求婚?
アストリア王国。魔導書店『知恵の泉』
「しまったァああああ!」
私は焦ってベッドから跳ね起きる。
「どうしよう……完全にフレイアをほったらかしにしてしまった!」
フレイア……リーヴの街で世話になったエルフメイドの少女だ。
今はエリスとアリシア先輩の代わり連絡役としてここまで同行してくれている。彼女はこちらへ来たばかりで右も左もわからないはずだった。
何という失態か! あれから何日経った? ああ、これもツインテール学派のせいだ。あれ? ポニーテール学派だっけ?
いや、落ち着けそんなことは今はどっちでもいいことだ! ともかくツインテールのせいだ!
適当な根拠をでっち上げて、断ずる事で落ち着きを取り戻した私はボケた思考を整えることに集中する。
他にも何か忘れてないか?
私は何をするつもりだったかを思い出す。
ああっ、ツヴェルフさんを教授に見て貰わなくては! もう自分で行ってしまっただろうか?
だが、ゴーレムさんとの約束の自動化の相談もある! さらにできればダンジョンの情報も欲しい。と思うのは欲張りすぎか?
ともかく一度教授のもとへ……
それと師匠にも会いに行かなくてはっ! 夢? で会ったきりだ。きっと寂しがっているに違いない!
というか会いたい!
あとはアラネアに皆の戦闘服の補修を頼んで……
そのくらいか?
思ったより多いな! くそう……これが魔の尖兵、ツインテールの呪いなのか!?
案外、影響を受けていたことにちょっと驚きながらも、私は一つずつ確認していく。
ともかく先ずはフレイアだ。
焦りながら廊下を出てフレイアを探していると、朝食を用意していたクロに会う。
「朝からうるさいニャ。フレイアならちゃんと客室に案内したから大丈夫ニャ」
おおう、さすがクロさん……やればできる子!
「助かったよ。それでフレイアはまだ客室?」
「今は朝食を作るのを手伝ってもらっているニャ。喜べご主人様、朝からアルフヘイム料理ニャ!」
そして朝食時に放っておいたことを謝罪しつつ、フレイアと話をした。
キラキラした瞳でそのエルフメイドは言う。
「大丈夫ですよ。お忙しいのはわかっていましたから。それに私はその手伝いの為にきたのですよ?」
なんて良い子なのでしょう!
「申し訳ない……また出かける」
お気になさらないでくださいと言うフレイアに甘えることにした。
そうして森と湖の幸をふんだんに使ったアルフヘイム料理に舌鼓を打ちつつ、皆で朝食を取る中、アラネアに戦闘服の補修を頼む。
戦闘服はエルフたちとの戦いだけでなく、フンババとも戦ったせいでボロボロだった。
「ごめんアラネア……大変だけど皆の分もお願い。いずれダンジョンへ向かうはずだから」
「わかりました!」
アラネアはそれにはむしろ嬉しそうにしていた。こっちも良い子だ!
朝食を取り終えてしばらく、くつろぐ。
それから私は外出することを告げて師匠の許へと向かった。
†
フレイアの日記。
青の英雄様のお屋敷は本がたくさんありました。そのほぼ全てが魔導書です。
アストリア王都の一画で魔導書店を営んでいるのです。
その蔵書は魔法が得意と言われる私達エルフですら驚愕するほどのものばかりでした。
それらを集めたソニア様の祖母は、かの蒼炎の魔女だと言うので納得です。
残念ながらソニア様はアストリアへ帰り着くと、すぐに仕事に向かってしまいました。
いえ、さすが英雄様です。皆から頼られているのです。
私はクロと呼ばれるメイドさんに客室へ案内されました。
彼女は獣人にしか見えませんが、魔族だと言っていました。本当の姿は黒猫なのだとか……本当でしょうか?
ここには他に、妖艶なリリスさんと蜘蛛女のアラネアさんが住み込みで働いています。
リリスさんはサキュバスだそうです。妖艶ながら、その姿からはある種の品性さえ感じます。
アラネアさんは服作りが得意です。ほぼ全てを服作りに捧げる芸術家さんです。
皆さん良い方たちばかりです。
ただ一つ懸念があるとすれば、ここはちょっとした魔界です。
アラネアさんはたまに天井付近で寝ていたりします。なんでもインスピレーションが沸くのだとか……
リリスさんは目を合わせると理性が飛びそうになります。
クロさんは猫のようで可愛いです。
私はここで上手くやっていけるのでしょうか……
フレイアは不意にそれを書く手を止めた。遠距離通話用の魔導具が反応したためだ。
「あら、アルフヘイム本国から連絡でしょうか……」
手に取るとそれは案の定、アリシアからの連絡だった。
宝物庫が襲われた件とソニアが狙われているらしいという衝撃的な内容だったが……
「どうしましょう……。ソニア様は朝から外出なさっています……」
それを聞いたアリシアは落胆しながらも的確に指示を出す。
「じゃあ、散華……国王陛下へ連絡を入れておいて」
「わかりました」
いついかなる事態に遭遇するかわからない。急を要する内容だ。
連絡を終えて急いで部屋を出ると、クロさんとリリスさんを探して事情を話す。
アラネアさんは部屋に閉じこもって何かを作っていたのでこの二人だ。おそらく朝に頼まれていた服の修復だと思う。その鬼気迫るかのような熱意に、近づくのは躊躇われた。
「では私が共に向かいましょう」
クロさんは店番があるということで、リリスさんが同行することになった。私はまだ道がよく分かっていないのでとても助かる。
そうしてフレイアはリリスと共に急ぎ王城へと向かった。
†
修道院は学園(今は王城)の外れ、聖堂の隣だ。帰りにでも教授の所へ行けばいいだろう。
そんな予定を立てながら歩いて行く。
修道院に着くと庭先で花を育てていたアイリスと目が合う。
「ソニア、こっち」
珍しいなアイリスが私を呼ぶなんて……そう思いながら私はアイリスへと近づいて行くと、彼女は私を連れて行くように歩き出した。
ついて行くとそこは修道院の建物の影となっている場所だった。
なんだろう? と思っていたところアイリスが尋ねてきた。
「最近、お姉ちゃんの帰りが遅い……それにこの間までしばらくどこかへ出かけてた。他の教会の仕事とは言ってたけど……ソニア何か知ってる?」
どうやら師匠には聞かれたくないということらしい。
「いや、私もここしばらく会ってなかったから……」
そう返事をしたものの私は酷く動揺していた。
帰りが遅い……。私ですらその言葉の意味するところはわかる。恋愛小説はあまり読まないが……
「まさか……男?」
激しい動揺の為、私は思わず口走っていた。
あの美貌に加えて、清楚な師匠は修道女の鑑。もちろん言いよる男は多い。
散華ちゃん同様、これまで人知れず排除してきたというのに! 不覚! アストリアを離れる時間が長すぎたか!?
しかも……しばらく留守にしていた?……婚前旅行だとでも言うのか!?
ハハッ……そんな馬鹿な……
ありえない……
師匠は冒すべからざる神聖な聖域! 何人たりとも立ち入ってはならぬ不可侵領域だというのに! どこの馬鹿だ!
「潰す! 断じて潰す! 慈悲なく潰す!」
そんな激昂する私の様子にアイリスは驚き呆れながら……
「ソニア……祝福してあげる気は……」
「皆無!」
その私の清々しいほどの潔い態度に気圧されたのか、アイリスはあんぐりと口を開けて呆けていた。
「大丈夫だアイリス。師匠は私が幸せにする!」
「私に宣言されても……それにやっぱり違うと思う」
んん? 違う? なんだ……違うのか驚かせおって……
「というと?」
「最近のお姉ちゃんよく傷ついて帰って来る。魔法で治療してるけど……聞いても大丈夫だから心配しないでって……」
何だと! そんなハードな……羨まし……
いや、冷静になれ、私。クール美少女だろう……
男では無い、ましてや女でもない。女なら私がいるじゃない!
暴走していく思考を言い聞かせるようにして、心を落ち着ける。
どうにかして落ち着くと、アイリスの表情を見るにかなり深刻な話のようだった。
「むう。そうなのか。わかった。私もそれとなく探ってみよう」
「うん。お願い」
「ありがとうアイリス。必ずや師匠は私が幸せにして見せる!」
「……いや、そういうことじゃない」
心配になったのだろうか「相談相手を間違えたのかな」……と小声で呟くアイリス。
大丈夫だ! 私より適任はいないぜ!
「それで師匠は?」
「うん、まだ休んでる」
「それは……確かに珍しいな。出直そうか……」
先に教授の所へ行ってからでも良いはずだった。
だが、アイリスは会わせたい様子で。
「呼んでくる」
「いや、疲れてるところを起こしては悪い気が……」
「なんとなくだけど……今会っておいた方がいい気がする」
そのアイリスの言葉は不思議と私の心に響いた。まだ女神の力が残っているとでも言うのだろうか……
いや、私が会いたいだけか……
ならばやはりここは真剣に話をしなくてはならないだろう。
私はアイリスに頷いて師匠を呼んでもらう。
師匠は私が幸せにする!
修道院から出てきた師匠は確かに今まで休んでいた様子だった。やはりアイリスの言った通りなのか……
その気だるげな様子は普段の凛々しい姿と異なり、妖しく艶めかしい。
しかし、その表情からは疲労が色濃く見て取れた。
ただ、疲れていても美人は美人だった。
つまりは……尊い……
女神の降臨に私は自然と平伏していた。
「ソニア!?……いきなりなんですか? やめなさい」
驚き、困っている師匠は可愛いな!
などと思いつつ、久しぶりに会って顔が緩みそうになるが、私は立ち上がると引き締めるように真剣な顔で切り出した。
「真剣な話があります……」
その私の訴えに師匠は覚悟を決めるかのように一度目を閉じると。
「わかりました。入ってください」
そのまま中へ案内されて、師匠の部屋まで行く。
対面するように師匠と共に椅子へ座ると私は話を始める。
「私は気づいた……気付いてしまったのです」
「……何をかしら?」
師匠がいつも以上に真剣な表情に変わる。
やはりな……
夢かと思っていたが……
あれは……あの夜、私の前に現れたのはきっと師匠の生霊だったのだ!
まさか私の前に生霊として現れるほど寂しがっていたとは……気づかず申し訳ない。
やけに生々しい感触がした気もするが、寝ぼけていたと言われればその通りだ。
つまりそれが意味するところは『相思相愛!』
「師匠は私が幸せにする!」
「えっと? 話が見えませんが、本当に真剣な話ですか? それとももったいぶっているのでしょうか……私が想定していた話とは違うようですが……」
なぜか戸惑う師匠。
んん? 想定していた話?
よくわからないが、私にとってはこれ以上ないほどの真剣な話だ!
「もちろんです!」
私は恭しく片膝をついて奏上する。
その手を取って告げる……
それはまるで聖堂が祝福しているかのように……
「結婚しよう……アイリーン」
師匠は私の言葉に驚き……
「……意味が分かりません。ハズレです。却下!」
ぐはっ……!?
何を間違えたと言うんだ……
私は心に最大級のダメージを負った。もはや瀕死寸前だ!
これが巷で噂の婚約破棄……婚約してないし違うか?
婚約自体を破棄されたのだから合ってるのか?
どうでもいいか……
わたしは傷心に、よろよろと足取りも覚束なく帰ろうと立ち上がる。
とにかく帰って頭の中を整理しようと立ち上がったところ、それは聞こえてきた。
それは馬車が近づく音だった。同時に複数の人の気配もあった。
「……やはり私も覚悟を決める時が来たようですね」
「むっ! それはやはり結婚!? 相手は誰ですか!? 私じゃないんですか!!」
傷心ではあったが、その言葉は聞き捨てならない!
「何をどうそんな勘違いしたのか……結婚ではありません!」
師匠はきっぱりと否定した。
何だ違うのか……アイリスめ、脅かしおって、あれアイリスも違うって言ってたっけ?
はて? ではなんだろう? 覚悟とは……?
ここは王城の外れの閑静な場所だ。滅多に人が来ないのは変わっていない。
窓から外を見ると物々しい兵士の一団が止まっていた。
一小隊といったところか。その腕章からアストライア兵だとわかる。つまりはグランさん達の部下だった。
護送用の馬車まで用意してある。
何だ? と不審に思っていると、その中から隊長と副隊長らしき二人が出て来て言った。
名前までは知らないが、顔は見たことがある気がする。
「ああ、ソニア様。丁度良かった貴女も来てください。そしてアイリーン・アグライア、貴女には重要参考人として出頭命令が出ています。我々と共に来てください」
「んなッ!? 何だと!!」
それはまさしく青天の霹靂だった……
「わかりました……」
ただ……師匠の冷淡な感情を押し殺したような声が耳に残るのだった。




