Episode 0 結婚に浮気はつきものですか?
「愛してるよ、マリナ」
「私も愛してるわ」
真夜中に隣の部屋、夫の寝室から聞こえてくる見知らぬ女の高い声と耳障りなベッドが軋む音でセレスティアは目を覚ました。明らかに異様な雰囲気
の夫の寝室に、セレスティアは覚悟を決めて立ち上がった。
何をしているのかはだいたい検討がついているが、きちんとこの目で確かめたかったセレスティアはそっと夫の寝室のドアを開け隙間から中を覗いた。覗いた先にいたのは真っ裸で睦会う男女、片方は夫で、もう片方は見知らぬ女だ。完全なる浮気現場を目撃してしまったセレスティアはそっとドアを無言で閉めた。
その目には裏切られた悲しみも
怒りも写していない、あるのは何かを悟った目だ。真顔でため息をついたセレスティアはポケットに入れておいたカメラで二人を激写した後、家中に響き渡るような大声で叫んだ。
「実家に帰らせていただきます!!」
結婚してから一年たった日に、夫は堂々と家の中に女を連れ込み浮気をしてました。
「結婚に理想を求めてはならない」
そう聞いたことがないだろうか。
由緒正しきユーデェナ伯爵家の長女として生まれ大人に決められた結婚であるエアルド侯爵家に嫁いだセレスティアはいつもそう考えていた。結婚に理想を求めたところで、何も変わらない。そもそも理想と現実はわけが違うのだ。
幼い頃からの婚約者だった夫は父の友人であるエアルド侯爵の一人息子で、一言でいうと顔だけ立派なボンボンだ。ボンボン夫の父であるエアルド侯爵は王立騎士団の副団長を務めている剣豪で貴婦人からモテモテの色男、一方セレスティアの夫マイルは自慢できるのは顔だけでなにをしても中の下、苦労もしないで威張るしか能のないだめ息子。遺伝子を間違えたんじゃないかと疑うほどマイルは侯爵に似ていなかった。顔はまあいいとして。
そんなだめ息子に困り果てたエアルド侯爵はセレスティアの父である友人のユーデェナ伯爵に泣きつき助けを求めた。二人は話し合いの結果、 だめだめの男にはしっかりした奥さんが必要だということで友人だった父の娘、セレスティアに白羽の矢がたち婚約をすることになってしまったのだ。
セレスティアが婚約者になってしまった理由は単純に彼女が天才だったからだ。
生家、ユーデェナ伯爵家は代々長男が宰相を務める家系であり、文学に優れる人が多いため「伯爵家には稀代の才子が生まれる」とまで言われていた。
その例にはもれずセレスティアも文学ではないが、魔法の才に溢れ結婚する前には宮廷魔法師団に推薦されていたぐらいだ。魔法の才だけでなく礼儀作法やダンスに裁縫、何をしても完璧。その上に容姿は淡い水色の髪に金の双眸、それにはえる白い肌、青薔薇の妖精とうたわれるほどの美貌を持っている。
セレスティアは家柄、容姿、教養すべてにおいて完璧美少女だった。だめだめな息子に完璧な少女をつければ何とかなるのではと父と侯爵は考えたのだ。
だが、物事はそんなにうまく進まなかった。
初めて出会う婚約者に幼かったセレスティアはドキドキしながら訪れるのを待っていた。婚約者ということは将来の夫、セレスティアの伴侶になる人だ。
両親は政略結婚なのにも関わらず相思相愛だったため幼ないセレスティアは結婚に夢を見ていた。
そんなセレスティアの前に現れたのは金髪碧眼の美しい少年、本で見たような王子様だった。が、その王子様はセレスティアを見た途端「なんだ、ちんちくりんじゃないか」と大笑いしてきた。当時マイルは15才、セレスティアは10才、大人になりかけのマイルとまだ幼いセレスティアはなにもかもが大きく違った。初めて会った男の人にちんちくりんと言われたセレスティアの将来の理想は一気に崩れた。あの時の空しさは一生忘れないだろう。
それから会う度に笑われるので、色々なダメ出しをしてやった。作法がなってない、ダンスが下手すぎる、色んなダメ出しをされたマイルは顔を真っ赤にして怒り狂ったが決してセレスティアに手は挙げはしなかった。
婚約者になったマイルはそれから四年後、騎士団に所属した。息子が前よりも素行が良くなったと侯爵に感謝をされたが、セレスティアはダメ出ししかしていない。
初めて会った時から八年が過ぎセレスティアが18歳なると同時にマイルと結婚式を上げた。久しぶりに会った婚約者はやはり見た目は、文句なしの美形だ。
結婚式の最中、夫になるマイルは一度もセレスティアを見ようとしなかった。その後も口も聞いてくれず、キスも結婚式の一度だけで、初夜もほったらかしにされてしまった。
妻になるのだから愛を持って接しなければいけないといくらセレスティアが思っても関わろうともしてくれない。話しかけても無視されて睨まれてしまうのだ。これでは書類上だけの結婚、白い結婚と変わらない。
(このままじゃだめよ)
マイルは次期エアルド侯爵であり、その妻であるセレスティアは次期女主人になる。どれだけ蔑ろにされようとセレスティアはマイルを信じて侯爵家に尽くした。両親や侯爵に相談をすることもできたが、無駄な心配をかけたくはなかった。
(今はきっと耐え時なんだわ、我慢よ我慢)
その後もほったらかしにされ夜も共に過ごさないまま、一年経ったある日の夜、事件は起きた。
セレスティアが尽くしてきた筈の夫は堂々と浮気をしていたのだ。