第10話 一輪ほどの
奏が陸の手を引っ張って陸は危うく転倒を免れた。
「マジ…っすか」
「うん。あたしも今見て来たところなの」
二人は近くのベンチに腰を下ろし、奏が簡単に、昨秋からのあらましを説明した。
「そうだったんですか。奏さん、可哀想に」
奏は立ち上がり、コザクラの前にしゃがんだ。そっと手で撫でてみる。本当に無事で良かった、せめてキミだけでも…。
それから一輪だけ咲いた花をじっと見つめた。
温かいな。ここだけが白くてピンクで、それで温かい。
奏は花を見つめたまま、後ろにやって来た陸に話しかけた。
「本当に『サクラサク』だったのね」
「はい。ちょっとびっくりでした」
「きっと本橋君のことを見てたのよ。頑張ってる本橋君を見て、それで応援してくれてたのよ。だからこれ本橋君のお花だよ。ね」
奏はまた細い幹を撫でた。陸が奏の隣にしゃがみこむ。そして花びらのうしろを指さした。
「ほら、もうすぐこっちも咲きそうなんです」
そこには同じ花芽から分かれた蕾が一つ、大きく膨らんでいた。奏は背中に、仄かな春の陽を感じた。
本当に、一輪ほどの温かさだ。
「ね、あたしがお水あげておくからさ、本橋君は早く帰った方がいいんじゃない? 合格したんだから、親も待ってるよ」
陸は立ち上がった。
「確かに…。じゃ、また」
「うん。あたし、結構ここにいると思うから。本当にありがとう」
「いいえ、僕も毎日見に来ます」
陸は校門へ向かいながら振り返った。奏はコザクラを見つめたままだ。
また毎日ヴィーナスと会える・・・。
陸は1年間の疲れが一気に吹き飛んだ気がした。
+++
次の日も、奏はコザクラの元を訪れた。
あ。
桜の花が二つになっている。あの大きな蕾が開いたんだ。
こっちのお花はあたしかな。元気出してよって言ってる。
奏は持ってきた透明なソフトケースをコザクラの根元に置き、ストラップを幹に巻き付けた。
昨日、『切らないで』と書いてあったカードは入れ替わっている。
『大切な桜です。一緒に歩んでいます』
メッセージの下には小さな桜の花のイラストが二つ、並んで描かれていた。
二人の春は、まだ始まったばかりである。
【おわり】




