第5話 花壇のカラス
たけのこ荘に入る前、麻美は近隣の市立公園で植栽管理パートとして、草花の世話をしていた。公園の花壇に水やりしたり、肥料を蒔いたり、草花を植え替えたりの屋外での作業だ。その頃、摘んだ花がらをカラスにあげていたことを思い出したのだ。
麻美が花についていた虫をポイって放ったら、たまたま近くにいたカラスがさっと飛んできてパクっと食べたのが始まりだった。
花壇にたくさん咲いているパンジーにはチョウチョの幼虫がつく。オレンジに黒い斑が入ったチョウチョの幼虫で、真っ黒い身体にオレンジ色のラインが入っている。チョウチョになる子だから可哀想な気もするが、花びらを食べてしまうので取らないわけにいかない。だからずっと花がらや落ち葉を捨てる袋の中にチョウチョの幼虫も一緒に捨てていたのだが、幼虫がむくっと起き上がったのに驚いて、投げ出してしまったのだ。
ふうん。カラスも虫を食べるのね。一般的にはあまり好かれていないカラスだが、近くで見るとその黒い羽根も深い紫色の光沢が入っていて美しいし、目は真ん丸で可愛い。だから麻美はそれ以降、チョウチョの幼虫を見つけると、わざとその辺にポイっと投げるようにした。勿論幼虫を手でつまむのには抵抗があるので、茎や葉っぱごとだ。
すると大抵、すぐにカラスが飛んできて食べてしまう。ゴミも出ないし、この方がいいかもと麻美は思った。飛んでくるカラスも同じ子に見える。
少し経つと、そのカラスは麻美がまだ何も投げていないのに、舞い降りてじっと待っているようになった。
「うーん、今日は収穫なしよ」
麻美はカラスに喋りかけた。カラスは小首を傾げるように麻美を見ている。
あら、この子、言葉が判っているのかしら。麻美は突然カラスが可愛くなった。
「ごめんね、これしかないのよ」
麻美は摘んだ花がらをカラスの前に置いてみた。するとカラスはその花がらもペロッと食べたのだ。
「あらあ、あなた、お花も食べるの?」
麻美はそのカラスがすっかり気に入った。毎日、摘んだ花がらをカラスの前に置くようになった。カラスは麻美の仕事を傍らでじっと見ていて、目の前に置かれた花がらをペロッと食べてしまう。麻美はそのカラスに『クロ』と言う名前を付け、毎日相棒のように従えるようになったのだ。
クロは賢かった。与えられた花がらは食べてしまうが、咲いている花は決して食べない。きっとその花を麻美が一所懸命に育てているのが判っているのだと麻美は思った。
しかし、公園への来客はカラスを嫌がった。たけのこ荘の前の林のように、集団で舞ったり降りて来たりするから、小さな子ども連れの家族は特に怖がった。市はその声に耳を傾け、公園にカラス除けの対策を講じた。
カラスたちは次第にいなくなり、クロも姿を見せなくなった。そして同じ頃、麻美も引退したのだった。




