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10.新しい日常

 保志が可動官舎の廊下をすたすたと歩いていると、いつの間にか隣に湧いて出て、セレが一緒に歩いていた。この保志が住んでいて、ついでに主な仕事場でもある宇宙建造物は、超小型宇宙植民地マイクロ・コロニーとでも言うべき造りになっている。


 正式名称は、国連総合司法局イットルビア地区派出所。一番外から見て分かりやすい業務は、いわゆる警察の仕事である交番業務ということになると思う。やはり犯罪は人がいる場所で起こるというか、そこで行わなかった犯罪を暴き出すほどの人員は配置されていないというべきか。まあ、必要とされたとき法らしきものを、そこに届けることができるというだけの話で、大体が、保安官がいるような町で何かしでかして逃亡したやつがいた場合、そいつを捕まえるというパターンが多い。

 残念ながら凶悪犯罪なるものは、数年に一度起こるか起こらないかだ。それに負けずに多いのが、少額訴訟のようなちいさな訴えに、簡易裁判を執行することだ。

 保志がつらつら考えるに、日本の歴史上、一番これに近かったのが、江戸の町奉行所だ。もちろん、あっちの人口過密ぶりと比べると大風呂敷なのだが、あの規模の町に町奉行は二つしかなく、それも月当番で民事、刑事の区別なく処理していたのだ。実際は、行政の役割も果たしていたらしい。しかも、事実上一つの時間軸で稼働している奉行所は一つ。ついでに町奉行の定員は二。冗談でしょうというほどの少なさだ。全ての事件が拾いきれるはずも裁ききれるはずもない。自治組織が治安維持や、小さな争いを仲裁できるという機能を持っていなければ、即日破綻するような人員の些少さだ。江戸町は、諸兄ご存知のとおり、当時では世界有数の人口密集地、約五十万人の町民を抱える大都市である。それに対し、与力、同心まで総動員して二百五十名。

 町奉行は午前中は江戸城に登城して、老中への報告と打ち合わせを行い、午後は所轄内のこれまた数が少ない与力よりきたちと、受け持ち区内の行政・司法・警察業務に当たる。夜は果てし無く続く書類仕事が待っていたらしい。窓口を開けていない非番の月を遊んで過ごしたわけではなく、受理したものの未処理で山積みになっている訴訟処理をしていたらしい。在任中に過労死する奉行が多かったというのも頷ける話だ。


 総合司法官の保志は、午前中とは言わないが現状の報告や進行中の全ての事案について、UNウンの総合司法庁に設置された、人口密度稀少域課の担当官に報告及び相談義務がある。そして、それが終われば、与力に相当するはずの、これまた数が少ない保安官と連携して諸般の業務を行い、計画を立ててお白州しらすに相当する裁判を行う。それから、当然、総合司法庁のメインコンピュータにその事案ごとの逐次報告をあげなければならない。

 相澤亜衣里が本業としてやっているように、人質をとっての立て籠もり事件だとか、銃乱射事件などを力仕事で解決していくような凶悪事件は、まず日常ではない。それに、民事の訴えに対応するといっても、人が少なきゃ人間関係も複雑になりようがない。都会の事件のように、真実が奥深いところに隠されていて、巻き込まれた人間を不幸にしないために、慎重捜査、慎重審議が要求されるものは少ない。

 裁判に持ち込むのだから、両者ともが自分は悪くないと思っている。だから、ちゃんと双方の言い分を聞く機会を設置した上で、しかるべき判断を、膨大な過去判例データベースを照会しながら言い渡し、片づけていくだけだ。


 そういうことを総合的に考えると、保志がとにかく三分の一リストに名前が乗っている人間の、一番最初に出てきた人間を選んだという行き当たりばったりと違って、セレが選んだ迫神平和という男は、非常に適任といえる。とにかく、少額訴訟の取り扱いは、まるで手慣れている。(本職だから当たり前だ)

 保志は大体、裁判のときはスーツにしているが、迫神はそれだとなんとなく気分が出ないからと、何とも古風な法服を着る。過去に経験がない業務について、即任務に当たらせることは禁じられているが、本職の職掌範囲については、特別に訓練期間を設けず、申しおくりだけで現場に出していいことになっている。神様が選んでくださったとしか思えてない人選だが、選んでくれたのは4444だ。


 取りあえず保志は、シンクロライドに慣れきっている相澤には、保安官事務所回りをさせて、少ないとはいえ放置すりゃどんどんたまる民事裁判は、迫神に丸投げした。

 これで、ジョリー・ロジャーの出現が確認できたら、いつでも現場に急行できるように、イットリウム輸送船の出航スケジュールごとに、飛閃を監視に張りつかせることが可能となった。亜空間輸送可能な速度まで加速するためには、十分な空間が当然必要で、イットリウム輸送船は、ニュー・イッテルビーから加速可能域に至るまで通常航宙する。


 宇宙義賊などと自称する、あの不届き者は、その隙間に海賊行為を働く。けれど、荷捌き先との関係なのか、それとも、イットリウムの取り引き価格を下げたくないのか、丸ごと持っていくこともなく、抜いていく。

 抜き荷はちゃんと監視していないと、荷受地で重量計測するまで行われたのかどうかすら分からない。


「よかったじゃん、二人とも、ドサ回りはイヤだって言わないで」

 セレに保志が気付いたのを把握したとたん、セレが言った。

「まあ、あんな最低なスタートだったけど、何とか収まってメデタシ、メデタシだ」

 保志がそう言うとセレがぷくくと笑った。

「オイラに任せときゃ、ちゃんと事前に知らせといたのに。縦置きの埋め込み型棺桶なんて、全然一般的じゃないんだからね。あいあいの棺桶が開くのが遅かったら、迫神さんのデコ、絶対にガチ割れてたね。いきなり病院送りじゃ幸先悪すぎるし……。あいあいのオッパイには、迫神さんだけじゃなくてろくちゃんも、ちゃんと感謝しないとだめだよね~」


「セレ……、おまえ下品に拍車がかかってねぇか?」

 保志が呆れてそう言うと、セレが真面目な表情をしてから文句を言った。

「だって、いつまでもオイラ、ステルス・セレちゃんなんだもん。ストレスたまる。ろくちゃんのソロならともかく、二人とも受任してくれたんだから、三分の一チーム結成ってことじゃん。だったら、オイラも混ざりたい。4444じゃなくて、オイラとして、あいあいたちと仕事したい」

 仲間外れだなんだのと、これでは子供と一緒じゃあないか。保志は呆れる。


「まあまあ、慌てるなって。ものごとには順序っつうのがあるからさ」

 保志は我が儘をいう子供をなだめるような、いかにも御座成りということが見え見えの対応をする。セレが面白くもなさそうに鼻を鳴らした。


「ねぇ、ろくちゃん。一つなんか理由でっち上げてさ、適当な身体カラダ頂戴よ。オイラ、アバタロイドで我慢できるし」

「残念だな、セレ。今年はあいあいの身体ボディ買ったから、予算オーバーだ」

「今までの持ち越し予算があるでしょうが」

 そっけない保志に尚も食い下がる。

「血税の無駄遣いは許されてねぇし……」

「無駄遣いじゃないよ。大体さ、あいあいと迫神さんが来るの、一カ月のうち十日でいいんだからさ、どうしてズラさせないわけ? オイラ別に本体ないんだから、あいあいの身体にもちゃんと乗れるよ。試用期間のお断りはなかったんだから、少なくとも向こう五年間のチームってわけじゃん。直接会いたいって思うのは、人情ってやつじゃないの? それとも、やっぱりオイラはただのTAIだから、でしゃばるなって、そういうつれないこと言うの?」

 マジに泣きが入ってきかねない勢いなので、保志は呆れた。本当にセレについてだけは、どこまでホンキで、どこまでが冗談で、どこから演技なのかよく分からない。


「腐るな。あいあいが半六に慰謝料だって一種試験の個人教授させてんだから、同じ時間じゃないと……そうだろ?」

「だけど、バラバラの任務に当たってもらっちゃっててさ、どうみても、二人の時間って、そんなに取れてないと思うけどな」

 保志が迫神を半六と呼ぶのは、もちろん、横流ししてきた美耶子の前情報の、その部分に受けたからだ。もちろん、本人の前では、「迫神君」と呼ぶようにしている。六法全書のほぼ半分をそらじてるんじゃないかということから、弁護士先生がたからそう呼ばれているだけあって、確かに、彼は判事として鍛えられているという感じがする。


 大体、あの判決の読み上げの板に付き方は、見ているものを唸らせるし、その説諭の入れ方がさすが、自分は本職プロには適わないと思わせるだけのものがある。

 もちろん、ネット裁判で済ませるような公判は、保安官事務所の端末からであれば、その気になればいつでも傍聴できるものだ。次期バッパー候補、保志の後任の可能性がある迫神のデビュー戦ということで、第一回目の公判のアクセス数は近年見たことがないほどの数だった。

 保志のスーツ姿を見慣れたものには、迫神のいかにも裁判官といった法服姿だけでも、頼もしく映ったに違いない。低めの落ち着いた声で、分かりやすく判決理由を説明する姿は、保安官連中にはどうやら非常に受けたらしい。宮崎保安官の横繋がり情報によれば、早くも迫神ファンなるものができつつあるようだ。もちろん、宮崎保安官も含めて……だそうだ。ここいらではマトモな娯楽が少ないにせよ、迫神の公判のアクセス数は、今でも相当なものだ。


「でもさぁ、今まで人が一杯なところに住んでたくせに、ここまで他に選択肢がなさそうなこんな職場で、職場内恋愛って……人間って変だよねぇ」

「はぁ?」

 いきなりセレが言ったので、保志は鳩が豆鉄砲喰らったモードになる。


「迫神さんの心拍数、あいあいが半径三メートル以内に近付くと、確実にアップするんだけど、ろくちゃんはどう思う?」

「あの、あいあいに……あの、半六判事がか?」

 保志が自然と素っ頓狂な声になる。

「あのさ、ろくちゃんだって、古女房の美耶子さんにエキサイトするんだから、健康体で若い迫神さんが、二十代の女の子に欲情したって、そりゃあ、無理ないと思わない?」

 家族サービスに真面目に務めているだけで、特別にエキサイトした覚えはない。保志は憮然と腕組みをする。


「そんなに簡単に欲情するなら、向こうで過ごす三分の二で、いくらでも可愛い女の子がゲットできそうなもんだろうが?」

「……ろくちゃん……。あいあいは、かわいいと思うけど」

 可愛いというのは、語源的にいっても、基本的には小さいものにかぶせる言葉だ。統計的にあいあいが小さい方に分類できないのは、箱ものの方であるセレのメイン、4444だって異論はないはずだ。

「可愛いっつーのは、問答無用に男をその気にさせちゃうようなものをだな」

「だったら可愛いで間違いないじゃん」


 いいかけた保志をセレが遮った。保志はその確信的な物言いが不思議だった。男がその気になるという意味を、セレが分からないとも思えないし、自分があいあいの下着姿にその気になった記憶はない。


「クソもできねーやつに、人間の男の下半身事情が分かるかよ」

 保志が切って捨てる。

「だから……、あんとき、迫神さんの勃ってたし……」

 ぶっと保志は息を噴き出した。お茶でも飲んでるときでなくて、心からよかったと思った。

「マジ……?」

 恐る恐る確認する。


「間違いなく」

 セレがVサインを作って突き出してきた。果たしてこいつは、意味が分かってこのマークを使っているのだろうか。保志はどっと疲れた。


 それが本当の話なら、可哀相だが迫神は事故に遭ったようなものだ。いつもそうだというわけではないが、男というものは理不尽なことに、いきなり理性が暴走するような状態に、勝手にシフトすることがある。そんなとき、手持ちの理性の分量が足りないと、あっさりと犯罪者コースに乗ってしまいかねないほど、どうしょうもなく強いアレだ。大体が、そんなことをしていてはいけない、ということが明白な局面にいるときに限って、そいつはいそいそとやってくる。

 そういうときの下半身さまは、本体の都合を完全に無視して元気になられるから、やっかいなのだ。男には男の不便さがあるということを、女は分かっていない。

 そしてデータでしか物事を結局は捉えきれていないセレにも分かってない。若い雌の感触に、突然男が突然暴走するのは、好き嫌いとか、可愛い可愛くないとは別次元。単純に溜まってたところを刺激されたというのが、身も蓋もない正解だ。


 あのとき、普通に棺桶から起き上がっただけなのに、初対面の女性の、それも下着姿の胸元に、顔から落下するという不幸な展開が待っていたことさえ不本意だろうに。挙げ句に、亜衣里にけたたましく悲鳴をあげられたのだから、たまらない。凡人保志のショボい思考回路だって、女の子の悲鳴には、一時完全にフリーズしたくらいだ。

 けれど迫神の野郎は不自然なほどに冷静だった。少なくとも保志にはそう見えた。



 迫神判事が開いた扉からきっちり九十度の角度でいきなり最敬礼をかましたとき、保志は非常に遅ればせながら、自分のところにある壁面埋め込み型棺桶が、一般的でないことを思い出した。あ、新しい棺桶の蓋に、迫神判事の頭が激突すると思った瞬間に、あいあいの棺桶の蓋がすいっとスライドした。あれの蓋がはね上げ式だったら、多分迫神は顎を持っていかれて壁目掛けて飛ばされた筈で……当然、蓋に額を直撃するよりも大きいダメージを受けたに違いない。

 あのとき、ヤバい、迫神が相澤の棺桶に激突する、と、思わず保志が目を閉じた直後に、女の子の甲高かんだかい悲鳴が耳をつんざいた。ぎょっとして目を開けると、相澤の棺桶の蓋があいていて、あろうことか、現職SATの相澤隊員は下着姿で横たわっておられたのだ。そこに、見事に迫神はつっこんでいた……。どうやって、だれをフォローしたらいいのか、全く分からなかった。あそこに口先TAIのセレがいなかったのは、むしろ救いだと思うのは自分だけだろうか。指摘しないことが武士の情けということも、間違いなくあるのだ。


 シンクロイドが被服品や服飾小物をコピーするときに、一番表面の見てくれだけを再現するだけで、機能性は一切無視されることをは、シンクロライドしたことがある者にとっては完全な常識だ。銃弾が飛び交う戦地に突っ込んでいくのが仕事のSAT隊員は、シンクロライドするときにそんなコピー装備で望める訳はない。普段のルーティーンとして、彼女はそういう格好で棺桶りつっこまり、SATでは、シンクロ受信器はロッカールームに設置してあるものらしい。緊急出動時に脱ぐ時間的手間を省くのは、多分当然のことなのだ。

 あとあと事情を聞くと非常に納得できたのだが、まさか保志にしてみれば、相澤がそんな格好で来るとは思ってもいない。お互いの常識の食い違いが、とんでもないシチュエーションの種になるというのは、往々としてあることだ。


 とはいえだ。意図せざることとはいえ、いきなり裸同然の女の胸に顔から突っ込むという無体むたいをやらかした迫神判事は、状況を把握するやいなや、見事な反射神経で棺桶から飛びのいた。百八十度身体を回転させ、上着を脱ぎ、見事なコントロールで背後の棺桶目掛けて放り投げる。まったくフリーズしてしまって、ノーアクションだった自分とはえらい違いだ。

 迫神のやつ、おっ勃ってた状態で、あの行動を取ったなら、それはそれで、別の意味で大したものだ。


 相澤の方は、ガタイに似合わず、女の子らしい可愛い悲鳴を上げていたくせに、迫神が上着を投げて寄越したのを見るや、動きは素早かった。

 やおら身を起こして、微妙な弧を描いて飛んだそれを引っ掴む。普段そういう勢いで出撃服を着込んでいるんだろうというそのままに、ばっしり肩にはおる。見ただけで、自分が着るには小さいと判断したのだろう。前を何とか合わせて左拳で握りしめ、右手で習性になっているのだろう敬礼をしつつ、保志に向かって噛みつく勢いで聞いた。

「ここ女性用更衣室には出ないんですか?」

「……出ません」

 そう答えるしかないではないか。


「……制服そのものは、備品にありますか」

「……な、ないです」

 その言葉を聞くや、彼女は言った。

「すみません、出直してきます」


 それから棺桶に迫神の上着を着たままさっさと横たわり、蓋を閉じる。多分、そこからライド・オフして速攻で着替え、再度ライディングしてくるのに、驚いたことに相澤は十分かからなかった。普通は、ライド・オフした直後は自分の肉体を自分であるということを把握するまで動けないものだ。立て続けに二度目のライドでは、もちろん可変筐体チェンジャブル・ボディ変形トランスフォームの過程は省けるにしても、二度目にやってくるのにその時間は早すぎる。スーツの上に、迫神のスーツを羽織っているへんてこりんな姿で、彼女は棺桶から立ち上がった。そして、ぱっと袖畳みして迫神に返却した。


 そんなささいなことで妙なのだが「ライドのプロだ」と保志は思った。あの美耶子に対してもそれは常々思っているのだが、何かにおいて専門家であることは信頼できる。すべてにおいて、助っ人根性しかないやつは、信頼してはいけない。それが傍目にみてとんでもないような種類の職業であっても、自分の仕事に精通している人間というのは、そうなるまでに継続して真摯に取り組んできているということだ。だから、他の人間の仕事というものにも、自然と敬意を払って動くものだ。


 名簿に載って来るのだから、最低ラインはクリアしているだろうということで、熟考せずに決めてセレの手前引くに引けなくなった保志だが、見れば相澤は一種試験持ちですらなかった。一瞬、もうちょっと考えればよかったと思ったことは間違いない。

 けれど、相澤の経歴をじっくり見てうなった。SPもSATもどちらでも評価は一級だ。それどころか二種試験さえ、法学部出でもないのに、就職してから独学で取っている。デカイくて丈夫というのは、彼女の価値の半分も占めていないのではないかと、そういう気がしていたところだった。


 再びやってきたときに、さっき起こった出来事は、まるでなかったかのように、蒸し返すことを許さないというように、いわゆる普通の挨拶をしてきた。さすがに裸同然の女の子が羽織っていたジャケットを目の前では着にくいのか、形式張っているはずの初対面に、シャツ姿でかなりカジュアルな印象の迫神が若干の違和感といえばそうだというような程度の普通さだった。

 つまり、相澤は気持ちの切り替えも速いし、良くも悪くもポジティブ志向で出来上がっているのだろう。バッパーのような、地味な仕事は、鬱性分では続かない。相澤は、この仕事に対する性状的適正は、かなり高いのではないかと保志はそのときに思った。


 彼女はSATの制圧班で、一番最初に突入して、後続のための道を確保するというポジションにいるらしい。それで彼女の死亡率の高さに納得がいったのだが、あの高い機材をお釈迦にする常習犯なら、周囲の評判は悪いと思いきや、そうではなかった。




      * * *




「あいあい、ちょっと相談があるんだけど」

 亜衣里とて、いつも死んで終わっているわけではない。殆どの場合は無傷で生還している。平和なニッポンで、そうそう毎日のように立て籠もり事件だの、誘拐事件だのが発生しているわけではないから、基本的に訓練としてシンクロライドすることが多い。今日も、攻め役になっている別チームの連中を、ペイントだらけにして無事人質を確保して、成功裏にミッションを終えることができた。


 SSS(SATサポート・スタッフ)の金城は、亜衣里がシンクロライドすることでストレスを感じたり、帰還後に自分との整合性をつけられずに途方に暮れたりすることが殆どないのを知っているので、亜衣里が自分であることを把握するのと殆ど同時のタイミングで切り出した。


「なんですか? 金城さん」

「あなた、三分の一、テストランしてみて、修行先の師匠にも文句もなくて、結局、本格的に参加するんでしょう?」

「ええ……。その、一種試験で苦労しそうですけど、頑張ってみようと思ってます」


 正直、亜衣里には、保志総合司法官という人となりが、まだまるで見えてこない。とりあえず慣れてこいと、保安官事務所回りを言いつけられて以降、アポイントメントを取って、受け持ち管区に十五ある保安官事務所のアバタロイドに乗りまくっている。シンクロライドした状態でアバタロイドに乗るというのは、どうにも不思議な気持ちがするものだったが、彼女のサイズが普及品のシンクロイドに合わないのだから、慣れるしかない。


「もし迫神君の薫陶よろしく、無事一種持ちになって、最終的にバッパーを希望するなら、君はフランス辺りの管区の方が乗れるシンクロイドが多くて便利かもしれないな」

 冗談のつもりなのか、半分笑ったような顔で、保志総合司法官はそう言った。たしかに東洋人としたらかなり規格外だけれど、あの辺なら自分程度のガタイは珍しくも何ともないだろう。もちろん、UNウンにフランスも加盟しているし、言葉の問題がクリアできるなら、それも一つの選択肢としてありかなと亜衣里自身も思った。



 宇宙開拓最前線の都市というものは、本当に町並みそのものがSF小説の挿絵を地で行くようなもので、その景色は地上のどんなものとも異なっている。保安官事務所から一歩出た外の景色に圧巻されて、その町並みを歩けるだけで、役得気分満載なのだ。カメラで見ていることを意識しないですむ、シンクロライドだったら、もっとステキだろうにと、亜衣里にもそういう思いはある。


 フランス語も日常会話程度ならどうにでもする自信はあるが、裁判を取り仕切る立場でフランス語を駆使できるほどの語彙力も応用力も今のところはない。一種試験を無事に取れたら、平均身長が高そうな国の国語をブラッシュアップしようと、亜衣里は密かに決意しているのだった。


 金城が勿体ないとうようにため息をついた。

「人の希望にケチはつけられないものねぇ」

と、それから毅然と顔を上げて亜衣里を見た。


「ねぇ、あいあい。あなた、向こうでは育ててもらってる子供だけど、こっちではそろそろ若手育成にシフトして親仕事する気ない?」

「私が……ですか?」

「兵藤班長がボヤいてたわよ。あいあいぐらい見えるやつが育たねぇと、シンクロイドはぶっ壊れるわ、ミッションは失敗するわ、精神病院送りは増えるわ、たまったもんじゃないって」

「死にどころを心得てないボケがアタッカーだったら、そりゃ、へーさんは困りますねぇ」

 制圧一班の班長である兵藤を愛称で呼んで、亜衣里は爽やかに笑い声を立てた。


 あいあいは後先見ずに突っ込んで、玉砕しているわけではない。ちゃんと後続の通路を確保するために、ゴーグルモニターという、視界の上方に仮想として浮いた形で映し出すことができるモニターを使って、チームメイトの位置上方と、熱センサーで感知できている人の位置(確保対象か保護対象かは、勘で決める)を正確に把握し、どれとどれを潰せばルートが開けるかいつも考えて、まさに相手の次の手を潰せる場所で相手の駒を道連れにして死んでいる。

 制圧の現場というのは、攻守の順番がいま一つぞんざいなだけの詰め将棋みたいなもので、捨て駒だって、捨て駒として有効に働かなければならない。つまり勝負と関係ないところで、勝手に行ったり来たりしても、「無駄合」にしかならなず、手数に数えてもらえないのだ。

 制圧に「飾り駒」――あってもなくても影響がない駒――は必要ないし、「余詰」――最短手順でない攻め方――は不格好だ。

 攻方の脳味噌である班長へーさんの描いているルートを、ちゃんとイメージできないで闇雲に突っ込んで、捨て駒になるべき局面までもたないと、後続に道をつけられない。そんなもんはアタッカーとは言えない。


「兵藤班長は、一番いいのがあいあいに続けてもらうことだけど、そろそろ世代交代も視野に入れようと思ってたところだっておっしゃってたわ。丁度いいから、是非ちゃんと動けるアタッカーを二、三人育ててくれないかですって。私も賛成よ。あいあいもいつまでも若手じゃないんだから、アタッカー現役でいられるのなんて、多分あと三年がいいところでしょう?」

「金城さん、若手じゃないんだから発言、地雷ですっ」

 妙なところにあいあいがつっこむのに、金城はころころと笑った。


「そりゃあ私だって現役おいだされるときは不満だったわよ。だけど、仕方ないじゃない。人間、年をとれば衰えていくんだから。自然の摂理に文句は言えないでしょ」

「それはそうですけど……」

 濃厚な恋人とのスキンシップどころか、たかがキスまでだって、ガキんちょのころの両親とのものしか記憶にない亜衣里は、それでもめげずに、棺桶の蓋が開くたびに、白雪姫のように「いつか王子様が」を夢想しているのだ。もちろん自分を見下ろしているのは、いつも金城なのだが。そんなあいあいにとって、「若くない」というひと言はハンマーで脳天を叩かれたように、効いたのだった。


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