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「おねがいちます。わたくちを、あなたちゃまのつまとちていただけましぇんか?」
忘れもしないあれは3歳の夏。両親に連れられて行った祝賀会で、私は運命的な出会いをした。
セプトリア王国で待ち望まれていた王太子様誕生の祝賀会。陛下が妃を迎えられてから5年。側室の話も出ていた矢先に漸く生まれた王子様。国中の貴族が集められて、王宮にて三日三晩盛大に行われた。
辣腕宰相と言われているアドリアネ侯爵の父と社交界の花と言われていた母と3人で祝賀会に招待されたのだが、子供は夜会には参加できない為、庭園で行われた昼の部にのみに私は参加した。
私と同じような令嬢や令息が沢山集まっており、多分これは、王太子の将来の側近や王太子妃の選定の為だったと思う。実際、上級貴族の令息や令嬢などが、王妃様のお声がけで王太子にお目通りをさせられていた。生まれたばかりの赤ちゃんに挨拶と言われても・・・・と、多分、みんな思っていたはず。
私も早めにお目通りをさせていただいたが、確かに、美姫と言われた王妃に瓜二つ、豊かな金髪に白皙の肌、開いた目は空の色のコバルトブルーととても美しい王子様だった。キャッキャキャッキャと笑う王子様を見た人はみな王子様の虜になっていた。
「どうだい、マリアンヌ。可愛い王子様だったけど?」
一緒にお目通りした父上様が心配そうに私の耳元でささやく。
「ちちうえたま、わたくち、とちちたはちょっと」
「あ、あぁ、そうか。そうだよね!」
不安そうな表情から一転、ルンルンとスキップを踏みかねない位上機嫌になってしまった父上様をみて、私は首を傾げた。
「ははうえたま、ちちうえたまは、いったいどうちたのでちゅか?」
「どうもしないわ、マリアンヌ。父上はマリアンヌの事が大好きで大好きでしょうがないの。後で母からしっかりお話をしておきますからね」
にっこり微笑む母上様。にっこりしてはいるんだけど、ひんやりした空気が漂っていたのが不思議だったけど。
王子様にお目通りを済ませた後、ご婦人達と歓談を始めた母上様から離れて一人庭園内を散策し始めた。
王宮の庭園には色々な植物が植えてあり、子供ながらにも楽しく散策出来ていたが、途中で大きくて綺麗なブルーの網目模様の蝶を見つけ、夢中で追いかけているうちに道に迷ってしまった。
「ちちうえたま、ははうえたま........」
貴族令嬢たるもの、いついかなる時も感情を表に出してはいけませんとレディーとしての教育を受けていたが、まだたった三歳。おまけに見知らぬ場所で一人、迷子になってしまってはレディーもなにもあったものではない。それれも大きな声を出さない様に、エグエグと泣いていると、誰かが声をかけてくれた。
「どうしたの、小さなレディー。そんなに泣いては目が溶けてしまうよ」
目の前に綺麗な顔をした男の人が、私の目の高さに合わせてしゃがんでくれる。
「ちちうえたまとははうえたまのところにかえりたいの。どこをかえったらいいのか、わからなくなってちまったの」
一人で不安にかられていたところに降ってわいた様に優しく声をかけてくれる人が現れたので、我慢していた心細さが解消されて、一気に涙も零れ落ちた。
「あーあ、可愛い顔が台無しだよ?泣かないで、小さなレディ。もう大丈夫。わたしが父上様と母上様のところに連れて行ってあげるから」
そう言って私を抱き上げる。
「きゃっ」
これまで父上様にしか抱き上げられたことがなかったので、マリアンヌはかなりおどろいた。
「あは。ようやく泣き止んだね。さぁ、これで涙を拭いなさい」
男の人からハンカチを渡されたので、涙を拭う。抱き上げられた驚きで涙がとまってしまったのですぐに拭え終わったが、散々泣いたせいで目は腫れて赤くなってしまった。
「小さなレディー。お名前をお聞きしても宜しいですか?」
男の人が顔を覗き込む様に尋ねる。
「ひとになをたづねるときは、まづ、ぢぶんからなのらないとちつれいにあたるとまなばれなかったなのでつか?」
これまでのレディーとしての教育で学ばされた事を素直に尋ねる。
「おっと、たしかに。小さいレディーの言う通りだ」
私の問いかけにら一瞬驚いたものの、直ぐにニヤリと笑い、答えた。
「レオンハイトだ。レオンと呼んでくれると嬉しいかな」
「れおんしゃまでつか?しゅてきなおなまえでつね」
にっこり笑って見せると、一瞬抱き上げてくれていた腕が硬くなる。散々泣き腫らした顔だから、ヘンテコな顔になってしまっていたのかもしれないとマリアンヌは申し訳なく思った。
「わたくちのなは、まりあんぬ・あるどねあ ともうちまちゅ」
「あぁ、ロナルドの」
「ちちうえたまのことを、ごぢょんぢなのですね」
「よく知ってるよ。仕事熱心な良い人だね。マリアンヌ嬢は、お父上の事が好きかい?」
「はい、だいしゅきでしゅ」
「そうか。お父上もマリアンヌ嬢にそう言って貰えると嬉しいだろうね」
レオンは優しい表情でマリアンヌに話しかけた。
そんなレオン見て、マリアンヌはビビッとなにかを感じ、瞬間的に口にしていた。
「おねがいちまちゅ。わたくちを、あなたちゃまのつまとちていただけましぇんか?」
「マリアンヌ嬢?急にどうしたのかな?どうしてそう思ったのか聞いてもいいかな?」
急なマリアンヌの求婚にも動じることなく、ロナルドが尋ねる。
「びびっときたんでしゅ、うんめいでしゅ」
「ビビッと?」
「そうでしゅ。かあたまがまえにいってまつた。とおたまとはじめておあいちたとき、びびっときたうんめいのちとだと。ほんとうはちゅくぢょからきゅうこんしゅるだなんて、はちたないことだけど、びびっとはのがちてはいけまちぇんと。だから、かあたまはいまちあわせなのでしゅよと」
「なるほど。確かにアルドネア侯爵夫妻の仲睦まじさは、王国中で知らない者は位だからね」
うんうんと納得するレオン。
「でもね、マリアンヌ嬢。私とマリアンヌ嬢は大分年が離れていると思うんだよ。マリアンヌ嬢は何歳になったのかな?」
「しゃんしゃいでちゅ」
指を3本立てて、レオンに伝える。
「そうだよねぇ。外見とこのしゃべりとだと、そうだよねぇ」
う~んと唸るレオン。ビビッときた運命の人に求婚したものの、怪しい雲行きにマリアンヌはまた涙が出そうになった。
「分かった。マリアンヌが13歳になるまで。今3歳だからあと10年。マリアンヌの気持ちが変わらなかったら、私の妻に迎えよう」
「ほんとうでしゅか?でも、わたくちがおおきくなるまで、れおんしゃまはまっていてくだしゃいましゅの?」
マリアンヌが尋ねる。マリアンヌ自身の気持ちが変わらない事に対しての自信はあるが、レオンの気持ちが変わらな保障がどこにもない。
「男に二言はないよ。こんなに可愛いレディー求婚されたらねぇ、受けるしかないだろう?」
ニコニコと笑って、レオンが答える。
「では、アルドネア侯爵夫妻を探さねば。将来の妻のご両親への挨拶が必要だからね」
マリアンヌを腕に抱いたまま、ゆっくり庭園の中をレオンが歩いていく。レオンの腕の中の暖かさと、適度な揺れにマリアンには知らない内に眠ってしまっていた。