第9話 愛情の絆
その時、店の前を慌ただしく男女が駈け抜けた。と思ったらすぐに踵を返し、ガラスの向こうから店内を覗き込んでいる。8年前と同じ光景だった。
「結!」
ガラスの向こうで男性が叫んでいる。結の父親・圭祐だ。その背後で両手を組合せ涙目で佇んでいるのがきっと新しい母親だろう。
瑠菜はドアを開いた。
「あの、どうぞお入りになって下さい。そちらさまも」
「すみません。結・・・」
結はそっと立ち上がって振り返る。
「お父さん。ごめん…」
瑠菜はパイプ椅子を2脚引っ張り出してきて開けた。
「どうぞお座りになって下さい」
圭祐は瑠菜に向かって深々と頭を下げ、背後で新しい母親も同じように頭を下げた。
「またご迷惑をお掛けしました。昔もこんなことがあったなって、さっき思い出して」
「いえいえご迷惑だなんて。結ちゃんは5歳の頃からのお客さまですから」
「またご面倒申し上げたんじゃないかって…」
瑠菜は掌を顔の前で横に振った。
「とんでもない。お昼にお買い上げ頂いたお花の色合いがちょっとってことで、ご相談に来られたんですよ。ね、結ちゃん」
「は、はい…」
「そうですか。なら良かったですけど。あ、こっちは真鍋 奈央と申しまして、えっと」
「新しいお母さまですよね。伺いました。結ちゃん、新しいお母さまに失礼じゃないかって気にしてたみたいでね、ついでに昔話をしていたところです」
奈央が目を伏せた。
「私が来たばっかりに、なんか辛い思いをさせたんじゃないかって思いました」
結は小さく首を横に振った。そして、
「あの!」
いきなり立ち上がった。
「瑠菜さん。お花、選び直していいですか? さっき選んだお花、花言葉イマイチだったから」
「あれ?知ってたの?」
「ピンクのカーネーションに感謝って意味があるんだったら他のお花にもあるんだろうなって」
瑠菜は結の肩をそっと撫でた。
「でもね、違う意味の花言葉を併せ持つお花もたくさんあるのよ。だからあんまり気にしなくていいの」
「そうなんですか…。でもやっぱりお母さんにはピンクが似合いそうだから…」
奈央ははっとして顔を上げた。お母さん…。
瑠菜は足下の花桶から淡いピンクの花を抜き出した。
「これどう? ストックって言うんだけど」
「あ、可愛い」
結と奈央の声がハモった。思わず見つめ合う二人。一瞬後、二人は笑いあった。
その陰で圭祐がほっとしたように肩の力を抜いた。結が聞いた。
「なんて意味ですか?」
「『愛情の絆』よ。これを一般的には『幸せ』って意味のカスミソウで包んで花束にしましょう」
「あ、有難うございます」
圭祐が立ち上がり、続いて奈央と結も頭を下げた。
「お花に意味ってあるんだ…」
奈央が呆けたような声で呟く。
「あれ?知らなかった?」
結が慌てて聞いた。
「うん。ぜーんぜん」
「なんだぁ! お母さん、超天然!」
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ラッピングされたストックの花束を抱えて、三人は笑いながら帰って行った。もう家族だな。
作業台の伝票類を片付けながら、瑠菜は花桶のストックに向かってウィンクをした。そして、唯一人の家族である父親の顔を思い浮かべた。




