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花びらが三枚  作者: Suzugranpa
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第4話 売却済み

 それでも毎朝、陸は車窓をチェックしていた。桜の木の下に奏はいないかと。

しかし、期待は裏切られ続けた。そもそも奏の大学は逆方向、奏がこの場所を訪れる必要がなかったのだ。


 そんな中で数日後、陸はある変化を発見した。え? 看板、無くなってる? 

コザクラが生えている土地の『売土地』の看板が消えているのだ。どういう事だ? まだ高校生の陸には理解できなかった。



 その日の昼休み、陸は仲間たちと弁当を食べながらバカ話の中に入っていた。一人が叫ぶ。


「ほんであれ、無くなっちまったんだよ。オークション」


「あれって、あの原付か?」


「そ。モンキーってもう作ってねぇじゃん。8万なら何とかなったのによ」


「引っ込めたのか? 売れちまったんだろ?」


「一応聞いたんだよ。しっかり『売却済み』って返されたよ。次の奴は10万超えるからきついんだよなぁ」


 無くなる…、売却済み。 お?


 陸は割り込んだ。


「売れるとリストから無くなるんだよな」


「オークションはな。店だと『商談中』とか『予約済み』とか札貼ってるだろ」


「じゃ、看板が無くなるのはどういうことだ?」


「看板?」


「うん。『売土地』の看板が無くなるってのは」


「そりゃ売れたんじゃねぇの? 売るのやめたってのもあるかもだけど、普通は売れたってことだよ」


「売れた…」


「陸、土地買うのかよ? マジか?」


「買うわけねぇだろ。いつも通るところの看板が無くなっただけだよ」


 反論しながら陸は考えていた。土地が売れたら家が建つわな、フツーは。ってことは…。


「やべ!」


 仲間は驚いた。


「どうしたんだよ、突然」


「いや、悪い。何でもない…」


 誤魔化したものの、陸は午後の授業中、ずっとあの売土地のことが頭を離れなかった。


+++


 その日の帰りがけ、陸は小竹駅で降りて、あの『売土地』を見に行ってみた。土地の前には商用バンが停まっていて、土地の中にヘルメットに作業服姿のオッサンが二人ほど、測量めいたことをしている。陸は端っこから声を掛けてみた。


「すみませーん」


 何回か呼んで、ようやくオッサンは自分たちが呼ばれていることに気が付いたようだ。一人が陸の方へ歩いて来る。


「なに?」


「あの、この場所、売れたんですか?」


「そうだよ」


「何か出来るんですか?」


「個人の住宅だよ」


 住宅。ってことはこの辺も様変わりするってことか。陸はコザクラを指さした。


「この辺りはどうなるんですか? 桜の木とか」


「あ? ああ、多分外構だな。こっちの大きい桜の木は街路樹だから切らないけど、このちっこいのは整地する時に重機でガーってやっちゃうな。私有地に生えてるから仕方ないわ」


「え? いつ頃ですか?」


「うーん、細かい事はまだ判んないけど、この頃は家建つの結構早いよ。半年かからないんじゃないか」


「明日とか、まだ大丈夫ですか?」


「まあ今日の明日じゃ何も変わらんよ。どうしたの?」


 陸はコザクラを見た。


「これ、育ててる人がいるから、無くなるとショック受けると思うんで」


「ほう」


「あの、僕が抜いて持ってっていいですか?」


「ああ、今なら構わんよ。でもまあ抜くのも手間だぜ。根を張ってると思うから。今度の土曜日に来なよ。土曜には工具も揃ってるから使ったらいいよ」


「あ、有難うございます」


 オッサンはヘルメットを脱いで額の汗を拭った。


「木に売約済みとか書けねぇからさ、それまでは一応間違って抜かないよう紐でも掛けとくわ」


「すみません」


 陸は深々と頭を下げた。


「いいんだよ。木は大事にしなきゃな」


+++


 その週の土曜日、陸はコザクラを掘り起こした。先日の工事のオッサンも手伝ってくれた。と言うか殆どをやってもらった。根を整えてポリ袋を被せ、枝を紐でくくり、紙袋に入れ、そして、


「地植えはしない方がいいぜ。桜は根が伸びるの速いからな、家の基礎に影響あることがあるんだよ。それと伸びてきても太い枝とか根は切るの気をつけろよ。『桜切るバカ』って言葉がある位、切ったとこから弱りやすいんだ。桜は繊細なんだよ。だから鉢植えでも結構難しい。ネットにいろいろ書いてるからな、それ見て大事にしてやれよ」


 繊細…、それでいて綺麗って奏さんとそっくりだ。僕が守らねば…。

陸の気は引き締まった。


「はいっ。有難うございます」


 意外と親切な工事のオッサンに頭を下げ、陸はコザクラをやっこらやっこら自宅に持ち帰った。


 そして、友だちに世話を頼まれたと言い訳しながら、コザクラを大きな鉢に植え替え、必死に育て始めた。

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