Episode 1 離婚しましょう。白い結婚だったのでいいでしょう?
「実家に帰らせていただきます!!」
極限まで声の音量を魔法で上げたセレスティアの叫び声はエアルド侯爵家中に響き渡り、寝静まっていた執事長やメイド、使用人たちをたたき起こした。
あれだけよろしくやっていた問題の二人はその叫び声で嘘のように静かになった。ついで扉に急いで駆け寄る音と共に夫の寝室の扉が勢いよく開き、焦ったように夫のマイルが飛び出して来た。その顔は青ざめていている。
一方セレスティアは満面の笑みを浮かべながら腕を組んでマイルの前に仁王立ちをしていた。
「お楽しみ中にごめんなさいね」
「え、あっ、えと、ち、違うんだ!」
「なにが違うの?」
怖いくらいの極上の笑みを浮かべるセレスティアにマイルは戦慄しながら必死に言い訳を始めた。マイルの見苦しい言い訳を一刀両断し、セレスティアはマイルを押し退け寝室に足を踏み入れた。押し入った先は予想通りの光景で、真っ裸の女が驚いたようにセレスティアを見ている。浮気相手の女は最近、貴族入りした男爵家のご令嬢でセレスティアも一度だけ夜会で見たことがあったが赤の他人であることは変わらない。
「まっ、待ってくれ、」
「あら、新しい奥方がいるじゃない?良かったわねぇ」
「え、ちょっとマイルどういうことよ!あんた結婚してないって言ったじゃない!しかもこんな美人な奥方がいるのに浮気をしてたの!?」
「しゃ、しゃべるな!マリナっ!」
「なによ!?説明しさないよ!」
「・・・・・」
(結婚してない、ねぇ・・・)
部屋にいた、いかにも情事後である裸の女はセレスティアが入ってきた途端に叫んできた。セレスティアに指を指しながら女はマイルに駆け寄るとぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。
あり得ないことにマイルはセレスティアと結婚をしていたのに未婚だと女に嘘をついていたようだ。問題発言を落としまくる女にマイルは慌てて止めに入るが時すでに遅し。
この修羅場を目撃していたのはセレスティアだけではなく、侯爵家中の使用人もばっちり見聞きしていた。マイルを見る勢揃いした使用人の目はまるで汚物を見ているかのような目である。
「・・・・」
「違うからな!この女の言うことを信じないでくれ!」
「どうでもいいですわ。さっさと離婚しましょう。くそやろう」
「く、くそやろう?・・・り、離婚!?」
「リナリー、あれをお持ちして」
「はい、もう用意しておりますわ」
「ありがとう。はい、あげるわ」
「え、なっ、これは!?」
専属使用人のリナリーから差し出された一枚の紙を受け取りセレスティアは惚れ惚れするような笑みでマイルにそれをつきだした。
一枚の紙、離婚届を出されたマイルは信じられないという顔で叫びながらセレスティアに詰め寄ろうとしたがそれは叶わない。マイルからセレスティアを守るように使用人たちが立ちはだかっているせいだ。
差し出された離婚届にはすでにセレスティアとその父ユーデェナ伯爵の名前、そしてマイルの父エアルド侯爵の名前が書かれてあった。離婚届に書かれた父であるエアルド侯爵の名前にマイルは思わず叫んだ。
「なんで父上の署名まであるんだ?!」
「それはですな。セレスティア様の声を聞いてわたくしめが速達魔法便でそれを送り、書いてもらったのですぞ」
「し、使用人ごときが!」
「やめさせてもいいですよ?セレスティア様についていきますから」
「私たちも!」
「俺たちもいきます!」
「なっ、な、」
執事長が言った速達魔法便とは魔力があれば誰でもできる初歩の魔法で、紙や物に移動魔法をかけて行うものだ。セレスティアの声を聞いて独断でことをすすめてくれたらしい。
マイルの叫んだ言葉に何事もなく冷静に返した執事長は手際よく退職届を出した。
執事長に続きセレスティア付きのメイド、見習い執事と次々に元気よく声を上げ退職届を出していく。その他のメイド長や料理長はエアルド侯爵につくらしいが、間違ってもその息子マイルにはつかないと宣言している。
そんな使用人たちの目に嘘偽りはない。
「待て、セレス!離婚なんてしないぞ!」
「ならレリーフ叔母様に頼みますわ」
「お、王妃様に!?」
「えぇ、頼みます」
最後の切り札、セレスティアの母の妹である王妃レリーフの名前を出されマイルは絶望に染まった顔でセレスティアを見たが、セレスティアは動じない。
「新しい奥方とよろしくやってくださいな、ぜひとも」
「セレス!待ってくれ!」
「いやよ!こんな浮気男!」
「なんだと?!」
「私まで悪者になったじゃない!」
「もとはと言えばお前が誘ってきたんだろ!」
「馬車を出しておいて。朝早く出発するから」
「かしこまりました」
セレスティアの目の前で醜い言い争いを繰り広げる二人に背を向け、セレスティアは執事長のラインハントに淡々と言葉を告げた。言い争う、これから離婚する夫と見知らぬ女にセレスティアは侮蔑の視線を送った後に颯爽とその場を離れた。今のセレスティアに夫に対する未練なんて一ミリも残っていない。あるのは侮蔑と呆れだけ、ただでさえ夫の評価は低かったのにさらに最底辺まで下がってしまった。
(これからは隠居生活しようかしら)
遠ざかっていく声を片隅にセレスティアはこれからどうするかを考え始めていた。