ポニーテール
「きゃああああッ!」
アストリア城下。夜の闇の中に女性の悲鳴が上がる。
その声にいち早く反応した兵士達は悲鳴の上がった方へと走った。
そこには女性が倒れていた。
女性は髪を切られたらしく失神してしまっていた。近くにその長い髪が落ちている。
現場に駆け付けた兵長はそれを即座に見て取ると部下へ指示を飛ばした。
「またか……まだ近くにいるはずだ。探せ!」
兵士達は犯人を捜すべく散って行く。
「早く首魁を見つけねば……被害は広がる一方だな」
遅れてきた兵士達に女性の保護を任せると、その兵長も犯人の捜索に向かうのだった……
†
王都アストリアへ帰還した私達は暗黒騎士団、聖騎士団の両騎士団に出迎えられた。
「王の帰還だからか? 何やら物々しい気がするが……」
馬車から外を見ると、出発時より明らかに警備が厳重になっていた。
迎えの警備に当たっていたグラン暗黒騎士団長が馬上から、私たちの馬車へ近づいて来ると言った。
「このまま王城へ向かってください。先導します」
連絡は取り合っていたので、そこでは大事無いとは聞いていたが……
どういうことか、アストリア城下はピリピリとした空気が流れていた。
そんな状況下で王城へと帰還すると早速、報告を聞く。
「急報です。どうやらオリンポス城が陥落したらしいです」
「何だと!? どこの軍隊にだ?」
これには皆驚きを隠せなかった。散華ちゃんもグランさんに噛みつくように詳細を求める。
オリンポス王国……
先の大戦によってアストリアの独立に呼応するような形で独立した国だ。アストリア王国にとっては姉妹のように誕生した王国だった。
そのおかげで先の大戦には巻き込まれずに済んだ面もあった。
行ったことは無いが、その手腕には脱帽したものだったが……それ故に信じられなかった。
「それが……わからないそうです。神聖カリス王国の軍が駆け付けた時には落城していたとの報告です。その際、オリンポス王とその王妹、そして側近達は亡くなったらしく、今後は神聖カリス王国が統治を行うそうです」
何それ、怖い……城だけ落として消えるとか……一体何がしたかったのだろう? 宝物の略奪とかだろうか?
なるほどそれは警備も厳重にならざるを得ないだろう。
「……そうか。神聖カリス王国が落としたのではないのだな?」
「はい。この報告も神聖カリス王国側からもたらされたものです」
む。そうか……あの副団長あたりが教えてくれたのかもしれないな。名前を聞いておけば良かったか?
まあ、いいか……それほどのやり手なら今後勝手に聞こえて来るだろう。ちなみにダンは何故か修行中だ。
散華ちゃんが気にしたように神聖カリス王国が落としたとなれば話は変わってくる。
それはカリス王国の正統後継国として国土の回復を宣言したに等しい。そうなればこの国とは戦争だ。
それは神聖カリス王国側も望んでいないということなのだろう。先の大戦の爪痕もまだ残っているはずだからだ。
「気にはかかるが……分からないものを考えても仕方ない。今は情報を集めてもらおう」
散華ちゃんは切り替えるように話を進めた。
「では私達の居ない間はどうだった?」
「それについてですが……」
グランさんは考えを纏めるようにして話し出した。
「実は近頃、度々、城下で女性の髪が切られるという事件が起きてまして……。始めはただの暴徒だと思っていたのですが……それがどうやら組織化しているらしく実行犯は捕まってはいるのですが、同じ犯行をする者が後を絶たない状況です。現在警戒を強化しながらその首魁を捕まえるべく行動しているのですが、居場所を転々と変えているらしく未だ発見には至っていません」
むむ。そんな事件が起きていたのか……グランさん達を残しておいて良かったと思う。
「オリンポスの件と関係は?」
「無いと見ています。宗教的なものは感じますがオリンポスの件とは違い、手口があまりに杜撰で実行犯も簡単に捕まっていますので。それに誰か殺されたというわけでもなく、逃亡時の抵抗による軽傷くらいですから」
女性の髪を狙う……何か意味があるのか?
魔術的な何かだろうか……よくある定番と言えば定番だろうが……
「呪いの藁人形の中にとか……人形の髪が伸びたとか……」
「ソニア……それ以上は禁止だ!」
あ……これは怪談だった。顔を青ざめさせた散華ちゃんに止められる。
つい考えが口から出てしまっていたらしい。散華ちゃんだけでなく皆にドン引きされていました。
「いえ、補足ですがその切られた女性の髪は現場に残っていまして証拠品として提供していただきました……少し持って来てくれ」
グランさんに言われて衛兵の一人が持って来る。
それは何人かの女性の髪の房だった。綺麗に縛られている。台に乗せられて運ばれてきたそれらはある種の芸術品のようでさえあった。
しかし女性の髪を集める変態収集家ではなかったらしい……がっかりだな!
「女性のものらしい縛り紐が残っているな。持ち去ったわけではないのか……意味がわからないな」
「襲われた女性たちは皆いわゆるツインテールと呼ばれる髪型でした。その方房だけ切り取られていたのです」
「ますますわからん……」
皆困惑するのみだ。宗教的な儀式だろうか……ならば考えても仕方ないだろう。
「……話を戻そう。それについては引き続き捜査を頼む。そして皆も気をつけておいてくれ」
皆が了承してこの話は終わる。
気にはなるが、今はグランさん達に任せておけばいいか……
「では確認になるが先に連絡で伝えた通り、今後アルフヘイム女王の訪問が予定されている。共同でのダンジョン攻略を目指す事になったためだ。これは今までにない大規模なものとなるはずだ。各自その準備と情報収集を徹底して欲しい!」
旅の疲れも出ているだろうということで皆しっかりと休むように言い渡されると、その場は解散となった。
とはいえ、散華ちゃん、蓮華姉さん、ツヴェルフさん、藤乃は自宅には帰れず王城へ泊ることになった。
オリンポスの件のせいで厳重警戒が必要だからだ。
今後もこうしたことは増えるだろう……王城での居住が本来当然なのかもしれないが。
「むう。やはり気になる……」
「ソニアどうした?」
私が帰るべきか迷っていると、丁度グランさんに声をかけられた。
私には推理小説で犯人がわからないかのような何ともいえないもどかしさが残っていた。
「さっきの話ですけど……」
「オリンポスの件なら皆が警戒しているから大丈夫だろう」
「いえ、そっちではなく……」
「ああ。髪の方か……。そうだな……お前さんは目が良かったな。ちょっと手伝ってくれるか?」
「はい! お任せを!」
「お、おう。頼む……えらくやる気だな……いや、では実行犯に会いに行こう」
私はグランさんに連れられて監獄へと向かった。
王城にも地下牢は建造中だが、そんな場所に凶悪犯を捕らえておくのは危険すぎるので、万一の場合と一時的な確保のためで基本的に使う予定は無い。これはきっと私の入ったアルフヘイム王城の地下牢も同じだ。
馬車で小一時間進むと街外れまで辿り着く。
そこは街外れの寂れた監獄だった。詰めている衛兵達はそれなりに多い。
高い塀に囲まれたそこは一種の異空間のようでさえある。雰囲気はダンジョンに似ているだろうか……
「なかなか雰囲気がありますね……」
「ソニアは初めてか? それなりに人数が多くてな……ここで集めておくしかなかったんだ」
そこの面会場へ入ると、グランさんが兵士に話をして囚人を連れてきてもらった。
そこへ入って来たのは学者風の男だった。手枷で拘束されている。
捕まった囚人達は狂信的な者達が多く、比較的対話が可能なのはこの男くらいだそうだ。
男を座らせるとグランさんが質問をする。
「お前達の目的は何だ?」
「目的ですか……世界の救済でしょうか……」
「どういう意味だ?」
グランさんの質問に男もどうやら聞いて欲しかったらしく、姿勢を正して言った。
「そうですね……ちゃんと話しましょうか。これは不当逮捕ですよ」
「女性を髪とはいえ、傷つけただろう!?」
「髪ですよ? 誰でも散髪くらいしますでしょう?」
「あのな……勝手に切ってはダメだ」
しかし、こちらの話は聞く気はないようで、グランさんのその説教にも聞き流している風の男だった。
「髪は女の命! って何かで聞いた気がする……つまりは殺人事件……」
「ええっ!? それは横暴ですよ!」
「……うん。それは言い過ぎだな」
私の言葉に男は慌てて顔を青ざめさせていた。男に同意するようにグランさんからも突っ込まれる。
何か喋っておこうと思っただけです。ただの私も居ますよというアピールです。
しかし、それが案外功を奏したのか……男は話を聞くようにはなっていた。
「それで、どうして髪なんだ? 何かの儀式か?」
「儀式といえばそうかもしれませんね。何しろ逮捕するべきなのは奴等なのです」
「奴等とは髪を切った女性達のことか?」
「そうです……我々ポニーテール学派はついに突き止めたのです!」
んん? ポニーテール学派? 所属組織の名前らしいが、何故かちょっと興味を惹かれるものがある。
そういえばこの男の髪型……ポニーテールなのか? それまでまったく興味が無くて見てなかった。
熱が入り始めた男の言葉に聞くべきか迷ったが、聞かなくては始まらない。
「ええと何をですか?」
「伝説の魔獣の復活です!」
その男の言葉に私は「またかよ!?」と思わざるを得なかった……




