第3話 就職先
1か月後、瑠菜はフラワーショップ・カナリヤの店先で、折り畳み椅子に座って、沙也加とコーヒーを飲んでいた。瑠菜は黒のスーツで就活真っ只中。店のアルバイトも休んで、せっせと企業を回っている。
「その雰囲気はまた駄目だったのね」
作業台に手をついて沙也加が聞いた。
「はい…。だって、これまでに失敗した事とそれをどうやって乗り越えて来たか、なんて咄嗟に出てこないですよ」
「そういうことを面接で聞かれるわけ?」
「はい。他にもいろいろだけど」
「どんな会社を受けてるの?」
「いろいろ。小売とか多いですけど」
「小売って言ってもお店の店員さんじゃないよね」
瑠菜はマグを置いた。沙也加が用意してくれた自分専用のマグである。家族が父親しかいない瑠菜にとって、沙也加は単なるバイト先の店長と言うだけでなく、すっかり母親兼姉のような存在になっていた。
「一緒に面接受けてる子たちは、商品企画とか店舗計画とかバイヤーとか希望してますって言うんですけど、私だけフラワーショップだから何だか浮いちゃってます」
「あと何社受けるの?」
「面接はみんな終わって、お祈りメール来てないのがあと2社かな。あ゛~お先真っ暗」
沙也加はマグを口に運び、ちらっと壁のカレンダーを見て言った。
「瑠菜ちゃんさ、お父さんが駄目って言うかもだけど、ここでずっと働かない?」
「ふぇっ? ここ?」
瑠菜は目を丸くした。
「そ。私さ、ここずっとやっていけないからさ、どこかでお店閉めなきゃって思ってたのよ」
「えーー? 閉めてどうするんですか?」
「田舎に帰ってさ、お花を作る方をやろうかと思って」
「作る?」
「そ。畑があるからね。今は野菜を作ってるけど、そろそろ親も止めたいって言っててね。でも後継者いないし、畑の土地なんて売れないし、それだったら私が引き受けて、それで野菜やめてお花にしようかなって」
瑠菜は沙也加を見つめた。就職イコール会社に入ることだと思ってたけど、そうじゃない道もあるんだ。
「えっと沙也加さんの田舎ってどこでしたっけ」
「信州よ。あんまりお花畑のイメージはないかもだけど、カーネーションとか生産量は全国トップなのよ」
「へーえ」
「だからさ、瑠菜ちゃんがここやってくれたらアンテナショップみたいにも出来るなって、私もちゃっかり思ったのよ」
瑠菜には急に未来が明るいものに見えて来た。沙也加さんが作ったお花を私が売る…。なんかいいかも。
「そうします!!」
瑠菜は叫んだ。沙也加は笑った。
「ま、一応お祈りメールがあと2通来たらね。お父さんにも話さなきゃでしょ。1年くらいは一緒に働いて、それから私が半分あっちで準備しながらみたいにして、3年目から瑠菜ちゃんのお店にする。どう?」
「はいっ!完璧な計画です!」
沙也加は半ば呆れ笑いした。
「よーし。じゃ、ちょっと店番お願いね。私、内定のお祝いにケーキ買って来る」
「やったー。コーヒー淹れ直してます!」
自分のお花屋さんか。万事上手くいくとは思えないが、今まで考えた事もなかった将来だ。
よし来い!お祈りメール。瑠菜には周囲の花たちが、突然応援団に見えた。




