アストリアへ
アルフヘイム王国王城、謁見の間。
報告の為にアルヴィトは女王陛下と謁見していた。女王陛下の脇にはいつも通りブリュンヒルデが控えている。
「まったく……困ったことになったな……」
「いえ、想定してしかるべきでしたが、これほど早く動くとは……」
「そうだな……」
宝物庫の件では遺体の回収や遺族への補償などが急速に進められている。
「一般的な感覚で言えば、アストリア訪問は無期延期とするべきでしょうが……」
「それでは解決にはならぬ……先の大戦に続き、フンババ戦……これで暗殺者ギルドと全面衝突となれば痛手では済まぬだろう……」
「ええ。それに狙いが七識の書である以上、また次の者が送られて来るでしょう」
「アストリアにはまた貸しを作ってしまうな……だが迅速な対応をするべきだ」
アルヴィトとアストリア女王は他に良い手がないか悩みながらも、明快な答えには至らない。
「国宝を贈るには見合うかと……他にもオリンポスの件の情報も得ています」
「ふむ、そうだったな……要らないものを押し付けるようで心外ではあるがな……」
「ふふ、彼女達は決して要らないものではありませんよ」
予定通りとはいえ、敵の狙いを全てアストリアへ送ろうとしているのだから二人は申し訳なく思う。
「となるとやはり黒も狙われるのだろうな……」
「そうですね……見つかればですが……」
女王はアルヴィトと視線を合わせると、かつての黒の魔女の後姿を思い出していた。
その凛々しい姿は時が経った今でも鮮明に思いだすことができる。
「案外早く来いと言っているのかも知れないな……」
呟くように女王は言うと、控えていたブリュンヒルデへ向き直る。
「ブリュンヒルデ。アストリア行きを予定より早める。ここはウルドに任せる。ウルド達三人とスカディ、ゲンドゥルが残れば十分だろう」
女王は決断する。敵の対応がわからない以上、それは一つの賭けでもあった。だが、いつだってそうだ。女王の決断とはそうしたものだ。
「これより我々はアストリアへ向かう。各方面へ通達を」
「ハッ!」
アルヴィトとブリュンヒルデの二人は恭しく跪いて、その命を承るのだった。
†
捕まったアウラとグレイスの二人は宝物庫から移送されて今は王城の地下牢に繋がれていた。
ソニアの脱走以降、改修された地下牢だ。
もちろん結界は修復され巨大蜘蛛たちは駆除されている。
こうした特別待遇となったのは協力的であることと、二人を護るためでもある。
二人は手練れすぎた。倒されたのが皆兵士だとしても、殺せという声が根強い。それこそ暗殺されかねないほどに……
その地下牢ではミスト将軍が二人の尋問に当たっていた。
「比較的私達は六剣聖の中でまともな方です」
「残りの六剣聖は三人。それにアストライア様を含めて、いずれも戦闘狂だ。まず話し合いなど無理だろう……」
「忠告できることと言えば、やられる前にやりなさいとしか言えません」
グレイスが語り、それにアウラが補足を入れる形だ。
「私達は六剣聖だ。当然、部下達もいる。おそらく今頃は私達が帰らないことで失敗を悟っているはず……そうした場合は他の部隊への合流を指示してある」
「つまり他の六剣聖の部隊へ組み込まれたわけか……お前達を助けに来るか?」
「助けには来ないでしょう。しかし、殺しには来るかもしれませんね」
「口封じか……」
それには聞いていたミスト将軍も唸る。さすがに暗殺者ギルドと呼ばれるだけあって、その辺りは徹底した対策が取られていた。
「もうあらかた喋りましたから遅いでしょうが……いえ、貴女方ごと消せば問題ないと考えるでしょうか……」
「それは笑えないな……」
二人からオリンポス城が落ちた経緯を聞いていたミスト将軍は呻くように言葉を口にした。オリンポス城に関しては、この二人が直接参加したわけではないそうだが、その衝撃は充分すぎていた。
「いずれにしろまだ緑の書も紫の書もあるのですから、襲撃はあると見た方が良いでしょう」
「なるほど……参考になった」
ここまで二人が協力的なのにはわけがある。アウラとグレイスは全面的に協力するかわりに断罪の剣の養成所である孤児院の保護をとりつけていた。
そこには一つの決断があった。場所を知られるということは襲撃を受ける可能性もあるためだ。
「安心するがいい。エルフは一度交わした約束は守る。そのプライドにかけて破るなどありえない」
その不安を払拭するかのようなミスト将軍の言葉に二人は頷く。
「しかし、お前達も見ただろうが、いくら協力的でもここには置いてはおけない。この私とて憤慨していないわけではないのだ」
「当然ですね……生かされているだけでも感謝します」
真に感謝する彼女の姿は、簡素な囚人服でありながら修道女そのものだった。
ミストはそこからアルヴィトが二人を生かした理由の一端を垣間見た気がしていた。
「そこでだ。お前たち二人はアストリアで引き取ってもらうこととなった。そこで牢に繋がれてもらう。国外追放の上、懲役だ」
「わかりました……」
「もっとも、そこからはお前達とアストリア次第だがな……」
ミスト将軍はそこから厳罰になるかどうかは定かではないと含みを持たせていた。
「重ねて感謝いたします」
意外な展開に驚きながらも、そう言ってお辞儀をするグレイスにアウラも続くのだった。
†
王城近くのエルフ兵達の為の訓練場。
円形闘技場にも似たそこは今、多くのエルフ兵で護衛されていた。
そこでエリスとアリシアは緑の書と紫の書を使いこなすための修行を始めていた。
アルヴィトの目論見通り、アリシアは緑の書に受け入れられている。
しかし、そこからどれほど力を引き出せるかは努力次第なのだという。
アリシアは国宝でもあるそれを丁重に扱いながらエリスへ尋ねる。
「七識の書って使い手を選ぶのよね……」
「そう言われているわ……実際に使えている身としてはあまりピンと来ないけど」
「どうしてそんなもの集めるのかしら? 集めて使えるわけでもないのでしょう?」
「アリシアにしては鋭いわね……推測なら幾つも浮かぶけど。使う気が無くて封印、破壊が目的。あるいは何か使う方法があるとか、かしら?」
そう考えながら話すエリスに対してアリシアが引っ掛かったのは別の所だった。
「アリシアにしては……って、前から思ってたけど、エリスは私を見下してるわよね」
「見下してはいないわ……馬鹿だと思っているだけよ」
「なぁんだ……っておい! 今日こそ決着をつけてやるわ!」
「ほら、使い手の話じゃなかったのかしら?」
激昂するアリシアに対して、余裕の笑みを見せながら指摘するエリス。
「そんなの後でいくらでもできるわよ!」
「戦うのも後でできる気はするけど……まあ、負けてばかりでは悔しいでしょうから相手してあげるわ」
「くっ! 大会で一回勝っただけでしょう!」
そうして二人は修行を兼ねて模擬戦を始めた。
アリシアの詠唱が始まると緑の書は輝きを増す。そして彼女を中心に風が巻き起こった。
「まったく……天才肌ってやつかしら、こっちも努力を怠れないじゃない!」
それを見てエリスは呟くように独り言を言うと、対抗するように詠唱を始める。
紫の書もそれを受けて対抗心を増すように輝きだした。
エリスの周囲が帯電して紫電が巻き起こる。
緑の書と紫の書を使うことを意識して二人は魔法で防御し、魔法で攻撃し合う。
アリシアは風、エリスは紫電を放つ。
訓練場を縦横無尽に走り回りながら、二人の魔法はぶつかり合った。
それはあたかも先の大会を彷彿とさせるものだった。
一通りの魔法の打ち合いが終わると二人は息をつく。
「さすがに……こうも見張られていては気が散るわね」
「負けた言い訳かしら?」
「負けてないわ!」
そんな言い合いをしながらも、気がかりなのは二人とも同じだ。
「仕方がないとはいえ、確かに修行という雰囲気ではないわね。アリシアも身が入っていないようだし……アストリアへ連絡はしたのでしょう?」
「したわ……でもソニアは捕まらなかったから伝言を頼んでおいたの」
「そう……」
二人はそれからしばらく沈黙したままだった。
アウラとグレイスは裏切ったと言っていたが、アイリーンがどう出るかわからない。加えてソニアの青の書も狙われているとなれば、集中できないのも仕方がないことだった。
だが、心配ではあるが、この厳重な警備状態の中を抜け出すわけにもいかない。抜け出した結果、緑の書と紫の書を奪われては本末転倒だ。
一刻も早くアストリアへ向かう方法が何かないかと考えを巡らす二人だったが、その想いが通じたかのように人影が現れた。
「先生!」
訓練場の入り口からアルヴィトがこちらへと向かって来る。
「この事態の対応の為にアストリア行きが早まりました。二人とも準備なさい」
「はい!」
「やった!」
アリシアは喜びを隠せない。エリスも務めて表情には出さないようにしながらも喜びが現れていた。
「それと先日捕らえた二人も一緒に護送します。一応、気を付けてください」
「はい。先生」
その言葉には一瞬緊張が走った二人だったが、思わぬ朗報の方が上回ったのは言うまでもない。
†
乾燥して何もない大地に造られた石造りの道を、アストリアへと向かう馬車の一団がある。
旗や外装などから高位の聖職者を示すその一団を見て、誰がそれを暗殺者ギルドなどと思うだろうか。
その一団はまるで旅を楽しむかのようにゆったりと、そして堂々と進んでいた。
その中の一際豪華な馬車の一つで断罪の剣、教主アストライアは部下の修道女から報告を聞いていた。
「アストライア様……六剣聖アウラ様とグレイス様は失敗して捕虜となった模様です」
「そう……使えないわね」
「それに関連してか、アストリアへの女王の訪問と同時に緑の書と紫の書が移送される様子です。そこにアウラ様とグレイス様も同様に連れて行かれる様子とのことです」
「あら……では全部アストリアへ集まるのね。なんだ、意外と使えるじゃない」
アストライアは思案するように瞑目する。
「でも……そのままアストリアへたどり着かれるのも厄介かしら……」
そう言って女神を名乗る女は、まるで悪戯を思いついたように微笑むのだった。




