第7話 初恋のひと
それからしばらくして麻美は亡くなった。急ではあったが、穏やかな最期だった。
すべての処理が済んだある日の夕方、たけのこ荘の庭園に出たケアマネージャーの黒野 希が、植木の手入れをしている丹野 守に声を掛けた。丹野はたけのこ荘の植栽メンテナンスを任されているシルバー人材だ。
「工藤さん、良かったですね。穏やかに逝かれて」
丹野は振り返り、立ち上がった。
「うん。俺もほっとしたよ。最後に麻美ちゃんにいいこと出来た」
希は微笑む。
「何だか羨ましいですよ。初恋の人の人生の最後のステージにお花を贈り続けて、それを冠にしてもらえるなんて、丹野さんも羨ましいし、あ、でも私は女だからどっちか言うと工藤さんが羨ましいかな。ずっとそんなに想ってもらえてたなんて、映画みたい」
「恥ずかしいな、そう言われると。ホントびっくりしたんだよ、あの人が入所して来た時は」
「工藤さん、ご結婚もされてなかったから、ひょっとしたら丹野さんと両想いだったかも、ですよ」
希は自分の倍以上の年齢の男性に向かって悪戯っぽく笑う。
「冗談はやめてくれ。俺は見ているだけがいいんだ。振り向かれたらどうしていいか判んないよ」
「ホントにそうでしょうか?」
「そ。麻美ちゃんの気持ちとは関係ないし、第一、彼女に気づかれもしなかった」
「ちゃんと自己紹介されなかったからですよ」
「今さら出来るかよ」
丹野は首のタオルで顔を拭った。
「ふふん、照れてらっしゃる。でも草花って言うのが良かったですね。バラとかだったらちょっと引いちゃうかも」
「麻美ちゃんには一番似合うと思ったんだよ。スミレとかタンポポとかカラスノエンドウが」
「野に置くお花ばかりですね」
「うん。ナチュラルって感じだったろう?」
「はい。仰る通り、工藤さんには似合ってました」
「ちっとも変ってなかったしな。笑う時の表情とか声とか仕草とか」
「人って案外変わらないものなんですね」
希は太陽に掌を翳してみた。歳を取ると子どもに返るって言うしな。
「だな。でも黒野さんとこの雛ちゃんが演技派で良かったよ。俺もまさかぎっくり腰で1週間も動けなくなるとは思ってなかったし、助けてくれたのが黒野さんでラッキーだった」
「女は幼くても演技派なんですよ。それに雛も喜んでました。おばあちゃんにお花の冠を貰ったって」
「そうか、三方良しってこの事かな」
「本当に…」
希は振り返って麻美が入居していた部屋の方を見た。
「さぁーって、工藤さんの後の人のところ、行ってきまーす」
「ああ、今度は何だか気難しそうな人だな」
「私も丹野さんみたいにお花を毎日届けてみようかな」
「花はね、喋れないけど心に語り掛けるんだよ」
「丹野さん、深くてきれい!」
ケアマネージャーは笑った。 生涯初恋…それもいいかも。
夕暮れの空に、カラスがカァと鳴いた。
【おわり】




