第3話 コザクラ
そこにはひょろっと小さな桜の木が生えていた。高さは1メートルもないだろう。それでも花を数輪付けている。
「こ、子どもですね。コザクラ?」
奏がクスッと笑う。
「まあそうね。あたしが藤高に入学したときはまだ花がなかったんだけど、次の年に初めて花が咲いてね。それからは花が咲くようになったの」
「へぇ」
「だから去年もこのおっきい木にお礼言ってたのよ」
「お礼?」
「そう。何だかそのコザクラがいろんな励みになってたからね、この子を産んでくれてありがとうって」
そうなのか。同じ高校生として判る。辛い事、やりきれない事、いっぱいあったに違いない。
考え込んでいる陸を見て、奏が言った。
「本橋君、だっけ? 学校間に合うの? 浦風ってまだ電車乗るんでしょ?」
陸は慌てて腕のG-SHOCKを見る。学校! すっかり忘れてた。
「うっわ、やべぇ! すみませんでしたぁ!」
陸は登校する藤高生の流れに逆らって、小竹駅に向かってまた全力ダッシュで走った。
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残された奏には不思議な感覚が残った。毎朝見られてたなんて思いもしなかった。恥ずかしい事してなかったかな。年下とは言え、男の子だ。見た感じ、ストーカーって雰囲気でもないから悪い気はしないけど。
さて、さっさと成績証明貰って大学行こう。奏はもう一度桜の木を見上げ、心の中で諸々のお礼を言ってから、コザクラに手を振って、藤高に向かって歩き出した。
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一方、陸は何とかギリ学校に間に合う電車に飛び乗った。しかし、すぐにドアにもたれて肩を落とした。
何やってんだよ、陸…。LINEもメアドも何も聞いてないじゃんかよ。それどころかテンパっちまって苗字だって聞き流した。静水大学って判っても、奏さんだけじゃ何にも判らない。
はぁー、ただのストーカーもどきって思われてるだろうな。
陸は心底、落ち込んだ。