第4話 麦わら帽子
伐採が完了すると林で遮られていた朝日が直接部屋に届くようになり、麻美の朝も少し早くなった。
早起きの理由は、それだけではない。麻美は少し心配だったのだ。ここ1週間ほど、草花が届かない。必ず毎朝届くわけじゃないものの、こんなに空くのは珍しい。気になって早く目覚め、ドレープカーテンを開いて麻美はベッドに腰かけていた。
え?
麻美は目をぱちくりした。今、窓の外に草花がちらっと見えた気がした。麻美は慌てて立ち上がり、よろける。
よたよたと窓際に近づくと、レースのカーテンの向こうを一人の子どもが駈けていくのが見えた。麻美は慌ててレースのカーテンを開けたが、その影は門扉の向こうに見えなくなった。張り出しにはスミレが一輪置かれていた。
どこの子どもなんだろう。たけのこ荘で子どもを見かけるのは面会の子しかいないし、こんな朝早くに面会はない。近所の子ども? だけど庭園の向こうは林で、カラスのお家以外に家があるわけじゃない。じゃあ、たけのこ荘の反対側の住宅地の子どもだろうか。そんなところの子どもがなんでここに草花を? 謎は深まるばかりだ。やはり直接話を聞くしかないのかしら…。
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次の朝、麻美は緊張してベッドに腰掛けていた。今日こそあの子に声を掛けてみよう。麻美は興奮で随分前から起きてしまった。窓際で待ち受けても良いのだが、麻美に気づいて花を置かずに帰ってしまうかも知れない。だから前日と同じように、外からは見えないところで待機していた。今日はよろけないで窓まで行かないと。
その瞬間がやって来た。また見えたのだ。窓の張り出しに小さな手が伸びて、そっと草花を置いてゆく。
そしてあっと言う間に麦わら帽子が駈けていくのが見えた。麻美が窓を開けて外を見渡したのは、麦わら帽子が門扉を出たあとだった。麻美は飛び跳ねて窓辺に駆け寄ったつもりだったが間に合わなかった。
「追いつけないわね」
麻美は最近急に足が弱って、窓辺に行くにも思うようにいかなかったのだ。
「あの子の足も速いこと。これじゃもう少し早くから窓のところで隠れて待ってないとね」
麻美は少しワクワクしてきた。好きな男の子とかくれんぼしてるみたいだ。見つかりたいような、でも見つかってしまうと全てが終わってしまうような、そんなちょっと複雑な気持ち。いっそこのままでもいいのかも知れない。でもやっぱり事情を聞きたい好奇心が抑えられない。
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そして三日目の朝、遂に麻美はその子どもの顔を見た。タンポポが置かれた途端にレースのカーテンをさっと開けたのだ。
子どもは驚いて立ち竦んでいる。麦わら帽子を被った女の子だった。麻美は窓を開ける。
「あなたが届けてくれてたのね」
「うん」
「ずっと前から毎朝くれてたものね」
女の子は困った顔をした。
「かあさんが、おはな、とどけてって。かあさんはいそがしいからって」
「お名前は?」
「くろの ひな」
女の子の声は次第に小さくなった。ちょっと聞き取れないけど、
「クロ? クロのヒナって言った?」
そうか。麻美は突然ピンと来た。いろんな記憶や思考があやふやになっている中で鮮明に蘇ったのだ。




