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コメディー集

エタった小説のキャラクターが直訴に来ました

作者: たこす

このお話はフィクションです。

でもノンフィクションになる可能性もなきにしもあらず。

挿絵(By みてみん)

イラスト提供:遥彼方様

「おい作者」


 まどろむ意識の中、オレは聞いたことのない声で目が覚めた。

 時刻は深夜の2時。

 家族は寝静まり、オレも布団の中で爆睡している真っ最中のこと。

 誰だ、と思って起き上がってみると、そこには白いマントを羽織った美女がいた。

 金色の長い髪の毛を後ろで束ね、凛と整った顔立ちをしている。


「私が誰だかわかるか? 作者」


 そう言って不敵な笑みを浮かべている。

 顔は笑っているが、目は笑っていない。


「ええと……」


 どちらさま? と言おうとして口をつぐんだ。

 枕元に立ってオレを見下ろしているその表情はまるで冷酷な殺人鬼のようだったからである。


「よもや、忘れたわけではあるまいな」


 ギロリとその女が睨み付ける。

 怖い。

 リアルに怖い。

 誰だ、この人。

 オレは頭の中をフル回転させて考えてみた。

 しかし、思い出せない。


「ゆ、幽霊ですか……?」


 そう尋ねると、女の眉がピクリと動いた。

 どうやら違うらしい。

 そもそもオレってば霊感ないし。


「妖怪さん……?」


 オレの言葉に、さらに女の額から青筋が立った。


「私をよく見ろ。どこをどう見たら妖怪に見える」


 うん、まあ、妖怪には見えない。

 般若には見えるけど。


「じゃあ、お化けですか?」


 今度は歯ぎしりまでしはじめた。


「ふざけるな! 幽霊とお化けは何が違うのだ!」

「ひいっ」


 ものすっごい形相で怒鳴られた。

 怖い。

 はっきりいって幽霊やお化けよりもはるかに怖い。


「思い出してみろ。この私の姿に、見覚えはないか」


 言われてマジマジと見つめる。

 見た目は20歳くらいのきれいな女性。

 着ている衣装がちょっとアレだけど。

 白いブラウスにチュニックのミニスカート。その下には黒いスパッツのようなものを履いている。

 腰には剣をぶら下げ、肩当てと胸当てを身に着け、黒いブーツと黒い手袋。

 なんとなく、オレが想像した冒険者そのもの、といった出で立ちだ。


「ううん、ええと……」


 まったく思い出せない……。

 本当に誰なんだ、この人。

 うんうんうなっていると、女は言った。


「ヒントをくれてやろう。私は今、魔王を倒しに行く途中だ」

「あ、電波さんですか」


 瞬間、オレの首元に剣の切っ先が突き付けられていた。


「ひっ」


 思わず悲鳴を上げる。

 すごい早業……。

 速すぎて全然見えなかった。


「低能な俗物。その腐った脳みそをフル回転させながら、よーく思い出すのだ。私が誰であるかを」


 ヤバい、本気だこの女。

 目つきがもう、普通じゃない。


 オレは考えた。

 一生懸命考えた。

 殺されたくない一心でうんうんうなりながら考えた。

 でも、まるっきり思い出せない。


 腕を組んで首をひねるオレに女は言う。


「もう少しヒントをくれてやろう。貴様のせいで、今世界は破滅の危機だ」


 ヒントどころかちんぷんかんぷんだった。

 オレってば世界をどうこうする力なんて持ってないし。

 もしかしたら誰かと間違えているのではなかろうか。


 そう思いながらも、ふと思い出した言葉がある。


 そういえばこの女、最初にオレのことを「作者」と言っていた。

 作者って、誰のことだ?

 別にオレは作家ではない。

 あえて言うなれば、趣味でWeb小説を書いているぐらいだ。


 ………。


「あ」


 オレはピンときた。


「も、もしかして、セレナさん?」


 その言葉にようやく満足したのか、剣を突き付けている目の前の女がニヤリと笑った。


「ご名答。私はセレナ・アーヴェストだ」

「ほ、本当に? 本当にあのセレナさん?」


 信じられなかった。

 世界を破滅へと導く魔王を倒すべく、単身旅立った女剣士セレナ・アーヴェスト。

 そう、彼女はオレが一昨年の冬にエタった小説の主人公だったのだ。

 言われてみれば、確かに面影がある。

 当たり前だが自分の想像の中の彼女と瓜二つだ。


「お前がいっこうに先を書かぬから、こうして小説の中から飛び出してきたのだ」


 あっけらかんとそう言うセレナさんに、オレはなんて答えていいかわからなかった。そんなことが現実にあり得るのだろうか。

 しかし、実際目の前にセレナさんがいる。それは事実だ。


「作者よ、何か私に言うことはないか?」

「い、言うこと?」

「ほら、あるだろう。エタってる作品の中の私に対して」

「え、えーと、お疲れ様です……?」


 その言葉をつぶやいた瞬間、セレナさんの目が殺意に変わった。


「いっぺん殺してやろうか!」

「ひいぃっ。ごめんなさい!」


 セレナさん、半ばキレている。いや、声をかけられた時点でほとんどキレていたが。


「謝るぐらいなら、早く続きを書け、このボンクラ」

「つ、続き……?」


 そう言われて、はたと思案にくれる。

 そういえばどこで止まっているのやら、まったく記憶にない。

 そんなオレの姿に、セレナさんは低く威圧的な声で言った。


「まさか、それすら忘れているのではなかろうな」


 ああ、目が怖い……。

 なんだか、今にもオレを持っている剣で斬り殺してしまいそうな目だ。


「え、と……。どこまででしたっけ……」

「暗闇のダンジョンに入った直後だろうが!」


 セレナさんは剣を放り投げて、両手でオレの首を締め上げた。


「ぐげげ」


 く、苦しい……。


「貴様は忘れているようだがな! 私は……私は……暗闇が大っっっ嫌いなのだ!!!!」

「ギ、ギブギブ」


 パンパンと腕をタップするも、彼女の怒りは相当なものらしい。

 少しも力を緩めることなく、言いつのる。


「どうしてくれるのだ、作者! 暗闇の中に一人取り残されて! 恐怖に怯えながら! 今か今かと更新を待ちわびて! だが一向に更新される気配もなく!」


 息ができないオレはとりあえずうんうんうなった。


「このまま、死ねとでも言うつもりかっ!!!!」


 その前にオレが死ぬ。


「えい!」


 渾身の力を込めて腕を突きだすと、予想外の行動だったのかセレナさんは「うおっ」と言いながら突き飛ばされた。

 締め付けから解放されたオレは、すかさず肺一杯に空気を送り込む。


「ふううぅぅぅ……。殺されるかと思った……」


 まさか自分の作ったキャラに殺されるなんて、笑えない。

 ペタンと座り込むオレに、セレナさんは剣を拾いあげて近づいてきた。


「やるではないか、ボンクラ作者のくせに」


 あ、ヤバい。これは本気で殺そうとしている目だ。

 オレは急いでパソコンを立ち上げながら言った。


「あ、あの、セレナさん? 今から続きを書きますんで、小説の中に戻ってくれません?」

「なに?」


 ピクリ、と彼女の動きが止まった。


「と、とりあえず、暗闇のダンジョンに明かりを灯しますから」


 その言葉に、彼女はパアッと顔を輝かせる。


「本当か!?」

「え、ええ、本当です」

「本当に明かりを灯してくれるんだな!?」

「ええ、灯します。もう、真昼間のように煌々と」

「どれくらいで書ける?」

「さ、三時間もあれば……」

「………」

「一時間で書き上げます!」

「……ふん、よかろう」


 セレナさんは、持っていた剣を鞘におさめるとパソコンに向かって歩き始めた。


「……?」


 不思議そうな目を向けているオレの前で、彼女はパソコンの画面に片足をつっこんだ。


「帰る」


 ち、ちょっと待って。

 そうやって帰るの?


「あ、そうだ。作者」


 画面に片足を突っ込みながらセレナさんが言う。

 なかなか滑稽な姿だ。口には出せないけど。


「なんですか?」

「できれば、旅の仲間を一人増やして欲しいんだが」

「旅の仲間?」

「そう、旅の仲間」

「たとえばどんな?」

「そうだな。腕の立つ美形剣士がいいな」

「………」

「優しくて紳士的で魔王を倒せるほどの実力者で、かつ私をエスコートしてくれるような、そんな剣士……」


 そんな剣士、いるわけねーだろ。

 と、心の中で思いながら、うなずいた。


「わかりました、考えておきます」


 その答えに満足したのか、セレナさんは

「頼んだぞ」

 と言って、シュルシュルと画面の中に吸い込まれていった。


 誰もいなくなった室内。


 立ちあがったパソコンの明かりだけが部屋を照らしている。


 オレは「小説家になろう」を開くと、一昨年の冬にエタった作品『セレナ・アーヴェスト冒険譚』にカーソルを合わせた。

 その小説情報の画面を開きながら、オレは思った。


 まさか、エタった作品のキャラが直訴しに来るとは……。


 投稿済み連載作品は他にもエタった作品が山のようにある。

 もしかしたら、いつか彼らも直訴しに来るかもしれない。

 自分の作ったキャラなだけに、きっと何も言い返せないだろう。


 オレは思った。

 そうなる前に、少しずつでも書き進めていこうと。


 それが、作者とキャラとの信頼関係につながるのなら。



 さっそくオレは暗闇のダンジョンに明かりを灯した。

 人の動きを感知して自動で灯るたいまつの設定の追加。

 暗闇のダンジョンでは全くなってしまうけど、まあよしとしよう。


 画面いっぱいに広がる文字の世界の中で、オレはセレナさんの笑顔が見えた気がした。



挿絵(By みてみん)

イラスト提供:檸檬 絵郎様


お読みいただき、ありがとうございました。


完結目指して頑張ろう!(特に自分)

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― 新着の感想 ―
[良い点] エタった作品のキャラクターが直訴に……。 恐ろしい……でも、少し体験してみたくなりました。 何を語ってくれるんだろうか(^o^) [一言] とても面白い作品でした! セレナさんは「魔王…
[良い点] 最ッ高に面白かったです! セレナさんのファンになっちゃいました!ああ、私にもキャラ達が逢いに来てくれないかなぁー♪
[良い点] はじめまして。 あわわ…エタるとこんなに恐ろしいことが起こるのですね((((;゜Д゜))))セレナさんの表情の変化やら、直訴の理由が面白いです。めっちゃ強そうなのに…。 楽しませていただき…
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