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深愛

作者: ダック

小雨が降る蒸し暑い季節の中で僕は虚しさを強く感じいた。

原因ははっきりと分かっている。

2年近く付き合っていた彼女に何の前触れもなく振られてしまったからだ。

1ヵ月前に突然の別れ話を聞かされてからショックを隠す事が出来ず無気力に過ごしてきてしまった。

それが許される環境であったのが唯一の幸いな部分かもしれない。


彼女とは中学生の頃に出会い、僕はずっと惹かれていた。

髪を短く揃え、真っ黒な黒髪に大きな瞳の日本人らしい可愛さを持った容姿に加えて頭が良く、部活でもバスケ部に所属をしていて活発な姿を見せていて人気のあった彼女には中々近寄れなかった。

僕は何か人に誇れるような物も無かったし、容姿もそこまで良くない。

性格も根暗で皮肉屋な所もあり、余り人に好かれる性格ではないだろう。

実際に中学時代は遠くから憧れている時間が大半だった。

2年生の頃に同じクラスになった際に少し話をした程度で僕は強い意識を持っていたが、向こうは一クラスメイト程度の認識だったのだろう。


そんな彼女と進展があったのが趣味で通っていた格闘技の道場にいた先輩が所属していたバスケサークルに助っ人で行った時だった。

10代から30代くらいの学生から社会人で構成されているチームで普段は人が集まらない事は少ないようだが、偶々人が集まらなかったようで連れていかれたのだがそこで彼女と再会する事になった。

僕は初めは気づかなかったのだが、自己紹介をしている最中に名前を聞き、気づいてしまった。

僕の初恋でもあった為か、この年まで他に恋をしていなかった訳でも、ずっと一途に思い続けていた訳でも無かったがいつも心の中に残っていた人物ではあった。

「清水さんって〇〇中学でした?」

僕は勇気を出して聞いてみると向こうも覚えてくれていたようで凄く嬉しかった。

あの日の喜びは一生忘れる事は無いだろう。それくらい今でも鮮明に覚えている。

練習後に連絡先を交換してからは思いのほか連絡が続いた。

高校からは家の都合で県外に出た事もあり、昔の知人が少なかった事もあったようで、僕は運があったようだ。

大学進学を機に関東に出てきていたようでまだ知り合いも少ないという事で何度か一緒に出掛ける事もあった。

僕はさらに勇気を出して告白してみた所、良い返答が貰えた時には天にも昇るような気持ちだった。

一生分の運を使い切った気がした。

すぐに駄目になるかもと思いつつも卒業間際のあの日まで仲良く時間を共有出来ていたと思っていたのだが、僕だけだったのかもしれない。



僕は現在関東の郊外にある大学に通う4年生だ。

文系で単位も一通り取り終え就職活動も梅雨であるこの時期には終わっている。

こんな状況で無ければそれなりに羨ましがられる立場でもあるのかもしれない。

だが僕の心は暗く沈んでいた。

この1カ月は何をしていたのか、誰と話していたのかすら思い出せない無味乾燥な日々だった。

事情により家を出ているので話す機会があったのは週に一度の登校時に同じゼミの人かその程度だった。

アルバイトも就職先に11月から入社前からアルバイトとして入る事になったので、せめてそれまでは学生生活を楽しもうとある程度の貯蓄があったので辞めてしまった。

趣味で通っていた道場にもほとんど行くことが無くなってしまうと友達もあまり多いとはいえず、声をかけられても断ったり、時には無視のようになってしまっている僕には徐々に声がかからなくなっていた。


今日は特に強く沈んでいる。

僕は梅雨生まれだが雨が好きになれない。

特に生まれた時期に降るこの雨が大嫌いだ。

気温が夏に向けて上がっていく中で中途半端に雨が降ると蒸し暑く汗っかきな僕は気持ち悪くストレスを感じてしまう。

何もしたい事が浮かばない時は外に出て楽しい事を探す事が多いのだが、今日はあいにくの雨。

小雨なので、出かけられないという程では無いが、目的無く外出しようという意思を挫く程には降っていた。

そうすると僕は本を読んでも物語に没頭出来ず、暇つぶしにテレビを見ても頭に入ってこず、余計に彼女の事ばかり頭に浮かんでしまう。


そうして1日が終わりを迎えようとしている頃に机の上で長らく充電器に繋ぎっぱなしで、暫く触っていなかったスマートフォンが光っている事に気づいた。

久しぶりに手に取ってみるといくつかの通知と一緒に1つのメッセージを受信していた事に気づく。

「助けてよ」

送り先は彼女だった。

腑抜けていた僕の思考は一気に動き始めた。

まずは真っ先に電話をかけてみた所、圏外のアナウンスが聞こえてきた。

何か行動に移さなければいけないと思い、僕は慌てて家を出る。

思いつく箇所はいくつかあったがまずは自宅に向かった。

僕はペース配分を考えずただ全力で走る。

歩けば10分ほどの距離という事もあり、5分も掛からずに到着した。

趣味レベルとはいえ運動を続けていた事に感謝しつつ、部屋の前に急ぐ。

中からは特に物音はしない、チャイムを押しても返答はない。

視線をあげて電気メーターを見てみても待機電力程度であろう。

ドアポストを開けて中を覗いてみると電気は消えていた。

彼女は寝る時には真っ暗なのが苦手だといい必ず小さい電気をつけるのと、玄関と部屋のドアを開けている。

今日もスマートフォンの明かりを灯してみるとドアは開いているようだ。

気持ち荷物が以前の記憶よりも少ないように思えるが、何か異常を感じる程では無かった。

念のため再度電話をしてみると再度圏外のアナウンスが流れる。

帰りに郵便ポストを覗いてみるとチラシや郵便物が残ったままだった。


時計を見ると1時を回っている。

こんな時間に他にいるような場所は思いつかなかった。

アルバイト先が浮かんだが、人がいる場所でわざわざ僕に助けを求めるとは思いづらい。

ただ、他に思い浮かばなかったのでアルバイト先に向かう。

彼女のアルバイト先は大通り沿いにあるコンビニだった。

この時間でも車の交通量は多く、遠目からも駐車場が見えてきたが、人はやはり多そうだった。

通りからお店を除いてみると彼女はいなかった。

店内に入り、何も買わない音は失礼にあたると考え、水を買いつつレジにいた店員に聞いてみると今日は出勤していないようだ。

お店の外に出ると地元にはいないのでは無いかと頭によぎってきたが彼女も直ぐに駆けつける事が出来ない場所から僕に助けは求めないだろう。


僕は何も出来ない無力感とどうしたら良いか分からない焦りから酷く苛立ちつつも、何も浮かばず唯々歩き回っていた。

暗くなりシャッターが下りた駅の前を通り過ぎる、このまま進んでも見つかる筈もないと思っても足は止まらない。

ポケットからスマホを取り出し画面を見ても新たな通知は何も着ていない。

あれから時間がかなり経っている事から間に合わないと思えてきてしまった。

僕は何時もそうだ。

何をやっても初めは上手くいくのに、大事な所で何も出来ない。

彼女が困っているなら助けたい。

でもどうしたらいいのか分らない。

せっかく自分を頼ってくれたのに何も出来ない事が悔しい。

頭の中は後悔でいっぱいだった。別れた時に何かあったのかもしれない。余りにも突然で唐突だった。

僕は何も言えないまま受け入れるでもなく、諦めるわけでもなく、反論もせずに茫然としていただけだったことを思い出す。

その後は1カ月以上時間が経っても抜け殻のまま過ぎてしまったのだ。


考え事をしていたらこの辺りで唯一まともな公園に出てしまった。

小学生の頃にターザンロープから落ちて骨折をしてから何となく苦手で避けていたのだが、久しぶりに近くまできてしまった。

公園の辺りは周囲の電灯で多少は明るいがほぼ真っ暗で人がいるようには思えなかった。

しかし立ち止り少し中を覗いていたら、人がこちらに向かってくるのが見えた。

僕は少し警戒をして目を凝らす。

人影は少しずつ近づいてくる。身長は僕と対して変わらないようで170センチを少し超えた程度のようだ。

体格は若干細身のように見えるが恐らく骨格からは男性である事が分かる。もしかしてと思ったが彼女ではないようだ。

さらに近づき電灯の明るさで姿がある程度見えると予想外の人物だった。


「君、何をしている?」


僕が少し混乱していたら相手から声を掛けられる。


「散歩です。用事があって外に出たら今日は涼しかったので」

「こんな時間にかい?」

「はい」


警察官だった。当然ではあるが相手はこんな時間に水を片手に公園の入り口で立ち止まっていた僕を不審に思っているようだ。

年齢は僕よりも一回りくらい上か30代前半くらいに見える。

遠くから見た時は細身に見えたが、改めて近くで見ると中々筋肉質の身体に見える。

腕周りや肩を見ると何かコンタクト系のスポーツをしていたのかもしれない。


「この辺に住んでいるのですか?」

「はい、2丁目です。小学校の少し先にある」

「身分証の確認をしても良いですか?」

僕は財布から免許証を出す。住所を見て申告と間違いないと思ったのか少し疑いの表情が薄らぐ。

「大学生?」

「はい、今年で4年生です」

警察官は少し薄ら笑いを浮かべる。恐らく暇を持て余していると思われているのだろう。

今日も平日で明日も平日だ。普通の人なら寝ている時間であるからだ。

「すみません。明日も休みでここの所、蒸し暑くて寝付けない日が多かったので」

相手の反応に合わせて僕も回答する。

「この辺りも最近は物騒だからね。君は男の子だから大丈夫だと思うけど気をつけなさい」

「ありがとうございます」

僕は会釈をした後に相手の目を改めて見る。

「物騒って何かありましたか?」

「君くらいの年齢の子が殺されたのを知らないのかい?」

「今日じゃないですよね」

「1週間程前の事だよ。最近の大学生はニュースも見ないのかい。地方欄とはいえ新聞にも載っていたよ。地元の事くらいは興味を持たないと」


僕も普段はニュースくらいはチェックしていたが、丁度ここ1カ月は何も見ていなかった。

だが今の話はそんな反発心よりも気になる内容だった。


「それってどんあ事件だったのですか?」

「22歳の女の子がここで殺されたんだよ。遊具のある場所でね。恐らくある程度の高さから首を絞められながらスピードをつけて投げつけられたという珍しい殺され方だったから少し注目されてしまったんだよ」

「犯人は捕まっていないのですか?」

「うん。だからこうして夜も見回りで回っているんだよ」

「今日は何も事件はなかったですよね?」


不思議そうにしながらも頷く。

僕は御礼を伝え、会釈をしてその場を離れた。

無意識に向かった先ではあるが何か運命を感じ嫌な予感が一層強まった。


家に帰るとすぐにパソコンを立ち上げた。

本格的に調べ物をする時はどうしてもスマートフォンよりもパソコンを使ってしまう。

早速検索サイトで思い浮かぶ単語を入れていくと次々と調べたいニュースや情報が出てくる。


実際に事件が起きたのは6月2日の水曜日で、遺体の発見は朝方であり、犯行時刻はおおよそ深夜帯にかけて行われたと記載されている。

被害者は埼玉県在住の女子大生で21歳としか記載がない。

死因については説明を受けた物とほぼ同じ内容が書かれていた。

他の記事を読んでみたが大差がない内容だった。

同じ日には総理大臣の辞任があった事や地方の一事件という事もあるのかそれほど取り上げられていなかった。

また殺人事件とは記載されておらず、事殺の可能性も含めて書かれている記事が多かった。

そして何処を見ても被害者の名前が記載ない事に違和感を覚えたが、読売新聞の記事で答えがわかった。

埼玉県警が遺族への配慮から非公表としたと記載されていた。


知らなかった事だが、調べてみると過去にも多数例がある事のようだった。

中にはマスコミが騒ぎたてる事もあるようだが、今回は基地問題から辞任と大きなニュースが続いた事で無関心なまま埋もれるひとつの事件になったのだろう。


ニュースではその後の事は一切書かれていなかった。

今日警察の方が見回りをしているという事は犯人が捕まっていないのだろうか?

もしくは自殺と断定され同一案件が起きないか警戒されているのだろうか。

ウェルテル効果が本当にあるのか一時期は飛び降り自殺のニュースを続けて見た記憶がある。


ニュースではこれ以上は情報が出てこない事もあり、次は地域の掲示板等を見てまわってがゴシップ系の話以外は出て来ないが後続事件は嘘でも出ておらず安心した。

中には被害者の名前が出ていない為、身内がいない人間で警察が犯人ではないかという突拍子もないコメントがあり、相手にされていなかった。

国家権力による陰謀論を1人強く語っているが、寝不足の頭では少しありえるかもしれないと思ってしまったが、少し考えるとありえない話だと思う。


時間を見ると5時と朝を迎えていた。緊張のせいか眠くならない。調べ物をしている間も何度か着信を入れてみるも一度も電源が入っていないからだ。

駄目元で何をしたらいいかとメッセージを送ったが、

返信は無かった。


今日は大学の授業があるが行こうか迷ってしまう。

彼女からのメッセージがイタズラや誤りならいいが、違うようであれば1日でも早く解決したい。


食欲も湧かなかったが、今日は1日動くつもりでいたので、何か摂取しようとインスタントのコンソメスープを飲みつつ、準備を進めていた。

散歩がてら再度彼女の家に行ってみるが戻っていないようだ。

朝早かった事もありチャイムは鳴らさなかったが、郵便物は残ったままであった。

家に戻りシャワーを浴びると大学に通う用のリュックが震えていた。

恐らく携帯か何かかと思い、僕はドライヤーで髪を乾かしながらテレビをつけニュースを見る。

地方の行方不明者について報道されるとは思わなかったが、見ないよりは可能性が上がると考えて耳だけはテレビに傾ける。


迷った末に今日は大学に行く事にした。

何せここにいても出来る事は何もない。

安否確認をするにも僕は今の彼女との関係を何て言えばいいのか分からない。

唯一の繋がりが僕に届いた助けてよというメッセージだけだ。

これで相談して動いてもらえるか不安だ。場合によっては悪戯として扱われて、本当に助けが必要な際にすぐに助けてもらえないかもしれない。


大学に行こうと決めた僕はそういえば先ほど着信がきていたと思いだし、リュックから携帯を取り出す。

ここの所、充電をしていなかったので若干心もとない残電量だった。

電話をしてきたのは若松だった。

僕とは同じゼミで、中学時代の同級生で高校は違ったが大学で偶然再会した。

僕の数少ない友人の一人であり、定期的に連絡をくれる。

そして同じく中学の同級生でもあった彼女とも面識がある共通の知り合いの一人だった。

僕はすぐに電話を入れると2コール目ですぐに出た。

「寝てたか?」

「いやシャワーを浴びていた」

「今日も来るって事ね」

「ああ」

「じゃあ今日は帰り空けといて」

そう言うと電話を一方的に切っていた。

何か用があったようだが、僕の方も少し話しておきたかったので丁度良かったかもしれない。


ゼミは4限からだから午後からでも良いが、卒業論文も書き進めておきたいのと、少しでも共通の知り合いと会っておきたかった事もあり、朝から大学に向かう事にした。

駅に向かう最中に昨夜の事もあり交番が目に入る、少し覗いてみると昨夜のお巡りさんがいた。

会釈をすると向こうも気づいたようで軽くお辞儀をしてくれた。

僕は気になる事があったので話しがしたく近づいてみる。

心のどこかで掲示板で見た警察官が犯行に関わっているという事が引っかかってしまう。

その中でも昨夜からこの人に疑惑の念を少し持ってしまっている。

夜中に巡回するにしても、あれだけ遅い時間に見回る必要があるのかという事が気になった。

住宅街の中にある公園の為、それほど人通りも多い。

実際に事件になればそれなりに気づく人も多いはずだ。

交番から距離がないとはいえ、若干の違和感を感じる。

「どうかしましたか?」

「昨日はありがとうございました」

「ああ、こんなに早くに出かけるのに若いって元気だね」

僕は少しこの人に疑いの気持ちが湧いている。

「ニュース見ました。まだ捕まっていないのですか?」

「そうだよ。だから気をつけてね」

報道では殺人事件と断定はされていなかったが、この人はさも当然のように答えた。

「そうですね。夜は1人では出歩かないように注意します」

「そうだね。それがいいよ」

「相談するほどの事ではないと思っていたのですが、せっかくの機会なので一つ相談しても良いですか?」

「どんな事かな?」

「僕の知人で連絡が着かない人がいるのですが、少し心配なのですが、こういう時ってどうしたら良いのかなと思いまして」

「何か事件に巻き込まれている可能性はある?」

僕は少し悩む。メッセージの事を伝えて反応を見るか、それとも別の方法でこの人が関わっていないかを確かめる方法を考えてみるが何も思い浮かばない。

「少し気になるメールが届いたのですが、返事もなくて。家が近いので訪れてみたら出てこないうえに郵便物が溜まっていたから帰ってないのかなと思って」

「実家にでも帰っているのじゃないのかい?」

そうえば彼女の実家は遠方にあると聞いている。

「そうですよね。少し思いこんでしまいました」

「昨日余計な事を言ってしまったのかもしれないね」

少しばつが悪い思いをさせてしまったようだ。

「いえ、元々昨日は気になって外に出てしまったので」

「そう。私は小林というので何かあったら遠慮なく相談に来て下さい」

僕は昨日に続いてお礼をして、その場を去った。


そうか実家に帰っているというのは考えつかなかった。

昨日覗いてしまった部屋の様子や郵便物を考えるとしっくりくる。

思い込みが強いタイプだがここまで強く思いこんでしまった事を恥じる。

メッセージに関しては誤って送ってしまったのか、実家で何かあり他に何か意図があったとしても返事を返している以上は相手に委ねるしかないだろう。

また機を見てしつこくならない程度に送ってみるのも良い。


僕は少し安心したら睡魔が襲ってきてしまった。

電車では都内に向かう混む方角とは逆の為、何時も通り座れた為、寝入ってしまった。

本来は終電の1つ前の駅で降りるのだが、余程寝不足だったのか起きる事が出来ず終電の駅に到着してしまった。

大学最寄りの駅はスリーエフを除いて何も無い駅だが、ここは多少はお店もそろっている。

地元よりは品揃えも多いので、大学にすぐに向かわずに僕は本屋巡りを始めた。

普段よりも大きい本屋に入るとタイトルや表紙で気になる物をいくつか見つけた。

午前中いっぱいを適当に時間を使ってしまい、お昼を済ませてから大学に行くと3限が既に始まっており、中途半端な時間だった。

卒論を書く気力が全く湧かなかった為、ゼミの時間まではとりあえず図書館に行き、買ってきた本を読み始めた。

3冊も買ってしまったので何から読もうか迷ったが、一番あらすじが気になったブックオフで買ったぼくらの時代から読み始める事にした。


本を読む時などある程度集中すると時間を忘れやすい性格なので、ゼミの時間の10分前にセットしたアラームが鳴る。

僕は読み途中の本を閉じ、教室に向かった。

教室に入ると既に人が揃っており、僕が最後だったようだ。

僕はいつも通り若松の横に座った。

一言挨拶をすませて席に座ると時間は少し早いが授業が始まった。


授業を終え若松と教室を出る。

「ちょっと清水の事なんだけど」

彼女の名前が出て僕は少し驚く。

大学で再開した若松には彼女との関係を話していた一人だった。

僕を除いたら唯一連絡を取り合う可能性があるとは思っていたが、相手から話しが出るとは思ってもみなかった。

「今の俺にその話題出すか?」

「悪い。でも気になる話を聞いてさ」

「どんな話?」

少し気まずいのか間が生まれる。

僕は気になってしまい、ついつい足を止めてしまった。

「連絡って別れてからも取っているの?」

「いやここ最近は取っていなかったけど」

「そうか」

「そっちには何か入ったの?」

「いや取ってないならいいや」

意味深に何か探ってくるが、それ以上は答える気が無いようだ。

「あ、でもこの間気になるメッセージが入っていたんだよね」

僕はスマートフォンを取り出そうとポケットに手を入れる。

実際に見せようか迷ってしまう。

もしかしたらこいつは僕が別れた事で手を出そうとしているのかもしれないと思い込んでしまう。

「どんな?」

「ちょっと人には言いふらして良いのか迷う内容」

「そうか」

「でも何かあったの?」

「いや人づてに悪い噂を聞いただけ。ちょっと心配だったけど今日の様子を見たら少し安心したわ」

「昨日までは腑抜けてたんだけど、少し良い事があったからさ」

「そうか、それなら良いんだ。電話でも面と向かってもうんしか言わないし、何考えているのか分からなかったから周りも心配してたんだぞ」


家に帰ると確かに自分が立ち直っている事に気づいた。

昨日までは真っ黒な世界にいたが少し灰色な世界に戻れた気がした。

意識が戻ると気づいた事があった。

彼女の実家はどこなのだろう。

そういえば中学卒業時に親の仕事の関係で九州の方に行ったとしか聞いていなかった。

確か父親が銀行員で転勤が多いとも言っていたような気がした。

付き合っていた間も僕は彼女の家族とはお兄さん以外には合っていなかった。

お兄さんの連絡先を聞いていた事を思い出したが、連絡には少し躊躇してしまう。

別れた彼氏が今更何を連絡してくるのだろうと思われてしまうかもしれない。

だが助けてと連絡がきた以上は聞いておいて間違いはないだろう。


メールを送ると思ってもいないような内容の返事が届いた。

彼女は既に亡くなっていた。

それも2週間も前に。

そうあの事件の被害者は彼女だったのだ。

被害者の名前が公表されなかったのはお兄さんが警察官であった為なのかもしれない。

詳細を聞きたかったが、それ以上の質問に対しての答えは何も返ってこなかった。

僕は激しく動揺した。

メッセージが届いたのに何故彼女は2週間も前に死んでいるのだろうか?


他に頼れる人間が思いつかなかったので、その足で交番に向かった。

小林さんはおらず、当直のお巡りさんに事情を説明するも相手にして貰えなかった。

彼女の死因は自殺とされていたようだ。

僕は途方に暮れて無意識に歩き続けた。

気づいた時には公園の前に立っていた。

そういえば彼女はここで亡くなったと聞いている。

僕はターザンロープの前に足を運んだが何も残っていなかった。


やはり僕は小林さんを疑いたくなる。

あの人はここで何をしていたのだろうか?

夜中に来るような場所には思えない。自殺でなく殺人事件であり、彼女は亡くなった後に僕にメッセージを送ってきた。

基本的には死後の世界なんて信じていなかったが、これは間違いなく彼女からのメッセージだと僕は捉えて必ずや犯人を探し出してみせると誓った。


僕はここ2日のやり取りから2人の人物に探りを入れる事にした。

まずは若松に電話をしてみるが出なかった。

メールで一言、清水琴子は亡くなっていた事を知っているか?とのみメールを入れた。


次にあのメッセージを改めて見てみると違和感があった。

日付けが6月1日となっている。

僕はそんな事は無いと思い、改めて受信日を見ても変わらなかった。

僕は何故、2週間もメッセージに気づかなかったのか、そもそもこの2週間、僕は何をしていたのだろうかと考えたが何も思い出せなかった。


スマートフォンを取り出して着信履歴を見て見ると5月末から6月1日にかけて異常とも言える程、彼女への発信履歴が残っていた。

僕は自分の行動に恐怖した。とても正常な人間が行うものでは無かったものだと理解したからだ。

そもそもこのスマートフォンは彼女とのやりとり専用に契約した物だった。

他に履歴が残っていないか調べていくにつれて僕は真相にたどり着いた。

犯人は僕だった。


正気に戻った僕は全ての真相を思い出した。

何度も電話をしてしまい、嫌がって出なくなると部屋に何度も訪れてしまう。

警察沙汰にしたくなかった彼女は僕と話す為に公園に向かった。

そこで僕は話しも聞かずに彼女の首を絞め殺してしまった。指紋が残らないように手袋を用意していたのは今思うと手に入れる為に殺そうと決めていたのかもしれない。

その後自殺に見せかける為にターザンロープの綱を首に強く巻き、おもいっきり向こう岸に飛ばした。


その後行動を思い返した僕は容量を超えてしまったのか全てを閉ざし記憶に蓋をしてしまったようだ。


あのメッセージは確かに僕に送った物だった。

ただし2週間も前に送られていた。

僕は彼女とのやり取り以外ではスマートフォンを一切使っていなかった為、あの日まで気づく事が無かった。


後から郵便ポストに入っていた手紙には振られた真相まで書かれていた。

彼女は海外に行く事になったようだ。親が東南アジアの会社へ出向になったのだが、母親が心の病気を患ってしまい介護も兼ねて一緒に行き、向こうの大学に通う事になったそうだ。

いつ帰ってこれるかわからない為、束縛したくなかったと書かれていた。


小林さんは第一発見者の通報を受けて最初に遺体と対峙した警官だったようだ。

その時に目にした光景から自殺とは考えられず、警察の本筋とは離れてずっと調べまわっていたようだ。

若松は彼女から相談を受けていて、僕に正気に戻ってもらいたくて、声をかけてくれたようだ。

皮肉にも彼女の無念を晴らそうと動いていた僕が取った行動が彼に真実に辿り着かせる事になったようだ。

僕はそれが嬉しく思う。


一度は蓋をしてしまった事だが改めて思い返すと彼女の全てを手に入れて、最後にその運命に従えた事が何よりも嬉しかった。

何本か書いては上手く描けず、途中で放置して1年ぶりくらいの更新です。

きっかけがあったとはいえ久しぶりに描ききったのが少し満足。

これからも少しずつ自己満足をあげていってしまうと思います。

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