第2話 小さなお客様
閉店時間になり、瑠菜が表に出している花たちを室内に入れて、オーニングを畳もうとした時、ガラスの向こうから小さな女の子が覗いているのが見えた。あれ、可愛いお客様かな。振り返ると沙也加は事務室に入っているようで姿が見えない。瑠菜はガラス扉をそーっと開けた。
「いらっしゃいませ。もしかして、カーネーション…かな?」
女の子はもじもじしながら小さな声で言った。
「かーねーしょん、たかい?」
なになに…可愛いな。
「えっと1本200円よ」
「に、ひゃくえん…?」
女の子はポケットに手を突っ込んだ。握られて出てきたのは10円玉が四つ。
「たりない?」
さっき沙也加さんは欲しいだけ持って帰っていいって言ったよね。だから、
「お金はいいよ。何色がいい?」
しかし女の子は首を横に振った。
「しらないひとにもらっちゃいけないって、おかあさんが」
瑠菜は感心した。えらい。
「じゃあ一応30円もらうね。何色かな」
「えっと…」
「母の日でお母さんに渡すなら、普通は赤だよ」
瑠菜は助け船を出した。すると彼女は心配そうな顔から一転、笑顔になった。
「やっぱり、あかだよね。おとこのこが、しろだっていうの」
ん?
「男の子ってお友だち?」
「うん。ようちえんの、かいくんとか、れいくんとか」
「ふうん。なんでだろ」
「結にはおかあさんいないからって。しんじゃったからって。でもいるんだよ、結のおかあさん。いまおるすなの」
瑠菜は一瞬たじろいだ。もしやこの結ちゃん、私と同じ境遇なのかな、こんなに小さいのに…。どうしよう。でもあの時、沙也加さんは言ってくれた。『感謝』はピンクだって。
「じゃあさ、ピンクにしようか?」
「ぴんく?」
「うん。ピンクのカーネーションにはね、ありがとうっていう意味があるのよ。結ちゃんはお母さんにありがとうって伝えたいでしょ?」
「うん」
「じゃ、お姉さんが選んであげるね」
女の子は小さく肯いた。
瑠菜はカーネーションの束から、花がきれいなピンクを3本ピックアップし、少し短めに切り揃えてセロファンで包む。そして少し考えて、赤いリボンを掛けた。
「はい、どうぞ」
瑠菜が差し出した小さな花束を、女の子は大事そうに抱え込み、そして掌を開いた。
「おかね」
瑠菜はその中から一旦10円玉を3枚取って、そしてそれをそのまま女の子のポケットに返した。
「?」
「お釣りよ」
女の子が不思議そうな顔をしたその時、店の前を一人の男性が走って横切り、そしてすぐに戻って来た。
「結!」
女の子が振り返る。
「おとうさん」
男性は瑠菜の顔を見るとバツの悪そうな顔をする。
「すみません。なんか、無理なこと言いませんでしたか?」
「いえ、ちゃんとお買い物されてましたよ」
「おとうさん、おつりもらった。ぴんくのかーねーしょん、ありがとうっていういみなのよ」
女の子は父親を見上げて話した。瑠菜は小さな声でそっと聞いた。
「あの、失礼ですけど、もしかして父子家庭ですか?」
「あ、ああそうなんです。倒れちゃってそのままで。この子は解ってないのか解りたくないのか、認めてなくてね」
瑠菜は、女の子の前にしゃがみこむ。
「結ちゃん、お母さん、きっと喜ぶよ。結ちゃんが毎日見てるお母さんに、お花渡してあげてね」
「うん!」
立ち上がった瑠菜は、父親の方を向いた。
「あの、私も同じ境遇なんです。でも毎年ピンクのカーネーションを供えています。白のカーネーションの花言葉は『あなたへの愛情は続いてますよ』だけど、ピンクのは『感謝』なんです。結ちゃんにはまだ白いカーネーションは早過ぎます。せめて私の歳くらいまではピンクにしてあげて下さい」
父親は真顔になった。
「そうなんですか。判りました。そうします。ってか、じゃあ僕もピンクのカーネーション、3本頂いていきます」
「はい3本で600円でーす」
突然後ろで沙也加の声がした。
「沙也加さん!」
沙也加は瑠菜を見てニコッと笑った。
「なかなかいい商売するじゃない」
沙也加がラッピングしたカーネーションを持って、父親は娘と手をつなぎ、何回もお辞儀しながら帰って行く。その後ろ姿を見ながら瑠菜は言った。
「きっと結ちゃん、また来てくれますね」
「そうね。瑠菜ちゃん、上手いわ」
この瑠菜の予言はずっと後で的中することになる。




