第10話 幸せの始まり
その翌日、フラワーショップ・カナリヤには珍しく沙也加が来ていた。お試しで作っている花を自ら届けに来たのだ。瑠菜は昨日の結の話をした。
「ふうん、あの女の子とお父さんか。覚えてるなあ」
「結局、なんだか幸せそうでした」
「瑠菜ちゃん、相変わらず上手だわ」
「いえ、私は基本的に何にもしてないんです。みんなこのお花たちが何とかしてくれて」
瑠菜は沙也加が持ってきた新種の花を手に取って匂いをかいでみた。カーネーションを少し縦型にして、丸弁で花びらの数を少なくした清楚な花だ。色は淡いピンクだった。
「あーこれ沙也加さんの匂いだ」
「それ、どういう匂いよ」
「うーん、優しいけどアクティブで凛としてる」
「複雑な匂いねぇ」
「でも、見てると幸せになるお花ですね」
「でしょ」
「あれ。そう言えば、沙也加さんはまだ独りでしたっけ」
「ふふん、それがもうすぐ解消なのよ」
「え?マジですか?」
「実はそれを報告しに来たのよ、今日は」
「え?誰です?って、私、知らないか…」
「そのお花を一緒に作った人」
「え? 同業者の人?」
「ううん、県の農業試験場の人でね、いろんな新種づくりをやってるの」
「あらー、お花だけじゃなくて愛まで育んでたんですね」
「そう言われると照れるなあ」
瑠菜はお花をクルクル回してみた。
「じゃあ、この子の名前はベイビー?」
「んな名前、つけられないよ。ってか、そっちはまだだよ!」
沙也加が真顔で怒り、瑠菜は吹き出した。
「それでさ、瑠菜ちゃんにこれを売ってもらって、いろんな人の反応を見て欲しいの」
「判りました。バレンタインとかにぴったりだ。愛の花として売り出します!」
「優しいイメージでね、お願いだから」
+++
幸せの欠片をまき散らしながら、沙也加は信州へ帰っていった。
瑠菜は沙也加が作った花を3本ピックアップし、束ねてみる。よし、お父さんに持って帰ろう。
ラッピングした花束を抱えて、瑠菜は店の灯りを落とした。空には細い三日月がかかっている。瑠菜は目を細めて月を仰ぐとブロック舗装の商店街に出る。
沙也加さんも結ちゃんも、新しい生活の舞台へ踏み出していくんだ。歩きながら沙也加の花をチラ見する。
そうだ、この花の花言葉、私に付けさせてもらおう。
『幸せの始まり』 って。
それでお花と一緒にお父さんに打ち明けようかな、拓馬のこと。
お父さん、どう反応するだろう。ぶすっとして背を向けちゃうかもな。それで後からこっそりこのお花に話しかけるに違いない。
『ったく瑠菜のやつ、いきなり言いやがって・・・』 とかさ。
ふふ、愚痴っていいよ。私の愛は守備範囲が広いのよ。
瑠菜の背中が遠ざかるブロック舗装の道には、まだ仄かに花の香りが漂っている。
【おわり】




