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5.泣いていいかな。

「どうした?そこの愁う少女」

 優しいけれど、凛とした透き通るような若い声。

 傘を差し出された。驚いて振り返る…そこには女の人が立っている。微笑んでいる。大学生くらいだろうか。大人っぽいかっこいい雰囲気をまとっているけど、笑顔はあどけなさも残る。

 …わたしはこの人を知っている。この人は祈葉いのはさん。あの人の姉。あるのはダンボールでぐるぐる巻きにしたいけどどうしてもできない記憶。封じこめたらもう僕のなにも残らないから。

 ……でも今のわたしは湊と関係がない。この街にはわたしに手を差し伸べるような物好きもいるのか。本当にいろいろな人がいるものだ。雨は壁を造るだけでなく、出会いも創ってくれるらしい。

「とりあえず店に入りなよ、寒いよね」

 彼女が指し示す先にはこじんまりとした不思議な雰囲気の漂う喫茶店。古民家を改造したような感じ。今と昔が混在しているからこんな雰囲気が漂うのか。

 …若いのに彼女が経営しているのだろうか?

 わたしが何も言葉を発していないのは……戸惑っているのと何を話していいかわからないだけ…典型的なコミュ障ですね、ごめんなさい。夏珂なら特に考えもせずポンポン言葉が出てくるんだろうな……。

 ベルを鳴らしてドアが開く。……カウンター席にお邪魔します……。

 カウンターを挟んで祈葉さんと向かい合う。うっ…こういうの苦手……。

「もう冬かぁ~ストーブつけるね。ほい、タオル。これで髪を拭きなよ」

 なんかいろいろしてもらって申し訳ないな……。

「私は祈葉、ここで独りで喫茶店をやってる。まあ趣味の範囲でほとんど儲かってないんだよね、ここが家だし。親の弱み握って金絞ってんの。あいつも悪いことやってるからまったく悪気はないが」

 初対面のわたしにべらべらと話していい内容だとは思えないけど……

「……わ、わたしは冬椛です……ご、ごめんなさい。ご迷惑をおかけしてしまって……」

「冬椛ちゃんか~、今夜はうちにいるかな?この嵐が止むまでは」

 ストーブの熱がじんわりと温かい。雨の音が薄い膜を通したようにうっすらと聞こえてくる。風雨が古い家に打ちつける。強い風が吹くたびに建物がきしむ。

 この家と祈葉さんに守られている、そんな安心感で包まれる。

 今夜は帰れないや。物理的にも、精神的にも、気分的にも。

「ここにいさせていただけるとありがたいです…」

「おっけ、おっけ、さあ久しぶりのお客さんだ。お代はいらないからコーヒー飲んでいきなよ……えっと、どうやって淹れるんだっけ」

……いままでの安心感はなんだったのだろう、この人は大丈夫なのか。心配になってきた。

 手間取りつつも祈葉さんはコーヒーを注ぎ終える。わあ、さっきの一言がなければかっこいいや。しかしなんで独りでこんな喫茶店を……。さきほどの発言からいろいろありそうだが、聞くのはさすがに失礼だろうか。

「お、知りたそうな顔してんね~。いいよ、話し相手がいなくて暇してたから、この喫茶店を始めた経緯について語ってやんよ」

 あ、顔から読み取ってくれるのほんと助かります。気を使わせちゃうのは申し訳ない……。

 コーヒーうまいな。この温かさにほろ苦さとほんのりとした甘味が冷えきった心と体に染みる。じんわり解ける。夜は長い、話をゆっくり聴こう。


 祈葉さんには妹がいる。幸か不幸か彼女は天才だった。いや、彼女にとってみれば間違いなく不幸だった。なぜあの身勝手で傲慢な親どもに生まれ、優れた頭脳を天から授かったことで自由を奪われなければならなかったんだ。

 祈葉さんも当時高校生、僕は中学生。刃向かった。立ち向かおうとした。不可能だった。あのクソ親どもは地位だけは高く、そして大人だった。どうしようもなかったんだ。子供が大人に勝つなんて物語の空想でしか起こり得ない。

 研究者としてアメリカに連れて行かれた彼女の涙を今でも鮮明に思い出す。

……祈葉さんは、僕の全てだった幼なじみの姉だった。

 2人共、あのとき何もできなかった。連れて行かれる叶葉をただ呆然と見つめた。

 自分たちが情けなかった。悔しい。ただただ悔しい。会いたいよ、叶葉。

 祈葉さんは叶葉のことで親を脅し、金をまき奪りここに逃げてきた。まあクズ親に同情の一欠片もないが。

 それからは喫茶店のカウンターで頬杖をつき、街ゆく人をぼやーっと観察する日々。ときには興味深い人に関わることも…今日のように。

 祈葉さんは人と関わるのが好きなんだろう。まだ関わろうとしてる。あれから人間不信に陥っていた僕とは違うな。最初の柊さんへの態度でわかるだろ。僕は何も信じられなくなっていた。だからそこまでひどい人間関係網になっていたわけだ。……ただ何か引っかかる。祈葉さんが彼女を出汁にしてこんなところで自堕落に暮らしているのか。


「え?そ、そんなに泣くことないよっ。暗い話しちゃってごめんね」

 無理して元気な声を出そうとしているけどあなただって涙声じゃないか……。祈葉さんに心配をかけないために泣き止みたいが、涙は止まってくれないんだ。

 自分たちがちっぽけで、あまりに小さくて、今も取り返せなくてこうやって。

 あの子を守れなかった頼りない姉と、冴えない隣にいただけの少年。今日くらいは、泣いてもいいかな。海の向こうにいるはずの彼女に悪い気がして、僕はずっと泣くのをこらえようとしてきた。でも今日くらいは素直になろうか。

 祈葉さんが優しく頭をなでてくれる。一番辛いはずなのはあなたのはずなのに、話を聞いて泣いているだけのはずの僕をどうして気にかけるのか……。お姉ちゃんだなあ。今くらい無理しなくていいのに。

久しぶりに彼女のことで泣いた。もう忘れようとしていたのかもしれない。でも忘れるのだけは嫌だ。今は願うだけしかできないけど、いつか……会おう、叶葉。




 顔を上げる。涙が出すぎて目がかゆい。喉もヒリヒリする。…静かだ。聞こえる音は祈葉さんの寝息と雨はもうやんでいるみたい。しょぼしょぼの目が悲鳴を上げつつも大きな古い振り子時計を視界に捉えた。早朝5時……わたしって寝られないんだったわ。これだけ泣き、疲れきっても眠ることは許されないのか。かなり重大な欠陥だと思うんだが…泣き疲れて睡眠に逃げたかった。人間は睡眠をとれば気持ちを切り替えられる。わたし達の場合は「いれかわり」が代わりになるのだろうか。

ただ泣きじゃくって心の整理が多少はついた。くよくよしててもしょうがない。

 ピコン。乾いた空気に響く小さな電子音。……祈葉さんのスマホに通知が。こんな時間にメールか……見てしまった、英語の長文。湊ならほとんど理解できない英語だが冬椛なら瞬時に意味を理解してしまう。そっか、叶葉のこと諦められないよね。あれだけ妹が大好きな頼れる姉貴だったんだもん。二人で叶葉を守るため子供ながらあんなに奔走した。まだ火種は消えていない。

 ……その祈葉さんはとうに泣き疲れて深い夢の中。…安らかな寝顔が可愛いね。思わず顔がにやけてきちゃう……叶葉にこんな顔見られたら怒られちゃうんだろうな。…いや、こんな事を考えてるのは冬椛だから。湊は潔白です本当です許してえ。…怒った叶葉もかわいいんだろうな……わたしの頭の中の彼女は中学3年生の姿で止まっている。JKの叶葉か…想像もできないや。


………………泣いちゃダメだ。泣いているだけではなにも解決しない。前に進まなきゃ。もうしばらくは泣かない。

…窓の外はまだ真っ暗。祈葉もこの空の遥か彼方で泣いているのだろうか……。

だいぶ読者の方を置き去りにしてしまってますね…そのうち回想編をだすので今は意味わからなくて全然だいじょうぶなので、ついてきてくださるとありがたいです。すみません…。

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