13 『気候学者モレノ』
浦留浦羅洩延は、五十代のイストリア系メラキア人である。
二年前、メラキア合衆国からイストリア王国に移ってきた。このマノーラが父方の故郷らしい。
メラキア合衆国は現在の世界でもっとも力を持った国であり、世界第一位の経済力を誇る。地理的には、ルーンマギア大陸の西側の大陸に位置し、ルーンマギア大陸に隣接した島国のアルブレア王国よりさらに西にある。逆に、ルーンマギア大陸の東端に隣接する島国の晴和王国とは、世界最大の大きな海洋を挟んでいた。
そのメラキア合衆国の地で、モレノは気候学者として長年に渡って大気を観測していた。
「わしは魔法によって、大気中に含まれる物質を見ることができるのだ。特に、大気中の魔力とそれによる科学変化をずっと調べていた」
レオーネとロメオは、モレノとカフェに来ていた。
案内役だった少年には元の仕事に戻ってもらい、マノーラ騎士団のエルメーテとカリストもパトロールに戻った。
現在、三人で話している。
普通に会話しているときのモレノには、さっきまでの強迫観念に動かされたような活動家の面影はなく、まるで別人の科学者が現れたかのようだった。ロメオには、モレノの顔つきさえ変わって見えた。
話によると、モレノの魔法は《大気視覚》といって、これによって大気中の物質を見ることで、メラキアで大気の研究をしてきたらしい。
「《大気視覚》は、あるとき、不思議な魔力の玉を視認した」
それが最初の観測だった。
「今までは粒のように小さくて、このわしにも見えていなかったようなのだ。それが徐々に大きくなってきているらしいとわかった」
危機意識を抱いたモレノは、研究に熱を入れた。
「他にこの粒に気づいた者はいないだろうか。そう思って、わしは様々な文献や研究を調べた。だが、知っている者はいなかった。大気と魔力を観測できる者はいなかったからだ。だが、魔力の玉は確かにある」
ロメオが聞いた。
「それが、《気象ノ卵》ですか」
「そうだ。あるとき、イストリア王国の焚書の中に、《気象ノ卵》の名前を見つけた。粒子の外見的な特徴も、書物の内容と重なる」
焚書。
すなわち、書物を焼却することである。
この単語が使われる場合、支配者や政府などの組織が言論統制や思想のコントロールをするために行われる。特定の考え方や学問、宗教などをそれによって排除するのだ。
イストリア王国による焚書について、ロメオには心当たりがあった。
――イストリア王国は、『永久の都』と呼ばれるほど歴史的に偉大な国だが、同時に、それを支えてきた宗教の影響も大きい。宗教裁判は、世界でもイストリア王国がもっとも多く行われる。
古代、強力な帝国を築いたこの地では、学問さえも宗教が支配してきた。
それは近年でも同じで、最近でも地動説を唱えた晴和人が弾劾され、来年にも宗教裁判が執り行われるであろうとマノーラ騎士団の人間からも聞いている。まだ噂の段階だが、地動説を訴える晴和人が学者だというし、それを見逃すとは思えない。
そこで、レオーネもピンときた。
「もしかして、その焚書の著者が」
「そう。マンフレード博士だった。マンフレード博士の発見が十年前。わしの発見が一年前だ」
五年前に処刑されたというマンフレード博士が、第一発見者らしい。
「わしがエッグを視認してからマンフレード博士を知ったときには、もう彼はこの世にはいなかった。彼から話を聞きたかったが、それは叶わない」
そうでしたか、とロメオは声を落とした。
「わしはそれを悔やんではいない。処刑は許されないことだが、いない人間に頼れないことを嘆いても仕方がないからだ。しかし、もっと彼の研究を知りたかった」
遠い目をするモレノに、レオーネが質問した。
「ここからが本題ですね?」
「その通り。まず、《気象ノ卵》とはなにか。それを説明せねばなるまい。焚書には、粒子のように細かいこの玉が大気中にあることで、温暖化や寒冷化を防いでいると書かれていた。この玉が、《気象ノ卵》。焚書の内容は、わしの調べたことと合致する。また、《気象ノ卵》の命名もマンフレード博士によるものだ」
「?」
レオーネの眉がピクリと動く。
ロメオも頭に疑問が浮かんだ。
――温暖化や寒冷化を防いでいる? しかし、さっきの演説は、異常気象の原因が《気象ノ卵》にあるという趣旨ではなかったか?
モレノはロメオとレオーネの表情の変化を読み取り、語を継いだ。
「なぜ、大気中にあって気象を保つ効果を持つ《気象ノ卵》を、わしが危険視しているのか」
そう前置きして、モレノは言った。
「なぜなら、わしが《気象ノ卵》の性質に気づいたときには、エッグは昔のエッグではなかったからだ」