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4話 像-イメージ- 後編

聡の元に、二人の男が訪ねてきた。

振り返ると、そっくり同じ顔が2つ並んでいた。

「全く、君達は仕事が早いなあ。

優秀なのは素晴らしいことだけど僕に一息つく時間くらい、くれてもいいんじゃないかな?」


「コーヒーを淹れる暇もなかったようだね、ごめんごめん」

「仕事が早いが、配慮には鈍いのが僕たちの欠点のようだ、すまないすまない」


悪びれもせずに、検視官・鳶谷雅人と鑑識官・鳶谷裕人は笑顔で答える。

彼らは聡と大学以来の同級生である。

兄の雅人と弟の裕人は大学でも天才と呼ばれた双子で、学生時代も学内で起こった大小の事件をタッグで瞬く間に解決した男達だ。


「殺しから切除までタイムラグがある。」

「指紋なし、手慣れた人間が手を加えている可能性もあるぞ!」

「待った待った、ブラザーズ。

まず、1人ずつ話してくれ。次に、結論だけ言われても僕はわからない」

堰を切ったように話し出す兄弟を、聡は笑顔で静止する。

3人が残された室内に一瞬の静寂が訪れる様子を夕日が照らし出し、同じ造形の鳶谷兄弟の影形は、尚の事瓜二つになった。

この二人を見るとなんとも奇妙な感覚に陥る。

脳もおそらくは正しい像を結んでいるはずなのに、全く同じ姿形が2つも存在するのだ。

目から入った情報にバグでもあるのだろうかと錯覚する。


しかし一度兄と弟というラベルを付けてしまえば、すんなりと二人を判別できてしまう。

双方とも違う存在であり正しい情報なのだ。

正しい情報が正確に積み重なり、同じものという認識から脱してそれぞれ雅人と裕人という正しい像が、キャラクターが結ばれる。

情報一つで見え方がガラリと変わり、ごく微妙な差で双子を判別することさえ出来てしまう。


この見間違いのような瓜二つさとそこから馴化していく過程は聡には実に奇妙で、どこか面白くも感じている。


静けさに包まれた室内に、兄・雅人の落ち着いた穏やかな声が響く。

「じゃあ僕から話そう。検死結果から順に話すね。

死因は、シンプルに溺死。

切断箇所の右手・足首・胸部は、死後切り取られている上に切断面からして素人だね。

切れ味の鋭い刃物で思い切り…力加減から推察されるに男性の犯行と思われるね。


死亡推定時刻は朝の5~8時頃かな、温度変化や水などの外的要素もあって正確には割り出せない。

胃の内容物は、コンビニで飼い食いしたものがせいぜい。実際にコンビニの袋にパンやホットスナックのゴミが入ってたしね。

薬を飲まされた形跡もなし、以上!」


雅人がまくしたてるように話し終えた後、入れ替わるように、裕人が調書を読み始める。

「次は僕だな。

鑑識の結果、被害者の持ち物などに指紋の付着なし、つまり綺麗に拭き取られているね。

被害者のバッグに入っていたものは、ゴミの入った袋、化粧ポーチ、財布のみ。

携帯が唯一無くなってたことからすると、犯人はトーク履歴を見られたらマズい人物。

つまり、彼女の身近な人間の可能性が高い。


財布のお金も抜き取られている。但し、バッグの中に丁寧に入っていたことを考えると、物取りに見せるための偽装工作の可能性もある。

ま、携帯と金銭を盗む強盗通り魔殺人の線もあるっちゃあ、あるけどね。

そこは次の淑女が見つからないことを祈るばかりさ。


更に周辺からはルミノール反応アリなのでさっきのマサの報告にもあった切断もその場だったんじゃないかな。

人通りが極端に少ないし、その場で済ませたのかもね。

性的暴行の跡はナシ、周辺からも加害者の体液・痕跡は無かったから性犯罪の線は薄いなあ。


あとは現場に残った謎のアワビ。これ本当に謎。

なんかのメッセージかも。過去に同じ残置物があったなら連続殺人のメッセージとも取れるけど…そんな意味不明な殺人は過去に存在しない。

逆にこれから同じ様なことがあるかも。

次はエビ?タコ?『海産物連続殺人事件』ってな!

ま、重要な情報はこれくらいだぜ!」

「で、ヒロの得た情報と併せて今分かる犯人像を組み立てたんだ」

「マサと話して聡くんにはいち早く伝えるべきだと」

「だから来たんだ」

「「聞いてくれるかい?」」


息のあった会話の掛け合いで、爽やかな短髪の青年達が畳み掛けてくる。

そうだ、彼らは昔からズルい。

風が駆け抜けるような笑顔と耳触りの良い響く声質が、有無を言わさずイエスを引き出してしまう。

彼ら単体でも心を浄化する川のせせらぎのような印象が、2つ重なり合って覆いかぶさってくるのだ。


「いいじゃあないですか、先輩。折角なので4人で情報整理してもよろしいのではないでしょうか」

突然に聡の背後から西実が、いつもの利発で鋭さを感じる声を発した。

音も立てずに前触れもなく現れる様子はまるで獲物に忍び寄る猫のようだ

「びっくりしたなあ、いつから僕の後ろにいたんだい?」

「『そこは次の淑女が見つからないことを祈るばかりさ』のところからです」

西実は肩をすくめて両掌を前に差し出して、先程の裕人の真似をしながら答える。

厭味のない爽やかな声色までよく似せている。


「やあ、由季ちゃん!今日は初動捜査お疲れ様!

やっぱり丸みのあるショートボブが一番似合うね」

「うんうん、利口で賢い印象がよりディテールアップされる」

「はい、ありがとうございます」

真面目な顔つきで西実も謝辞を言う。

「君達は…そういうところだぞ本当に」

呆れた笑みを浮かべつつ聡がぽつりと述べる。

非常に細かいことに即座に気づく猛禽類の如き注意力、思ったことを掛け値無く述べる犬の如き素直さ。

どちらも鳶谷兄弟の長所だ。

注意力の面では他の警察官が見逃すようなポイントを必ずと言っていいほど発見するために重宝している。

素直さの面でも、得た情報や証拠に対して真っ直ぐに情報を受け止めるため、意思伝達・情報共有において抜きん出ている。


ただし人間誰しも美点は時に欠点足り得ることも事実だ。

例えば髪を切ってきた女性に対しても、すぐに髪型を変えたことに気づく。

これだけでも一定数の女性はおしゃれへの気遣いに嬉しさを感じるものだが、加えて素直に評価をしてしまう。

プラス評価を語彙力高く丁寧に描写すれば少々ジゴロな印象を与え、マイナス評価を丹念に行えば煽りと捉えられ不興を買う。

いささか、対人関係においては得意と不得意の差が激しいパーソナリティこそこの双子の性格特徴だ、と聡は認めている。


「ん?どういうところだい?」

「僕たちは僕たちのあるがままを好きで、尚且つ認めているからなあ」

「分かった、分かった。君達のパーソナリティは僕も好きだ。

無理に改めろとも言わないさ。」

にこやかな2つの笑顔の前には聡も笑顔になるしか無く、両手を上げお手上げの意思を示した。


「それで先輩。情報整理はするのですか、しないのですか。」

「成程お三方ともすぐにしたいわけだね、いいだろう。

事件が即時解決するに越したことがないのは僕も一緒だ」

「じゃあいつものバーを使おう。下に集合だ。」

「ヒロ、電話してくるぜ」

「私も荷物をまとめます。先輩、一服してる暇はありませんよ」

三方一斉に各々散っていく。

…やれやれ、やる気があるのはいいことだ。

自身がその熱量に振り回されていることを自覚しつつ、聡は笑みを浮かべた。



府中駅前から少し外れにあるひっそりとした町並み。

夕日が山の端に落ちた夕闇の色が通りを郷愁に染め上げている。

この通りの中にバー『ドッグ・マズル』はある。

レンガ調の壁紙に、洋風のたたずまいのマンションの地下部分に存在するためちょっとした隠れ家の様相を醸し出しているのが特徴だ。

地下への階段の柵には、円の中に犬の横顔と星が描かれた洒落たデザインの看板があり、風に吹かれてゆらゆら揺れている。


closedのプラカードが下がっているその店の扉を、聡がノックする。

「来たな。さ、入って。

ノンアルコールか、それとも少しばかり入れるかい?」

「ありがとう、貴也。コーヒー4つで頼むよ」

「アルコールは話がまとまってから、ということだね」


銀縁の眼鏡。オールバックに細面、清潔感のあるベストに長い脚。

如何にもバーテンダーといった佇まいのマスター、大石貴也は聡や鳶谷兄弟にとっては元・同僚だ。

8年前のとある事件で刑事は辞めてしまったが、今でもこうしてバーに足を向け、親交を深めている。


「ふむ。眼鏡を新調したね。前にも増して高貴なバーテンダーらしさが出たね。

しかし君は『らしさ』に縛られすぎやしないかい?」

「マサ、これはこれでいいのだ。

ひと目で一体どんな身分なのか、どんな仕事なのかわかるだろ。

だからキャラクター性を記号化した格好というのは、何よりも大事なのだ」

「一理あるかもしれないねえ。実際そのセンスはこの店にも、そして何より君自身のキャラクターにも実に馴染んでるわけだし」

「そうであろう。例えば逆に、だ。

襤褸の服を纏った猫背で男が出迎えてきたらどうだ。

マスターよりかは、盗みに入った浮浪者ではないかと思うだろう。

人間は先入観や目から入った情報でまず物事を判断するが、そのファーストインプレッションが実際とかけ離れたパターンは往々にして存在する。

だから、俺はその相手の認識の差を埋めるためにも、分かりやすい身分を服装とアクセサリで自分の外に向かって発信しているわけだ」

大石はコーヒー豆を挽きながら、低く体の芯に響く発声と気品を感じる笑顔で淡々と語った。


彼は彼なりに、心のなかにバーテンダーという像を結んでいるのだろうな。

僕の眼から見た大石は、確かに見た目が彼の職業も性格もよく表現している。

これは彼の刑事時代から変わらない。

初対面の彼は、落ち着いて気品のある笑顔を浮かべた洒落た男で、彼自身が拘ることや愛着を感じたことへは並々ならぬ熱意を発する人間だった。


それゆえに8年前の事件で彼は刑事を辞することになるのだが。

大石がゆっくりとした所作で4人が座るテーブルにコーヒーを5つと、椅子を1つ運んできた。


「さあコーヒーを4つだ。ここに来たということは、長居するんだろう。

今度はどんなヤマだい?」

大石がテーブルに加わる。

静かに前かがみになり、肘を突き手の平を顔の前で合わせる。

その奥には先程までの優しい笑顔の紳士はおらず、真剣な目つきで卓に加わる男の顔があるのみであった。


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