第一章 ツンデレって何だ⁈【3】
カインはウサ耳男と部屋の中にあるカウンターに座っていた。どうやらウサ耳男の名前はロビンというらしい。
「ふーん。じゃあ、此処は宿屋って訳だ」
ロビンの説明によると、此処は“アイシス”という小国らしい。そこでこのロビンは国唯一の宿屋兼酒場を営んでいるという。
「カイン君が追いかけてきたこの子は、うちの看板娘のイデスちゃん」
「あのさ、看板娘って唯のウサギだろ」
少し呆れ口調で言いながらカインが白ウサギのイデスを横目でちらっと見ると、カウンターにきちんと座っていたイデスは鼻をヒクヒクとさせた。
するとロビンは、わかってないなと言わんばかりに大袈裟に手を振った。
「ノンノン!この子はね、まだ未成年だから」
「は?意味わかんねーんだけど」
「この国ではね、未成年の獣人は昼間は動物の姿のままなんですよねぇ」
「つまりです、イデスちゃんとお話ししたい時は夜まで待たないと、いけないんですよ〜」
「……なんだよ、その設定…」
カインはとても信じられないと、席を立った。
だってそうだろう、あまりにも現実離れし過ぎている。獣人…?昼夜で姿が変わる……?あり得ない。
カインは、頭を抱えながら店の入り口へと向かった。
「カイン君どちらへ?」
「……帰んだよ」
帰り方なんて全くもって検討もついてなかったが、カインはこの非常識な世界から一刻も早く抜け出したかった。
「帰ると言われましてもねぇ……」
ロビンは出会ってから始めて、眉間にシワを寄せて表情を硬くした。
「カイン君。残念ながら貴方は帰る事は出来ませんよ」
ロビンの口から伝えられた衝撃的な言葉にカインは、暫くの間息をすることすら忘れてしまった。
「どーゆーことだよ!?」
「で、ですから……貴方が通って来てしまったトンネルは、普段は開かれる物では無い、と言ってるんです」
「そんな…じゃあ、俺は……もう…」
そこまで出かかって、カインはぐっ、と言葉を呑んだ。
(俺は……もう戻ることは出来ないって事か?)
そう自分の中で言葉にしてしまった瞬間、不意にククッ、とカインから低い笑いが零れた。
「急に親父から引越を強制されて…一日中歩き回った挙句、最後にコレか」
傑作だ。
目の前が急に真っ暗になる感覚に襲われて、もう何もかもどうでも良くなってくる気分だ。ロビンが心配そうに此方を覗き込んだ。
「カイン君……」
「なんだよ……笑いたきゃ笑えよ…」
項垂れたカインを他所に、ロビンは何か考え事があるようで、うーん、うーん、と横で唸っている。
しばらくの気不味い沈黙。ずっとうんうん唸っていたロビンが今度は突然キラリン!と眼鏡の奥を光らせた。
「カイン君!」
ロビンは少しためてから、特別大きな声でカインの名前を呼ぶ。項垂れていたカインは、ビク…っと身体を跳ねらせ、ロビンを恐る恐る見た。
「な、なんだよ」
「私はさっき、あのトンネルは普段は開かれる物では無いっていいましたね」
「ああ、言った」
「それは、逆を返せば、特別な時には開いているってことです」
「…………」
カインは段々、ロビンが言いたい事がわかってきた様な気がした。
「つまり、その特別な事が何かわかれば、俺は元の世界に戻れるかもって訳だ」
ロビンは、ニッコリと微笑んだ。
「で、俺は何をすればいい?」
「私が推測するに、その特別な事はハートキャッスルに関係があると…思われます」
「ハートキャッスル…?」
「この国は王政ですからね、此処から少し遠いですが、王宮があるのですよ〜」
「そうか、その城までいけば何かわかるかも知れない」
「ご名答!」
ロビンはさも嬉しそうに、耳をぱたつかせた。
絶望から見えてきた一筋の光。
カインは真っ直ぐにロビンを見つめながら
(今は他に選択肢は無いしな)
心を決め、ニヤリ、と笑い頷いた。