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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(上)
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二者択一

 呆然と師匠を見送ったのは覚えている。

 その去って行く後姿は拒絶を表していて、追いかけようとしても脚が動かなかった。


 会議室へ戻った私はとりあえず、椅子へ座ったのだと思う。


「ソニア……お前にも護衛の兵を付ける」

「ああ……うん」


 茫然自失した私は、散華ちゃんの言葉にも生返事を返すだけだった。

 いつの間にか藤乃が帰って来ていたことにも気づかない。


「ああ……そうだ、教授の所へ行くのだったか……」


 私はとりあえず目的を果たそうと……立ち上がる。


「待て! 今のお前が行っても迷惑をかけるだけだ」


 散華ちゃんに止められる。


「ああ……うん」


 また座る……


「大丈夫でしょうか……」

「無理もないだろう。我等とてショックだったのだ」

「そうですね……」


 藤乃と散華ちゃんが話をしている。

 しかし、そんな言葉は私の耳には入らなかった。


 ただ、ぼんやりと一つの考えが浮かんでいた。


「ああ……そうだ、私の権限で釈放を……」


 そう、私は宰相だった。一個人の釈放ぐらいは容易いはずだ。

 それはとても魅力的な考えに思えた……

 自失していた私の目に光が戻る。


 しかし……それは散華ちゃんに止められた。


「ソニア……お前がそれをしてはダメだ。お前の立場だからこそダメだ。もしそれを行うというのなら私はその権限を剥奪しなくてはならない」


 真剣な表情で語るそれは、散華ちゃんの国王としての覚悟だった。


 国王は国を護らなくてはならない。民を護らなくてはならない。もちろん宰相だってそうだ。

 だからそれは許されない行為だ。


 腐敗は腐敗を招く。

 この程度……このくらい……それは悪魔のささやき。

 そうして、いつしか泥沼に落ちている。

 だからそれをしてはならない。朱に交われば赤くなるのだから。


 だが、これでは本当に護りたい者が護れない!

 ならばそんな立場など要らない!


 それはとても無責任な考えだったが、私は自暴自棄になっていた。


 しかし……


「私にそれをさせないでくれ……」


 いつになく弱気で懇願するような散華ちゃんに……私は戸惑う。


 戸惑いながらも考えはようやくそこに及んだ。

 そう、それは国王としての選択をした散華ちゃんとの決裂を意味するということだ。


 天秤の女神はまたしても二者択一を強いるのか!


 女神への八つ当たりだとはわかっていても、そう思わずにはいられなかった。


「頼む……私を支えてくれ……」

「そんな……そんな顔されたら断れないよ……」


 今にも泣きだしそうな散華ちゃんの顔を見て、私は抑えていたものが決壊するように泣いていた。

 その場に崩れ落ちた私は心の悲鳴を叫ぶ。


「何も! 何もできない!? 宰相なのに!!」

「宰相だからだ……」


 散華ちゃんは号泣する私を抱き寄せる。

 胸を貸しながら散華ちゃんは私を諭す。


「これは私のわがままだ。許してくれ……」


 そうじゃないことはわかっていた。

 しかし、否定しようにも言葉にならない。

 ただ悔しさで打ち震え、嗚咽が漏れる。


「うっ、ああああああぁぁぁぁ!!」


 私は泣き叫ぶことしかできなかった。


 そうして私はしばらく泣き続けた。

 唇を噛みながら散華ちゃんも涙を流していた。

 それでも散華ちゃんはただ私を強く抱きしめる。

 散華ちゃんの胸を借りて、少しだけ落ち着いた頃……


「ソニア……それは少し違います」

「何が!?」


 蓮華姉さんの言葉に私は声を荒げてしまう。

 蓮華姉さんがあえて悪役をかってくれたのはわかる。わかってはいても心情は別だった。

 そのため非難するような声を上げてしまう。


 しかし、蓮華姉さんは動じず続ける。


「何かはできるはずです……」


 それは私のためで……


「考えなさい……何をするべきかを」


 彼女(アイリーン)のためだった。


「考えなさい……何ができるのかを」


 その瞳は私の瞳を真っ直ぐに見つめる。それは真摯に訴えていた。

 だから私も落ち着きを取り戻すことができた。

 蓮華姉さんの言葉を素直に受け止めることができた。


「彼女を想う貴女にしかできない何かがあるはずです」


 私は考えるようにしばらくの間、黙して瞑目する。

 その言葉を噛み締めるように……

 

 そうして目を開く。

 目に光が戻るように消沈していた意思が戻る。


 まだ何ができるかはわかっていない……まだ何もかもが整理できていないせいでもある。

 とにかく今はできることをする。


「そうですね……わかりました。ありがとうございます」


 泣いたせいなのか……蓮華姉さんの激励のせいか……

 あるいは散華ちゃんの胸が予想外に大きくなっていたせいなのか……


 すっきりとして私は私を取り戻した。


「初めから聞かせてください。師匠の事が知りたいです」


 その懇願に蓮華姉さんは神妙に頷き……


「いいでしょう……。彼女は嫌がるかもしれませんが、私が知っていることは話しましょう」


 そこでその話に、割り込む様に人影がさした。


「ふむ。その話……私からもした方が良さそうだね」


 それは杖を片手にしたスーツ姿の老紳士。

 いつもながら飄々(ひょうひょう)としている。

 つまりは教授だった。


「教授!? どうしてここに?」

「ああ。ツヴェルフが治ったのでね。連れて来たのだが……少々、入りづらいタイミングだったのだよ。ハッハッハ……」


 見られてたのか!? うお! 恥ずかしい!!

 私はそれはもう赤面どころの話ではなかった……何せ直前まで泣いていたのだ。目も赤くなっているだろう。


「すみません、お恥ずかしい所を……」


 顔を隠すようにして謝罪する。


「いや、若いって良いねぇ……」

「からかわないでくださいよ」


 教授の後ろからひょっこりと顔をだしたツヴェルフさんは真顔で言う。


「はい。衝撃的場面集に保存しておきます」

「ツヴェルフさんまで!? 衝撃的場面集って何!?」

「ソニアの衝撃的な場面を集めたものです。見せるためには特別な魔導具が必要ですが……」

「そんなの集めてたの!? いつの間に……いや、見たくないからね」


 ツヴェルフさんはよくわからない趣味を持っているようだ……


「そうですか……残念です。他にも散華と蓮華の物もあるのですが……」

「そっちは見たいよ! 後で頼む……」

「わかりました」


 散華ちゃんと蓮華姉さんは顔を引きつらせながら……いや、蓮華姉さんは違った。


「ツヴェルフ、後で散華のものをわたくしに……」

「了解しました」

「姉様!?」

「散華……普段から見られて恥ずかしくない行いをしていれば何も問題はないのです」

「うっ、それはそうですが……」


 さすが蓮華姉さんかっこいい……

 ただ、散華ちゃんへの見られて恥ずかしい行為が無ければだったが……


 ともかくツヴェルフさんもすっかり元通りのようで安堵する。

 そうしてわたしの赤面が落ち着くのと共に、場が落ち着くと皆が会議室の席に座った。


 確かに私に師匠を紹介してくれたのは教授だった。

 教え子だとは聞いていたが……


 神父として聖堂の管理も行っているはずだ。

 ならば教授も関係者なのか? だが、これまでの話で教授のことは一切出て来なかった。

 わからないが、それをこれから聞かせてくれるのだろう。


 そして教授は語り始めるのだった……



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