第1話 母の日
「やっぱ売れ残っちゃいますね」
「SALEって書くだけじゃダメね…」
「振り向きもしませんもんね」
「母の日もさ、ネットで済ませちゃって、カーネーションもデジタルカードでいいって人がいるからね」
「はあ…」
母の日の夕方、フラワーショップ・カナリヤの学生アルバイト・大学3年生の伊藤 瑠菜は溜息をついた。せっかく仕入れたけど、明日花束に混ぜるしかないか。でもそれで売れたらいい方だ。そこにも入らなかったカーネーションは残念ながら廃棄になる。
「瑠菜ちゃん、カーネーション欲しいだけ持って帰っていいからね。もうお届けはしないから」
店長の浅野 沙也加は笑った。
そりゃそうだろう。以前は沙也加さんがわざわざ私の家まで届けてくれていた。私はお客様だったのだ。だけど今はアルバイト。届ける側になっちゃったわけだから。
瑠菜は沙也加を振り返った。
「きっと、あの子、おっきい花束抱えて何やってんだって思われますよね」
「すっごくお母さんに感謝してるって思う人もいるかもよ」
「きっついなー、母なし子には」
「そうね」
急に沙也加はしんみりとなった。
沙也加も瑠菜も、あの日を思い出していた。母の日にカーネーションが間に合わなかったあの日の事を。
+++
それは瑠菜が高校に入ったばかりの5月、出来立ての友人たちと、帰り道のドーナツ店で喋っている最中の事。
瑠菜のスマホに珍しく電話がかかって来たのだ。父からだった。
つい先程、家で母が倒れ、救急搬送されたという知らせだった。父はすぐ病院に行くから母の入院用の衣類を持ってきて欲しいとの事だった。それがまさしく母の日の2日前だ。
瑠菜は慌ただしく自宅へ帰り、『入院用』が何を指すのか判らないままに荷物を作って病院まで走ったのだ。しかし、母はそのまま意識を戻すことなく2日後に亡くなった。ちょうど母の日に。
瑠菜のスマホには、ネットでカーネーションを予約してあった花屋から幾度も着信が入っていた。それに気が付いたのは、葬儀が終わったあと、父と自宅に戻り、ひとしきり涙に暮れた後だった。夜遅くではあったが、折り返し電話を掛けた瑠菜は事情を説明した。すると、花屋の店長は言った。
『花束は少しアレンジしますが、明日ご自宅へお届けします。お母様のご霊前にお供えください。今回お代は頂きません』
翌日、喪服に身を包んだ花屋の女性店長が花束を抱えてやって来た。淡いピンクのカーネーションと黄色のスイトピーが真っ白なカスミソウに包まれている。渡された名刺には『フラワーショップ・カナリヤ 浅野 沙也加』とあった。
沙也加は玄関先でお悔やみの挨拶をしたあと、
「きっとまだお母様は近くにいらっしゃると思うので、白ではなくピンクのカーネーションにしました。ピンクには『感謝』という花言葉がありますので。それから、スイトピーには『お別れ』と言う意味もありますが、『優しい思い出』という意味もあるんです。まだお供えと呼ぶのは早い気がしますので、このお花と一緒に気持ちをお伝えになってはと思いました」
きりっとした中に気遣いと優しさが含まれていた。
花は言葉になる。花を手渡すことで気持ちを表せる。以来、瑠菜は花に興味を持ち、大学生になってから、そのフラワーショップ・カナリヤでアルバイトを始めたのだ。




