔法をいくつか使って死体の調査をした。山札から五枚引いて手札とし、何度か魔法を使って手札を入れ替えたが、ランダム性もあるため、完全で自在な調査とはいかない。
「結局、有益な検死結果は得られなかったか」
「どの死体も回廊が傷つけられて、魔力と生命エネルギーが流れなくなったことが死因となっている。また、環境問題への意識など、ターゲットによる共通項もなく無差別に狙われていた」
レオーネとロメオは、ほかにもファウスティーノからいつからどれほどの人間が不審死を遂げてきたのかなど、彼の周辺の情報も教えてもらった。
帰り際、ファウスティーノは表情に乏しい顔でこう言った。
「またなにかわかったら教えてくれ。事件が解決してからでもいいが、力になれることがあれば相談にも乗る」
「ありがとうございます。また来ます」
「グラッチェ。そのときは相談させてくれ」
礼を告げ、二人は外に出た。