9話 後悔と喪失の波間から
寿々木の目は真っ直ぐ見据え、濁りない渓流の沢のように澄んでいた。
それは西実には西実自身の物語があったように、寿々木には寿々木の歩み進めた物語があったことを示していた。
そして各々のドラマはお互いの思いや生活に根差し、深く影を落としている。形が違っても、確かに静かに鳴動するように影を落としていた。
呪い。あの冷たい波はそう表現してもよいのだろう。
それが一生、人生の長きにわたり付きまとう。
払拭も解決もされない、いつ晴れることも分からない。
目を逸らさず見ずにはいられない、一生向き合う瑕そのもの。
だが一つの目標を須々木と西実はそれぞれ持っていた。
持っていたからこそ前へ前へ歩む原動力となった。
人間とはそういうものなのだろう、到達したい結果がある限り、折れない気持ちがある限りは前に進めるのだろう、と西実は勝手に納得した。
また自分だけではなく、寿々木という男もこの呪いと戦ってきたのだと知ると、西実は何故か心強く感じた。
この呪いと戦っている人間が自分だけでない、それゆえの奇妙な安堵感と他の誰かが共に抱えている闇である、一体感からだろうか。
ようやくあの後悔と喪失の波間から抜け出せるのかもしれない。
西実は密かにそう思った。