第6話 ブルーな準備
それから日曜日までの三日間、はっきり言って結はブルーだった。確かに結が将来結婚して家を出てゆくと、父は独りぼっちになってしまう。だから伴侶がいた方がいいのは判る。けど、ずっと父一人娘一人でやって来た望田家に、全然知らない、赤の他人が入って来る。トイレもお風呂も一緒に使うことになる。お父さんは臭くて嫌だけど、でもやっぱお父さんだ。何なのよ、この気持ち。嫉妬? 嫌なお父さんだけど他人には取られたくない?
だから日曜日、ご機嫌でクリーナーを掛ける父を置いて出て来た結は、まだすっきりしていなかった。
取り敢えずケーキを買う。お寿司の後に合うケーキ。それも三人分。これまではお父さんの好きなモンブランと私の好きなミルフィーユだけで良かったのに、あと一つは何を選べばいいんだ? お父さんは何でもいいとか言うけど、何でもいいという程難しいものはない。お父さんとおソロのモンブランはあてつけがましいし、変なの選ぶと『なに、この子』とか思われるし。
仕方なく結は、いざとなったら自分が食べてもいいようにミルクレープを選んだ。次はお花か…。
結が向かったのは近所で唯一の花屋さん、フラワーショップ・カナリヤだった。
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ん?
瑠菜は沙也加への来週の注文をクラウドシステムに入力しながら外を伺った。
店の前をケーキの箱を下げた女の子がうろうろしている。随分迷っているみたいね。まだ若いからお花の種類ってよく判らないに違いない。瑠菜は声を掛けてみることにした。
「いらっしゃいませ。どんなお花をお探しですか?」
その女の子は緊張気味に瑠菜を見る。
「えっと…」
「自分のお部屋に飾るのかな?」
「いえ、えっとお家にですけど、お客様が来られるので…」
「ああ、そういうことね。じゃあなるべく明るい雰囲気がいいよね」
瑠菜は女の子に微笑みかける。
「いや、でも…」
「ん? 立ち入ったことだけど、お客様ってあなたのお友達とかじゃないよね」
「はい」
「あー、じゃあお母さんの好きそうなお花にしたらどうかな。そのお家のカラーって大抵はお母さんで決まるのよ」
え?マジか…。結は絶句した。これから家はその人のカラーになるの?私を差し置いて?
その表情を瑠菜も怪訝に思った。
「何かまずいかしら」
「あの。ウチ、お母さんいないから」
あ。瑠菜は驚いた。しまった。こう言うパターンは考えてなかった…。私としたことが。
「ごめんね、無神経なこと言って」
「いえ、慣れてますから。小さい頃からなので」
ん? 瑠菜は女の子の顔を凝視する。小さい頃からお母さんがいないこの子って…。




