4.わたしは美少女。(冬椛)
Tips
「かわいくなりたいっ!」アプリ機能紹介 其の一
・自動身体・衣装洗浄機能、衣装保管機能
自動身体・衣装洗浄機能
スリープ中に自動で洗浄機能が働くので、入浴や洗顔、服の洗濯の必要なし!!
そう、夏珂はシャワーを浴びる必要はなかった……。
衣装保管機能
実際に現実で購入した衣服をアプリ内に保管することができ、ワンタップでお着替え可能!!
もちろん先ほど紹介した洗浄機能も働きます。
そう、お着替えシーンが登場することはたぶんない……。
世界が遠のいていく。まぶたをふんわり閉じる。
…人は、生まれてくるときまず息を吐く。そして最後に息を吸って死ぬそうだ。
まぶたを、開く。わたしが、誕生する。
ー息を吐いた。
胸が、ない。
……ちょっと触ってみよ。ちょっとだけね。えいっ。
あ、柔らかい。夏珂ほどではないけど。
うん、気にしない。胸なんてあっても邪魔なだけ。そういうことにしてください。
短めの黒髪。片目は前髪で隠れている。湊に言わせればほんとは可愛いけど隠す系美少女。
まあ見た目なんて不都合が出ない程度であればどうでもいいが。
…ここのボロアパートの名前、ブルクシュロスっていうんだっけ。
ブルクもシュロスもドイツ語で「城」。
ダブルミーニングだし、この一階建てアパートに対して城の二乗か……。
自虐を二乗してどうする。
それにしても冬椛になってから随分と頭の回転が速くなった。
これが脳のスペックの差か。身をもって実感することになるとは。こんなことを実感するなんて、全生物でわたしが最初なのかも。ギネスに載らないか…。
うん?スマートフォンのバイブが。アプリの通知。
「アプリの更新Ver.1.01:スリープ中の他の3人と、会話をすることができるようになりました」
なるほど、これは便利だ。だが姿は違えど自分ではあるはずなのに、わざわざ会話をする機能があるのか……。
4人がすれ違うことなどなければいいのだけど。自分同士の対立なんて醜すぎる。
わっ、びっくりした。ドアを叩く音……この家インターホンもなかったのか。
0時すぎなんですけど。こんな夜遅くの訪問者は……あの詳細不明のイケメンさんか不審者。
うん、柊さんだ。ドアを開けよう。
「やあ、さっきぶり。それと初めまして、冬椛ちゃん。かわいくなったじゃないか。お洋服にあってるよ」
やっぱり何なんだろうこの人……この、傍から見れば全くもって理解不能な発言を楽しんでいるように見える……。い、いけめんに容姿を褒められるとちょっと照れるな…。あ、メロンパンありがとうございます。この時間じゃコンビニにも行きづらくて……。
「あ、はじめまして。それと数時間ぶりですね、会ったのはわたしではないですが」
この柊さんとわたし達でしかできない、意味不明というか特に意味もない会話にもすこし付きやってやるか。
「やあ、約束通り見返りを求めに来たよ。といってもただの人助けだから。がんばってね」
「…はぁ、よくわかりませんが、拒否はできませんね」柊さんにはとても大きな借りがあるし仕方あるまい。
「これはあの大家さんからの相談事なんだ」
へえ、大家さんが。なおさらがんばらなくては。優しいおばあちゃんは大好きだ。
「詳しいことは大家さんから聞いてね」
「そうそう、切り替わりでは服もそのままついていくだろう?あとはリュックやかばんとか、身につけてるものはなんでもついていく。ただ地面についていてはいけないんだ。」
なるほど、だいたい把握。あ、そういえばあなたは何者でしたっけ。
「あ……ちょ、ちょっとまだ聞きたいことが」
「じゃあ。私は忙しいんだ。がんばってねー、しーゆーねくすとたいむ」
なんだろう、このわたしに対する親しい友人のような距離感…。
うわ!また逃げられたよ。よし、いつかお前の正体を暴いてみせるからな。覚悟しとけ。
……なにも自分のことを語りたがらないあのイケメンが正体をバラすとも思えないけど。
お金だ。お金が足りない。学生なのでバイトをする必要がある。できれば、寝る必要がないことを生かして割の良い深夜帯のバイトを…うう、わたし体力ないんだよな……。
夏珂にバイトは任せて、私は他にできることをしようか。
そうだ、わたしにはやらなければならないことがある。できるかはわからないが、情報収集だけでもやっておきたい。また会えないだろうか。また隣で笑ってくれないだろうか。
あの頃の僕は無力だった。今でもそう変わりはしないが。
うーん、気晴らしに夜の街を出歩いてみたいな。これも今まではできなかったこと。
補導はまずいけど、どうしても外に出たい。寝ることができないのも困るものだね。人は自分にできないことを望むけど、できるようになったらなったで不満を垂れる。
ひとりぼっちのこんな夜には外に出たいよ。カビ臭いこの部屋にいたら憂鬱しかたまらない。
東京は不眠の街だって言われるけど、地方都市だってそんなものじゃないか。
深夜2時。ここは人口50万人程度の街だが、それでも眩しい。人通りはそんなに多くないか。
飲み会帰りのサラリーマン。泣きはらす少女。騒ぐパリピ共。徘徊中のおじいちゃん。いろんな人がいるなぁ。ここにいる一人ひとりに人生がある。いま人生が動いている。
わたしの人生も今日で大きく動いたんだ。もう元には戻れないだろう。夜の街っていつもとは違う雰囲気でこんなにも魅力的だ。
あれ?わたし泣いてた?泣きはらす少女ってわたしのこと?泣いているのにわたしはなんでこんなに冷静なんだろう。人は変わりたがりながら誰しも停滞を望んでいる。辛かったとはいえあの家にはもう戻らない。そうか、わたしはもう引き返せないんだ。さようなら、今までわたしが出会ってきた人。わたしはもう帰らない。
今、わたしは独りなんだな。相談できる相手も、笑いあえる相手もいない。今までと何も変わってない。今までよりも人との関わりが少ないからむしろ悪化している。
サラリーマンにも家族があるだろう。パリピは馬鹿みたいに笑い合って楽しそう。おじいちゃんだって心配してくれる家族がいるだろう。でもわたしは……。
雨が降ってきた。雨は好きだ。この分け隔てなく冷たい感じになぜか温かみを感じる。
自分と社会の間に壁を造って、守ってくれている気がする。泣いていても雨なら表情が分かりづらいし、ただ雨に濡れてるだけだと思われる。
しとしとしと。雨が頭にあたって、髪をつたい、頬を撫でる。
僕は雨大好きです。雨のあとの晴れも好きですのでご安心ください。