第1話 賢姫 エヴァ・ヴァーミリオン
上品なクラシックが流れ、上質であり高貴な雰囲気の漂う大広間のテーブルに2人の男女がいた。その広間には、何人かの衛兵も男女を見守っている。
「あぁぁぁぁ!!!クソが!!!」
そう叫びながら机をガンガンと叩きつける黒髪の青年。端正な顔立ちに、髪と同じように透き通る黒い瞳を持ったこの青年は、この国の王太子であった。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!!どうしてだぁぁぁ!!!」
彼の名前は、ラグナ・オルタリア。彼が、ガンガンと机を叩くたびに、卓上のオセロは高く舞い上がっては盤上に落ちていく。そんなラグナの様子を冷ややかな笑みを浮かべ、眺めているのはラグナの婚約者、エヴァ・ヴァーミリオン。
情熱的な赤い髪に、橙色の瞳。そんな色合いとは裏腹に彼女は非常に理知的であった。昔から頭が良く、魔術の研究が好きだった彼女は、魔術関連の特許をいくつも持っている魔術の大家であっる。そんな彼女を国民は尊敬し、いつしか彼女は「賢姫」と呼ばれるようになっていた。
「そろそろお辞めになってはどうです?」
気が狂うほどテーブルを殴り続けるラグナをエヴァは嗜める。うるさい!うるさい!とラグナは聞く耳を持たない。
「大体、こうなった原因はお前にあるだろうが!!なぜ、この俺がオセロで100連敗もしなくてはならんのだ!!!」
エヴァは、ラグナの台パンによってほとんどが溢れてしまった紅茶を一口飲む。そして、ため息をついた。
「負けても負けても勝負を挑んでくるあなたが悪いのです。」
そう言い放つエヴァにラグナは、さらに怒りのボルテージを上げる。
「それにしても1回くらいは負けてくれてもいいだろう!なぜ、お前はそう気を利かすことができないんだ!!」
ズバッと指を指すラグナに対し、呆れたように笑うエヴァ。はぁー、とため息をついた後、重い口を開く。
「わかりました。確かに私は気が利かなかったかもしれません。それにしても、私も疲れてきましたし、頭も回らなくなってきました。次の勝負なら、ラグナ様が私に勝つかもしれませんね。」
そう言うと、散らばったオセロを盤上に並べていく。鼻息荒く並べられるオセロを見つめるラグナ。そう、それでいいんだ。と呟く。
白い石をエヴァ、黒い石をラグナが持ち、オセロがスタートする。パチパチと小気味良い音が広間に響く。
そして、5分後。
「どうしてなんだぁぁぁぁぁぁ!!!クソがぁぁ!!!!!」
オセロ盤は、エヴァの持っていた白い石で一面が埋め尽くされていた。そんなオセロ盤を引っ掴むと膝で叩き割るラグナ。あらあら、と扇子で顔を隠し、ニヤニヤとした笑みを浮かべるエヴァ。
そんなエヴァを見て、怒り心頭のラグナ。
「もういい。もうわかった。」
ラグナは焦点の定まっていない目でエヴァを見る。
「俺の黒い石達は全員こいつに殺されたんだ。これは大虐殺だ!!非人道的な大虐殺だ!!衛兵どもこの悪人を捕らえよ!!」
ラグナは口から泡を吹きながら叫ぶ。衛兵達は顔を見合わせると、申し訳なさそうにエヴァに近づいていく。
「申し訳ありません、エヴァ様...。」
「すみません、賢姫...。でも、これが我々の仕事なんです。」
口々に衛兵達はエヴァに謝罪の言葉を述べる。エヴァも、ラグナより何千倍も賢い衛兵達を可哀想に思いながら、逃げる算段を立てる。
そして、彼女は思った。
「そうだ、時空間転移魔法を使おう!」