13.初出動はコロマに乗って
「あいあい、それ、使えないよ」
投げ飛ばされて、ほんの僅かの間、セレは動かなかった。百パーセント機械のくせに気絶でもしやがるのか、はたまた床の感覚をじっくりと楽しんでいるのかと亜衣里が訝った直後、セレはひょいと跳ね起きるなり言った。亜衣里が手にしているマイクロ波加熱方式の熱線銃を指さしていた。
「それ選択するなんて、突撃専用でもお巡りさんだね~」
どことなく楽しそうにセレは続ける。
「……生身もんじゃないってこと?」
さすがに亜衣里は勘がいいと、保志は思った。マイクロ波加熱方式熱線銃というのは、警察の基本銃器で、あれは人の体温をジャスト四十二度まで、ほぼ五秒の連続照射で加熱する。四十三度で人間の身体を構成しているタンパク質は変成してしまい確実に死亡する。四十度であれば動けるやつもいる。それでギリギリで選ばれているの温度が四十二度というわけだ。
人の死を嫌う日本の民族性によって、これを使うことに国民的な支持は高い。死なせないで行動力を奪い、ついでに後遺症が残らない。使う方も不用意に殺してしまうこともないので一般の交番では歓迎もされているのだとは思う。ただ、亜衣里のような凶悪犯専門の領域にとっては、きっちり現場泣かせの武器で間違いない。
戦闘の現場で、障害物なしで五秒照射させることはまず無理だ。武器として致命的と言っても過言でない。真っ当な銃火器を持っている相手に、こんなものを持って距離を詰めるのは自殺行為に等しい。相討ち持ち込むには、相当な幸運がいる。
シンクロイド亜衣里が死ぬ原因は、基本これだ。
「当たり」
「万が一、レアがいたら?」
「どっちにしろマイクロ波は宇宙服で反射されちゃうから、使えない」
ああ、レトルトパウチ食品が電子レンジで加熱できないってアレか。亜衣里は納得する。
「じゃあ、なんで装備の一番取り易いところに置いてあるのよ」
「そりゃあ、人口密度稀少域でも人間が密集してるのは、テラフォームド・シティだからだよん。オイラたちも、ご出勤されるのは、そっちのほうが多いし」
「採掘現場では意味がないってだけで、普段は使うのね」
「Oui,Oui」
亜衣里はヘルメットに頭を突っ込む。定番通り、仮想モニターがリンクしているらしく、何も映っていないながらも、表示空間が薄く広がっている。
「セレ、4444じゃなくてあなたが、情報獲得と提供もしてくれるってことでいいね」
「そのほうが分かりやすいなら、いいよ。どっちも同じだから」
「OK、問題の坑道の図面データある?」
言い終わるやいなや、セレの返事より先にモニターに透過立体図が映し出された。点滅しつつ移動する点が色分けされている。
「どっち?」
「青がそこの従業員。赤が侵入者」
亜衣里が腕を組む。CQB(Close Quarter Battle=建物の中に侵入して犯人を取り押さえる)こそが今の彼女の専門職なのだが、花形というかなんというか、突入班ばかりで、支援はもとより監視も狙撃も交渉も、間近かに見てはいるが経験はない。
突入と狙撃ばかりが部外者からは目立つSATだけれど、一番重要なのは交渉人の技量だ。突入班は交渉人が犯人にちゃんと投降を促してもらい、断固交戦ではなくてやる気が失せた人間を保護に行くというパターンに落ち着く様に祈りながら待っているのが普通だ。
そこまで人員に恵まれない極小編成のチームを率いるということは、まさか、犯人への一番最初の呼びかけを自分がするということだろうか。だめだ、怒らせる自信しかない……。
「セレ、あなたレコンの経験は?」
「ろくちゃんとのペアだと常にポイントマンだよ」
レコンもポイントマンも言葉は違うが意味そのものは変わらない。チームのために一番最初に進む者のことを指す言葉だ。それは人間と非人間でチームを組むなら、まず人間が先導ということはないかと、亜衣里は納得した。特殊環境で研ぎ澄まされた場合、人間の第六感は多分、機械の各種センサーを凌駕するだろうけれど、基本としてはぼけてる人間とセンサー持ちの機械を比べれば、彼らの状況察知能力の方が高いに決まっている。
レコンは死にやすいポジションだ。しかし、簡単に死んでしまうのでは居る意味がない。死への恐怖で平常心が乱されがちな平均的人間と比べれば、多分あらゆる意味で優秀に違いない。
「入り口は施錠されてると思う? マスターキー使った方がいいかな」
「……ご自由に。オイラなら蹴り開けられるけど」
「馬鹿いってないの。純正のアバタロイドじゃないんだから、シンクロイド・ボディの皮の強度はそこまでないはずよ」
亜衣里が呆れた様な口調になった。
「だって、これ半六ちゃんの身体だもん。なんとかなるよ」
「え?」
セレが右手でガッツポーズをこれ見よがしに作って、左手で二の腕当たりを指さした。「彼氏鍛え方半端ないからね、なかなかよ」
亜衣里は冗談だと軽く受け止めて、肩をすくめる。
「セレ、マスターキー使って。人数少ないんだから、そんなところで怪我されちゃ適わないわ。筋肉自慢できるなら、重いから厭だなんて言わせないからね」
「……まったく、信用ないんだから。半六ちゃんの身体、ホントにすごいのになぁ」
言葉ではそういいつつ、亜衣里の指令を守って、セレがマスターキーを移動艇格納庫のハッチ前の壁に物々しく並んでいる武器収納棚から取り出した。
マスターキーというのは鍵のことではなく、銃身を切り詰め、銃床を短く、あるいはなくした、いわゆるソウドオフショットガンを、アサルトライフルの下部に乗せ込したもののことだ。
普通、建物など建造物に侵入するときの先頭に立つ、ポイントマンは施錠されたドアを破るためにショットガンを持つことが多いが、一人で道を封鎖できるとまで言われる威力のあるショットガンは、殺傷能力を低めたゴム弾を利用してさえ至近距離で散弾が拡散しきる前に当たると、その破壊力は凄まじい。
ショットガンの銃身を短く(ソウドオフ)すると、至近距離での破壊力を増大するものの、射程が極端に短くなり、命中を期待できないという欠点ができてしまう。距離をとれないという難点があるため、突入後はアサルトライフルに持ち替えたりするのだが、持ち替える時間もかかるし、そうでなくても重量がある銃を二丁持っていくのも取り回しが悪い。
重い上に次弾を装填するのに時間がかかるという欠点はあっても、取りあえず、建造物内を制圧するときのレコンが持つ武器としては悪くない選択だろう。
「ろくちゃんの得意なポジションは?」
「CVの運用者……かな」
「|戦闘車両(Combat Vehicle)? そんなのまであるの? 管轄は司法庁なのに?」
「総司官の制圧班が、マスターキー使わされるご時世だもの」
亜衣里の質問に、セレはそらっとぼけたような返事をした。
「だけど、ACV(Armored Combat Vehicle)でしょうね、もちろん」
「当然」
「じゃあ、現場までの搬送の運転手もろくちゃんなのね」
「ああ、それは無理。生身にオイラの最高速度は耐えられないよ。オイラ自体だって、このボディは生身なあいあいたちと変わらないから、耐Gカプセルに入るよ。現場までは、4444がACVコントロールする。けど、現場到着後はACVコントロールはろくちゃん担当」
「じゃあ、基本的にずっと、セレのソロプレイしかしてないってこと?」
亜衣里の疑問に、セレが笑った。
「ろくちゃんのACV見れば、違うって分かるよ。オイラたちは二人ぽっちでもチームだったよ、ずっと」
ACVのAはArmoredのAであり、すなわち、武装しているということだ。セレの説明を素直に文字通り受け取れば、装甲の分厚い高速移動艇だろう。それで運ばれて、そのあと、現場での戦闘に参加できるとなると、宇宙船の癖に、タイヤとかが出て来るのだろうか? テラフォームド・シティの中で、自由に移動できる宇宙船というのが、亜衣里の想像からは非常に遠かった。
「突入班の分担は決まったみたいだな。いくぞ」
保志が亜衣里とセレの会話を遮った。
「オイラうずうずしちゃう。あいあいと初デート」
「お前、今日からTAIって名前返上してYAIってのにしたらどうだ?」
言い捨てて、保志がハッチにむかって歩きだす。
その背中を追いかけて歩きながら、セレが保志に言う。
「タイをワイにするって、TをYに変えるんだよね。Yって何の頭文字?」
亜衣里も取りあえず二人の背中を追った。距離が近いから、保志とやっぱり見掛け迫神の会話は聞きたくなくても耳に入る。
「やりたい……の頭文字」
「やりたいって……何をさ」
不満そうなセレの言葉が終わらないうちに、保志が立ち止まってクルリと振り返る。
「気持ちいいことやりてぇんだろ? ウンコしたがるし、女とはやりたいみてぇだし、お前ここんとこ最低にヘンタイ路線突っ走ってるだろう。AIの自覚低すぎらぁ。それ以上ヘンタイ化が進行したら、オマルに言いつけて4444ごと廃棄処分にしてやるからな」
ぶっと、亜衣里が噴き出す。AIのくせにウンコしたいって、それどういう欲求かまったく分からない。
それに、武器を持っている侵入者との直接接触が確実に予測される気持ちとして昂り易い状況はバケの皮を剥がすのか、どことなく保志の物言いは、いつもきちんとした言葉使いで、しゃべり方に乱れたところの気配もないものとは似ても似付かない。そう、保志総司官ともいえない下品さだ。
もっとも、こういう種類の男たちの方が、亜衣里は慣れているといって過言でない。眉間に不満そうな縦皺が寄っているけれど、いつもの能面みたいな保志よりずっといい。
「ろくちゃん……。ウンコしてみたいってのは、認めるけどさ、女とやりたいって、そりゃ、誤解。オイラやさしいろくちゃんに抱かれるだけで、十分満足してるのに……」
今度は保志ががっくり脱力した。
「あいあいに誤解されるだろうが。俺はおまえを抱いたことなんか、一度もねーからな」
そういって保志がにらんだのにも、セレはまったくめげなかった。
「つれないこと言ったって、オイラはろくちゃんをちゃんと知ってるもんね」
「……そ、そういう仲なの?」
亜衣里がごくごく真面目に聞いてしまう。セレがふぃっと亜衣里を見つめて、にっこりと笑った。ああ、迫神の笑顔だと、つい亜衣里は思ってしまった。あいつにクソが付く真面目な顔つきの代わりに、こんな笑顔がいつも張りついてたら、ちょっと惚れてしまいそうだ。自分がそう思ってしまうことに気付くと、思考回路が沸騰しそうだ。
「ただの冗談……。ほら、現場突入前は緊張感をほぐさないと」
亜衣里はセレの横を通り抜けて保志に並んだ。そしてセレに聞こえるように言った。
「保志総司官、私はあなたのTAIの運用には、問題があると判断したくなりますが」
保志が言い難そうに口を開いた。
「……うん、まあ、そうなんだけど。一応こんなでも、頼りになるよ」
セレが普通の声で言った。
「あいあいがオイラのマスターになったら、ちゃんと、あいあい好みのTAIになるよ。だから、司法試験頑張って、バッパーになってね。オイラ、あいあいの一本背負い気に入っちゃった」
長い廊下には亜衣里がまだ把握しきれてない扉が延々と並んでいる。少し保志が進んだところで、一つのハッチが勝手に開いた。多分、そこが移動艇格納庫への入り口だろう。些細なことだけれど、こういう動きをこの官舎がするのは、保志の動きを正確に把握して制御をしているのだ。セレがいったように、4444はきっとこの派出所をコントロールしていながら、基本姿勢はバッパー保志のサーバントなのだ。
多分、保志が何といおうと、セレの言葉通り、彼(TAI)は保志好みを把握して動いているのだろう。だとすると、取りつく島のない感じの保志こそが、よそ行きに作られた偽りの保志で、このごく少人数での構造物制圧戦を前に、うきうきと弛んでいるほうの保志こそが地なのかもしれない。
保志に続いて格納庫に足を踏み入れて、亜衣里は思わず息をのんだ。
白い巨体。ところどころに置かれた赤いペイントがおしゃれ感たっぷりにエレガントを演出し、肩に置かれた黄色のラインも涼やかな……。巨像が横たわり、静かな眠りについていた。
「コロマ……? ……宇宙仕様なの……これ?」
亜衣里の横にセレが立った。
「さすがあいあい。コロマって、さらっと出て来るところがいいねぇ。ろくちゃんなんて、カタログで飛閃見たとき、モビール・アーマーって言いやがったんだよ」
くっと亜衣里は噴き出した。巨像型の車でコロマなどという名称は、確かに一般的ではないだろう。一般常識範囲での略称なら、マニピュレーター(手で操縦する機械)巨像から採ったマニ=コロが普通だ。
人型のロボットといえば分かりいいのだろうが、余りにも守備範囲が広すぎて、漠然としすぎている。日本人は羊を羊としか呼ばないが、モンゴルの遊牧民は羊を種類や成長の過程、オスかメスかで事細かに呼び分ける。陶器に興味がない人には、陶器は陶器で終わるが、そのマニアには産地や窯、作家や時代で事細かに呼び分ける。
自走しない、人型の巨大ロボットで、移動に特化したものならコロマ、戦闘メインならアムコロなど、メーカーや使役されるスタイルによって様々な呼称があるのは、それが身近であればあるほど、当然のことだ。
「あいあい、乗ったことは?」
「特車は配属なったことないのよねぇ。大体、東京都下だと、土木目的に特化したところで、コロマで公道走るのって届け出いるし、届け出があっても全長四メーター以上のコロマは規制で走れないし。違法コロマ対策の特車三課にでもいかなきゃ、普通は乗れないよ。こんなに至近距離で見たのも初めて」
亜衣里は横たわる巨人に歩み寄りながら、惚れ惚れと美しいコロマの身体を眺めた。それはもはや伝説の古典ですらある某アニメーションの中の、ビジュアル系棺桶に横たわる白雪姫のように、見るものを誘惑する。
「うん、マニピュレーターが基本だから、テラフォームド環境(いわゆる1G世界)では体勢制御が難しいもんね。ちょっとスタビライザーの調整があまいっていうのもあるけど、ろくちゃんだってオイラが補佐しなきゃ、ただの傍迷惑人形だよ。だから、ろくちゃんの操作通りに動ける様に、オイラが頑張るの。これもまた一つの二人羽織ってやつで」
「二人羽織って、じゃあ、操作はモーキャプ?」
「またしても大当たり。あいあいすごいなぁ」
「……すごぉ……い。これ、そんなんで動かせるんだ。モーキャプ・フィールドは中? 外?」
「どっちもできるよ。基本インナー・モーキャプ。まあ、外、ここのモーキャプ・ルームからでも全然大丈夫。それにオイラは優秀だからさ、口頭指示だけでもそこそこ働くよ。まあ、あいあいに乗られてもいいけど、ほらあいあいはジュードーレディじゃん。相手柔道着も来てないし、帯もしてないじゃん。ドライバーさん候補があいあいか半六ちゃんなら、彼氏の方が向いてるかなぁって、オイラ密かに思ってるんだけど」
「……迫神さん、鍛えてるって、さっきも言ってたけど、あの人、なにやる人なの?」
迫神の外見をした物体と、迫神の噂話をするのも変な気分だと思いながら亜衣里は聞いた。
「カラテマンだよ。彼。ついでにソロプレイが好きな山男だから、普段から重装備担いで山登ってるんだよねぇ。だから下半身もバッチリよ。鍛え方がろくちゃんとは全然違う」
「……え?」
カラテマンに山男って、法服を着て「私という感情はありません」というような顔ををしている迫神のイメージと、全然そぐわない。亜衣里の戸惑いをどう捉えたのか、セレが続けた。
「それに、正義感たっぷりのいわゆる古風な判事さんだし。生涯賃金にも不足はないと思うよな。つまり、恋人候補としては優良物件だと思うんだけどな。一応、参考にしてね。半六ちゃんも、あいあいに欲……」
突然、距離を詰めてきた保志が、軽口発言を、話半ばでなんとか間に合って、セレの後頭部を拳骨でぶん殴ることで阻止した。
「よく?」
亜衣里はどうにも会話の勢いがつかめない。
「なにするのさぁ」
「何じゃねぇ。それ以降は、おめえが言っていいことじゃない。だまっとれ」
「どーして怒るのさ。ろくちゃん」
「てめーには分からん。説明する時間が勿体ない。さっさと棺桶……じゃなかった、耐Gカプセル入るぞ」
保志が言う。亜衣里はもう一度つくづく眠れる巨人をながめるが、どこから入るのかさっぱり見当もつかない。普通の操作なら、多分一番厚みがあってスペースを確保できる胸部に部屋が確保されているはずだけれど、耐Gカプセルがそんなところにあるとは思えない。モーキャプ・フィールドには、少なくとも操作する人間の身長の1.3倍は要る。
「保志総司官、耐Gカプセルはどこに?」
ろくちゃんなどという呼び慣れない言葉は、意識しなければそうそう簡単に口からは出てこない。
「腹のとこ。入り方は教える」
「どうやって登るんですか? 全然取っかかりとか、見えないんですけど」
セレが口を挟んだ。
「ちょっと待ってね。すぐやるから」
とたん、亜衣里の身体がふうわりと浮いた。とっさにもがいてしまって、うまく体勢が制御できない。と、その亜衣里の目の横で、慣れきった動作で保志が床を蹴るのが見えた。取っかかりを蹴りながら、うまく保志は飛んでいる。なるほど、人工重力を切ればハシゴなどをかけるより余程簡単にいける。もちろん、中の人間が無重力での移動になれているならばだ、ハシゴなどをかけるより数倍効率的だろう。
亜衣里は一番最初にグルグル回り始めてしまったせいで、どうにも姿勢を建て直せない。そこに、迫神の手がのびて、亜衣里の突入服の腰辺り、ガンベルトをトッ捕まえた。視線が合うと、いかにも楽しそうな人が悪げな笑顔になった。迫神の顔でやられると困る。
「可愛いあいあいだから、助けてあげる」
情けなくもセレのサポートで、やっと亜衣里はコロマの腹の上に先に到着していた保志の横に到達した。下ろしてもらうと亜衣里は保志にならって、巨人の腹部に設置されていた小さい取っ手を握りしめて少し深呼吸をする。落ち着け自分。そして、呼吸がましに落ち着いてから文句を言った。
「セレ、お願いだから、迫神さんの声でしゃべるのやめてくれない?」
「了解、あいあい」
その声は、深く低めに落ち着いた迫神の声ではなく、雰囲気として少年のそれになった。そしてそれは、ちょっと男の子にしては高めの透き通った――なかなかそれはそれで美声には違いない――歌でも歌わせてみたくなるようなものだった。
「ちょっと狭いけど、固めるほど遠くないから我慢してね」
つかまっていた取っ手の丁度脇に、ぽっかりと穴があいた。ちょうど三つだ。
「これの耐Gカプセルって、三つだけってことは定員三なの?」
亜衣里が言うと、セレは何を野暮なことを聞いているんだという声になった。
「バッパーは普段ソロ。世代交代のときの三分の一だけ特別だけど、マックス三、それ以上乗せる必要がある?」
それもそうだと思いつつ、でも、やっぱり納得しきれなかったあいあいが聞き重ねた。
「逮捕した犯人とかの移動とかには?」
「基本、最寄りの保安官事務所に預かってもらうから、遠距離のお持ち帰りはしないよ」
「ああ、それで、保安官さんたちとは、繋がりが深いのね?」
「そういうこと」
「お前ら、べらべらおしゃべりしてる間があったら、移動するぞ」
保志がそういって、一つの穴に滑り込むや否や、出入り口の穴が完全に見えなくなった。時間差でもう一つ音がしたところをみると、エアロックのように、安全面の考慮から扉が二重になっているようだ。
保志が耐Gカプセルに消えた。
セレは保志本人が聞いてる、聞いてないのに興味なくしゃべるつもりだったのが、たまたま保志が聞こえない場所に移動したからなのか、しみじみという雰囲気になって言ったのだった。
「あいあいは、もしかしたらろくちゃんのやり方に不満があるかもしれないけど、ろくちゃんは、意味がないことはしない人だよ。ただ、ほら基本ソロプレイだから、説明して行動するのに慣れてないの。最終的にはあいあいや、半六ちゃんが自身で判断することだけど、僕は信頼してる」
――この子は完璧に、あらゆる意味で……保志総司官の武器なんだ。
とびきり優秀な、国連総合司法庁と直リンクしているTAIでありながら、やんちゃな子供のように時間と場所をわきまえない悪ふざけをする。それでいて、常に行動の全ては保志を中心に展開されているようだ。なんとまあ、アンバランスな存在だろう。
考え計算するのが基本のAIに思考がないとは言わないけれど、人間的な意味で考えて次にすべきことを選択するという種類のものではない。だから、こういうものに、「考えられる」という当たり前の単語を、しつこく冠してある理由が、この種のものに初めて触れる亜衣里には、やっと見え始めた気がしていた。
T(考えられる)AI(人工知能)というのは、本当にその辺に転がっているあらゆる種類のAIとどこか決定的に違う。
亜衣里は自分も狭いハッチ目掛けて足から無理矢理ねじ込んだ。本当に狭い。膝を少しばかり曲げて姿勢を低くし、目を閉じて扉が閉まるその瞬間を待つ。
と、機械的に扉が閉まる音がして、どこからともなく湧いて出た扉に、あいあいは脳天を激しくぶっ叩かれた。
「痛ったい~」
ぎちぎちのスペースで頭を押さえることもできず、亜衣里は、一人、不格好に大きい己を嘆くかのように毒づくのだった。
――あいあい、大丈夫?
耳元辺りにスピーカーがあるのか、セレの声がした。
「だめ……頭ぶつけた」
――ごめん。次から、閉めるとき、閉めるってちゃんと言うね。
申し訳なさそうなセレの声が、なんだか無性に可笑しい亜衣里だった。