第6話 セレブ
各地から木枯らし1号の便りが聞かれる晩秋の日、奏は所用で久しぶりに母校方面への電車に乗っていた。
『間もなく、小竹、小竹です。出口は左側です』
3年間聞き続けたアナウンスだ。奏は吊革に掴まって車窓を見る。
桜の木、元気かな。
あれ?
あの大きな桜の木のところ、コザクラがあった場所に家が建っている。空地だったのに、誰かが買ったんだ。
ってことはあのコザクラはどうなったんだろう…。
所用の帰り道、奏は小竹駅で降りた。半年ぶりに歩く道。桜の木の目の前、空地だった場所には立派な家が建っていた。コザクラが生えていた場所は、瀟洒なカーポートになっていて、白くて大きなドイツ製のスポーツセダンが停まっている。
奏の心に突然穴が開いた。嫌なことがある度に、話しかけてた小さなコザクラ、風に肯いて聞いてくれたコザクラの木…、無くなっちゃった。
その時、カーポートに一人の女性が現れた。この家の住人だろう。高級車に似合ったファッション、秋も終わりと言うのに薄いブルーのサングラスをかけている。セレブを絵に描いたような、高級ファッション誌から抜け出して来たような女性だ。彼女は不審げに奏を見る。
「何か用?」
奏は思い切って聞いてみた。
「あの、ここら辺に生えてた小さな桜の木がどうなったか、知りませんか?」
「知らないわよ」
彼女はスポーツセダンの助手席に高価そうなバックを放り込むと、目の前の大きな桜の木を指さした。
「この木も邪魔なのよねえ。葉っぱ落ちるし虫もつくでしょ。切ってくれって市に言ってんだけどさ、今年は予算がないとか言って、使い物にならないよ、市役所は」
吐き捨てるように言うと彼女は運転席に乗り込んだ。すぐにエンジンがかかる。奏は後ろに下がり、目の前を勢いよく発進するスポーツセダンを見送った。
ブオーン、キーッ。
歩いていた藤高生が慌てて飛び避ける。スポーツセダンはクラクションをけたたましく鳴らし、ブレーキランプを光らせると、凄い勢いで角を曲がって行った。
変わるんだ…いろんなことが。たった半年なのに。
桜を見上げる奏の目に涙が滲んだ。そしてその幹に手をついて、『ごめんね』と謝った。
桜の葉っぱと奏の涙が一緒に、はらはらと舞い落ちた。