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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(上)
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選択と決断

 その男は誰もいない部屋へと帰還を果たしていた。


「フフ。……ぐッ……少し調子に乗り過ぎましたか……どうやら私も浮かれていたらしいですね」


 そこは簡素な机と椅子、ベッドしかないシンプルな部屋だ。何の特徴もない隠れ家の一つ。

 それは使い捨てるためだけの部屋だった。


 そこで男は傷口から血を滴らせながら、ベッドへ沈むように倒れ込む。

 喘ぎつつも懐から十字型のロザリオのような魔導具を取り出すと祈りを捧げる。

 次第に男の傷は塞がり、乱れていた息遣いが整いだした。


「ふぅ……。さすがに目立ち過ぎましたか……しばらくは大人しく裏工作にでも(いそ)しみましょうかね」


 冒険者ギルドをはじめ、世界には幾つかの大きな組織がある。それらは互いに協力しあい、あるいは敵対していた。

 その男の属する秘密結社である赤薔薇とてその中の一勢力に過ぎない。

 過信すれば滅びるのは我が身だ。


「まったく、世界は優しくない……もっと楽をさせて欲しいものです」


 そう不貞腐れるように言い残すと、男はそのまま倒れ意識を手放した……



 男が目覚めるとそこに人の姿がある。この場所を知っているのはごく限られた人間だけのはずだが……

 赤薔薇の幹部でさえ知らないだろう……とよく見るとその限られた人間だった。


「おや、国王様……来ていたのですか? それとも私を捕まえに来たのですか?」


 そこに立つのは元、光の勇者ローレンだった。今は神聖カリス王国国王である。

 この男にこの場所を教えたのは何故だっただろう……自分と同じものを感じたからだろうか……


「報告は聞いている。お前が何をしようと関知はしない。それに他国のことだ」

「良いのですか? やりすぎだとは思っているのでしょう?」

「当たり前だ」

「それでも捕まえないのは何故でしょう?」

「感謝はしている」


 その言葉に驚いたのは何故だろう……


「そんな変な顔をするな……」

「……不覚にも驚きましたよ。義理堅いですね……案外立派な国王になられるかも知れませんね」

「案外は余計だろう……」

「これは失礼を……そうですね……これはお礼になるかわかりませんが一つ忠告です」

「何だ?」


 それは友として心配したのか……


「その躯体……あまり過信しないでください。神の目をごまかしているに過ぎませんから……」

「自分の身体だ。分かっている……」

「そうですか……」


 覚悟はしているらしい。ならばこれ以上は言うまい。


「ところで国王様……秘密結社、赤薔薇に入る気はありませんか? 今なら優待特典として幹部の席が用意できますよ」

「……無い」


 その勧誘から国王ローレンは逃げるように去っていた。


「……非常に残念です」


 結構本気だったのに……と思いながら再び目を閉じる。

 さすがにまだ完全回復とはいかないらしい。


「ああ……そうでした。赤薔薇の方にも釈明を用意しなくてはなりませんね……」


 自分が独断専行したことは分かっている。しかし、今の状態では億劫(おっくう)なことこの上なかった。


「……それも後で良いでしょう。今は回復を優先するべきですね」


 そうして薔薇の男は再び眠りにつくのだった……



 †



 夜陰の森の中でその修道女は短剣を抜き放つ。

 その女を囲むように同じ格好をした修道女達が剣を構えていた。

 天が悲しんでいるとでもいうのだろうか……いつからか降り出した雨はその者達に平等に降り注いでいた。


「アイリーン様! 裏切るのですか!?」

「裏切る? 己の正義を裏切っているのは貴女方でしょう? それともあの女がそれほど大事ですか?」

現人神(あらひとがみ)たる彼のお方の侮辱は、いくら六剣聖の一人であるアイリーン様とて許されませんぞ!」

「私はあの女を神とは認めていません。今ここで選びなさい。……私につくかあの女につくか……」


 仮面の奥でアイリーンの目は何かを決断した光を宿していた。

 それに気圧されるように怯んでいた修道女達だったが……


「死ね! 裏切り者!」


 激昂した一人の修道女に続くように、仲間の修道女達はアイリーンに躍りかかっていた。

 あの女は抜け目ない。自身の直属の配下を監視として紛れ込ませていたのだろう。


 囲む敵はその多くが顔見知りであり、数多の戦場を共にした百戦錬磨の手練れ達だ。

 泥水をはねさせながら迫る女達にさしものアイリーンも防戦一方となっていた。

 多勢に無勢、アイリーンはその白い肌に無数の傷を負いながら耐え凌ぐ。


 その中でアイリーンの脳裏に浮かんでいたのは青の魔女の姿だった。


「まったく……いつから師匠となることを認めてしまったのでしょうね」


 選択と決断は済ませた。

 数多の傷を負いながらも、過去の己と決別するようにアイリーンは無慈悲な断罪の剣を振り下ろす。


 ……そして周囲に残ったのは修道女達の骸だった。


「同情はしませんよ……所詮、同じ穴の(むじな)ですから……先に地獄で待っていなさい」


 そう、ここで散った命はどれも暗殺を請け負う殺し屋達だ。

 その中でより強い者が残っただけのことだ。


 いつから間違っていたのだろう……


 神の名の許、断罪されない悪を斬る。


 それを信じそれを行って来た。当然斬るのは凶悪な罪人達だ。

 時に法を守るべき衛兵達であったり、国家の要人であったことが災いしたのか……

 『断罪の剣』はいつしか『暗殺者ギルド』と呼ばれるようになっていた。


 特にあの女が現人神としてアストライアの名を襲名した頃からそれは酷くなったように思う。

 断罪の剣における六人の幹部達……六剣聖、その筆頭であったあの女が……

 私の剣の師であり、代わって私が六剣聖へと任じられた。

 それを良いことに再三の要求を突っぱねてきたがもはや限界が来たらしい。


 そんな状況下にあっても私はまだどこかで信じていた……

 だが……ソニアを狙うのは違う!


「正義の剣はいつしか曇ってしまいました……」


 荒い息を吐き出し、身体中の傷の痛みに眉をしかめながら周囲を見渡せば見知った顔の死体ばかりだ。

 かつて過酷な境遇を乗り越えた同志達……

 女神アストライアの掲げる正義を共に支えんと誓った者達……


 同情しないとは言ったものの、心は感傷に浸ってしまう。


「天秤の女神様はどちらか片方しか助けないのですね……」


 その身を罰するような雨に打たれながら、傷ついた身体は痛みを伴う。



 あの夜、あの場所へ、何故仮面をつけたまま忍び込むように会いに行ったのか……

 私に迷いがあったとでも言うのだろうか……


 寝ぼけていたのだろうか……ソニアに気づかれたと思った時には、私はひどく動揺していた。

 まさか誰にでもあんなことを……ならばちゃんと師として更生させなくては……まあ、それは今はいい。

 あの子はいつも私を混乱させる……


 動揺しながらもどうにかソニアを眠らせて、部屋を出るとそこには壁に背を預けた蓮華がいた。


 いつだってそうだった……私がどれだけ隠形を駆使してもこの女が気付かないはずがない。

 私があえて部隊を遠ざけなくとも心配は杞憂だったろう。


 それは安心と共に確かな痛みを残す……


「今夜は見なかったことにしてあげましょう」


 蓮華はそれだけを言い残して去った。

 それがどういう意味だったのか……

 私は逃げるようにその場を去ったのは何故だったのか……


「あるいは私はソニアをこの手に……」


 それを考えると、アイリーンは我が身を引き裂かれる思いがするのだった……





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