21 『ジュストとの出会い 回想1』
その晩、ロメオはジュストと出会ったときのことを思い出していた。
レオーネとロメオの昔馴染みで、同い年の友人であるジュスト。
彼とは、十二歳から十四歳までの二年間を共に過ごした。
最初は偶然の出会いだった。
創暦一五六三年。
今から八年前になる。
当時、十二歳――学院に通うにはお金のなかったレオーネとロメオだが、そもそも二人はスラム街に生まれた。
生活するのがやっとな泥にまみれた暮らしで、それでも二人は悪事に手を染めることなく働いた。
レオーネには妹のルーチェが、ロメオには弟のリディオがいたし、ルーチェは三つしか違わないが、十歳差のリディオは生まてまだ二年しか経たない頃である。
まだ二人は、『ASTRA』のリーダー・時之羽恋にも出会っていない。
ヴァレンの名はすでに知られていた。
お隣のシャルーヌ王国では革命が起きている時期で、ヴァレンは弱冠十五歳の少年っであったが、この革命期に彗星の如く現れた。
革命軍の総帥が今のシャルーヌ王国の国王にして『軍人皇帝』と呼ばれた巴炉仏入歴。『空前絶後の異人』、『半神』、『神の頭脳』など、およそ人間とは思えぬ超人的な革命家がシャルーヌ革命を引き起こし、ヴァレンはその革命を手伝っていた。参謀とも立役者とも華とも言われたが、夢幻のような魔法を扱えることがもっとも知られていた。そして、あまりに完成された美しさも。
二人がヴァレンに出会うのはこの三年後。つまり、レオーネとロメオが十五歳の時になるのだが、まだ十二歳の二人はスラム街で苦しい生活を送っていた。
大したお金にならない労働を重ねる日々の中、レオーネとロメオは、たまたまスラム街に入ってきた少年に遭遇した。
場所はイストリア王国の首都マノーラのスラム街。
ある日、捨てられたゴミの山から金属を集める仕事をしていたレオーネとロメオは、換金してもらった帰り道、風変わりな少年を見かける。
「こんなスラム街にいるのは不自然な子供だね」
興味深く少年を見るレオーネに比べて、ロメオはそっけない。
「ああ」
「迷い込んだのかもしれない」
「だろうな。行こう、レオーネ」
見るからに育ちのよさそうな少年の衣服と瞳、それがロメオには気に入らない。自分とは関わりのない人間に思える。
――ああいう恵まれた人間は、ワタシのような存在を同じ人間とも思っていないことだろう。
これまで、同い年くらいで会話した子供などほとんどなく、まして仲良くなれたのはレオーネだけだった。ロメオはあの少年を最初から別世界の人間だと区別した。
しかしレオーネは少年を遠ざけようとしなかった。
「待ってくれ、ロメオ。彼はおもしろいよ。なにかを観察してる」
「観察? スラム街をか」
「いや、なんていうか、観察ってより、観測しているんだ。なにかを」
そういえば、よく見ると少年はフラスコを手に持っている。楽しそうにフラスコを揺すり、モノクルをかける。
「早く帰って、夕飯をつくろう。リディオがお腹を空かせてるかもしれない」
「そうだった」
横に並んだレオーネが、カードを手に独り言のようにしゃべる。
「家にプランターをもうちょっと置けたらいいのにな。家で育てられる野菜を増やせたら、もっと食事もよくなる。仮に、野菜を育てられるスペースがあったとしよう。収穫する野菜を増やす方法はいくつもある。わかりやすいところで言えば、二つある――その一……たくさんの野菜を効率的に育成する機械やシステムをつくること、その二……種を進化させてたくさん実るように品種改良すること。この二つだと思う。それぞれ、物理学的な視点と生物学的な視点によって成されるだろう。オレはそう考えたが、ロメオはどう思う?」
「ワタシは物理学を少し勉強した程度で、生物学はわからない。我々が持ってる本にその方面のものはない」
「確かにな。あの物理学の本、あれがゴミの山に捨てられていたのは本当にラッキーだったよ。著者の浮橋教授は地動説を口にしたことがあったらしいし、それを気に入らない宗教関係者が捨てたんだろう。そのおかげでオレたちの手元に巡ってきた。この偶然に感謝しないと」
「そうだな」
「ロメオは読みたい本とかあるかい?」
「いや。どんな本があるのかわからない」
「まあ、オレもわからないんだけどさ。でも、生物学の本も読んでみたいんだ。浮橋教授と同じ晴和人で、『叡智の巨岩』って言われてる海老川博士の本が読みたい。浮橋教授の本でも海老川博士の名前が載ってただろ? 気になるなあ」
想像力をふくらませるように楽しげにしゃべるレオーネに、ロメオが相槌を打とうとしたとき、背中に気配を感じた。
さっきからこっちに向かって駆けてきていた人間の気配である。
次の瞬間には、肩に腕が回されていた。
「海老川博士って名前出たけど、科学好きなの?」
レオーネとロメオが顔を振り返らせると、ニカッと笑う明るい笑顔があった。
フラスコを手になにかを観測していたらしい少年だった。
それが、ジュストだったのである。
このとき、ロメオはすぐに、二つのことに気づいた。