16 『エッグから生まれるモンスター』
ロメオは、レオーネと五感を共有することで、《大気視覚》を体験した。
気候学者モレノの魔法であり、気象を保つという魔力の玉が見えるらしい。これを《気象ノ卵》といって、エッグからはモンスターが生まれるという。
「見える。これが、《気象ノ卵》か」
「らしいね。本当に小さな粒だ」
粒によって大きさの違いもあるし、大きなものでも人の拳ほどもない。これらが空中に浮いている様は、空から降ってくる小さな雨粒が、どこかの瞬間で静止し、ふわふわと漂っているかのような分量といえばいいだろうか。いや、それよりはずっと少ないかもしれない。
レオーネは言う。
「魔力を可視化するとき、それは様々な形や色になる。七色のそれが、オーラのように身体にまとったり、液体のようにある地点から別の地点へと流れたり、水溶性の物質のようになにかに溶けたり。この粒も、色は様々だ。形はいずれも球体だけどね」
「エッグといえど、殻があるようには見えない」
「そうだね。イクラみたいなものかな」
「レオーネ。あのエッグからは生まれそうだぞ」
エッグに注目する二人に、モレノは静かに警告した。
「どうやら本当に見えているようだな。だが気をつけろ。生まれたモンスターは、人間を襲う。あれは、普通の『大気の子供』じゃない。モンスターが生まれるエッグだ」
ほかの《気象ノ卵》より一回り大きいエッグである。エッグは、それこそまるでタマゴのようにヒビを入れた。殻などないと思っていたのに、鳥類や恐竜がタマゴの殻を破るみたいに割れて、中からは異形の生物が顔を出した。
レオーネが感嘆の声を上げる。
「創作の小説に登場するエイリアンを連想したよ」
「晴和王国や古代宗之国の妖怪……いや、ミゲルニア王国以北で見られるモンスターのようでもある」
「アルブレア王国のフェアリーやドワーフとも違うし、ガンダス共和国やマギア地方東南域のナーガとも異なる、初めて見る特徴だね」
「これが、人間を襲うのか」
ロメオは警戒しているが、「どう見てもまだ赤ん坊だ」とつぶやくレオーネが言った通り、人を襲うようには見えなかった。
だが。
それは、突然に来た。
泣いていたのか、助けて求めていたのか、なにかを叫でいたモンスターは、小さいながらにも宙を飛来して通行人を襲った。
鋭い牙が見え、歩いていた二十代男性の首を食いちぎる。否、なんの傷もついてはいなかった。
それでも男性は卒倒してしまった。
「死んだ、のか……」
こんな簡単に、しかも一瞬のうちに人が死んでしまい、ロメオは驚いた。反対に、レオーネはなんの動揺も見せない。
「モンスターはどうしますか」
レオーネの問いかけに、モレノは落ち着いた顔で答える。
「大丈夫だ。人間を一人殺せば、モンスターは元の心優しい『大気の子供』に戻る。あとは、環境を守る精霊と変わらない」
「本当だ。見た目も変わった」
「精霊や妖精の類いを思わせるな」
どこをどう手直ししたらそうなるのか、モンスターの容貌はまるっきり別の物へと変化している。
柔らかい羽をぱたぱたとそよがせ、木々に寄っていった。自然を愛する妖精が、そこにいた。