アストリアへ
冒険者ギルド、アルフヘイム支部。
そこは長命なエルフ族らしい歴史ある建物だ。そこに揃っている資料も古いものが多く残っている。
神獣フンババの討伐完了の知らせを受けてそこでは対応に追われていた。リーヴの街にも支部はあったが、流されてしまったのでその対応が回って来ていた。
未だかつてないほどの相手であり、討伐参加者も多かったので過去の文献から調べて報償額を決めていく。亡くなった者達には遺族へ。生き残った者には相応の額が支払われなくてはならない。
また今回の一件は国家の大災害としてアルフヘイム王国からも報償金が出ている。それがまた処理を複雑化させていた。
疲労困憊の職員たちが対応に当たっている。そこには戦場と負けず劣らずの鬼気迫るような雰囲気があった。
「次! ……次! ……次!」
その大量の書類を的確に捌いていく、エルフ族の壮年の男はそのギルド支部長だ。
冒険者ギルド指定の制服をきっちりと纏い、その様は無駄が無い。
熟練の職人のようにそれらの書類を処理していたが、はたとその手が止まる。
「パーティー、青薔薇……ふむ。今回の最大の功労者達か……」
今回の出資者である女王からも手厚く報いるようにとお達しが来ている。エルフ族としても救国の士をぞんざいに扱うなど許されない。
その書類には彼らの出身地のアストリア支部からの情報が書き込まれていた。
「これは……!?」
そこには通常ではあり得ないはずのデータが載っていた。
ソニア・ロンド……二星。ただし、三星相当。
「んん? 君、これは何だね? 結局どっちなんだね?」
支部長は眼鏡の位置を直すようにして、副支部長に問いかける。
「ああ……それですか。例外だそうですよ。これまでギルドへ貢献する様な目立った活躍が無かったそうなので」
「アストリア支部長は馬鹿なのかね? 三にすれば良いだろう?」
こうしたどっちつかずの対応が結局、現場を混乱させるのだ、と言わんばかりのアルフヘイムギルド長だった。
「馬鹿ではあるのかも知れませんが、体裁もありますし贔屓するわけにもいかず苦渋の選択だったとか……」
「確かにいきなり二階級も特進すれば贔屓とみられるか……しかし、そんなことだから事故死が絶えんのだ。ふむ。ギルドの評価システム、再考の余地があるようだな……上申しておこう」
そこには体裁を気にして実力者が埋もれてしまっている現状があった。
そしてそれは往々にして悲劇を生んでいる。
「おや、新たに申請もされているな……リリスとアラネアか……」
リリス……どこかで見た気が……復帰組か?
そう思い、支部長は魔導具を操り過去の資料を探す。
それは酷く古い文献だったが……その名が確かにあった。
申請時の名前の筆記を見ると綺麗に一致した。明らかに同一人物だ。
リリス……七星か……何やら星が一つ削られたような跡が残っているが……古いせいか? だが、八星となると私の一存では決められない。今回は見送りだな。
アラネア……こちらは新規のようだな。一星だが、今回の件で三星に上げよう。
パーティー名……青薔薇。
リリス 七星(復帰。八星は現状最高位のため今回は見送り)
蓮華 七星(一ランクアップ)
藤乃 七星(一ランクアップ)
アイリーン 六星(今回は不在のため、そのまま)
エリス 六星(一ランクアップ)
散華 六星(一ランクアップ)
アリシア 五星(一ランクアップ)
ツヴェルフ 四星(一ランクアップ)
クロ 四星(一ランクアップ)
ソニア 四星(二ランクアップ?)
アラネア 三星(二ランクアップ)
これが後に今回の報償と共に私達に打診されることとなるのだった。
†
ダンは森で迷子になっていた。
今も魔獣を切り伏せると現状を確認するように呟く。
「これは本格的にマズイ……どこなんだ。ここは……落ち着け。きっと捜索隊が……」
怪我と疲労困憊で倒れそうに……倒れた。
「ああ……ここまでか」
ダンは地に伏せながら、そう絶望的に言葉を吐き出す。
そんな時。そこへ一筋の光明が現れた。
「奴の痕跡を探っていれば……まったく、何をしとるんだ。貴様は……」
助かった? 声が聞こえてるって事は人だろう。しかも何だか知り合いのように語りかけてくる。
顔を上げると姿が見えた。
「助けてください……」
泣きながらそう言うダンだったが……
「ふん。仕方ないか……助けてやろう」
よくよく見るとそれは確かに知り合いだった……
「げっ……大佐……」
「久しぶりだな……立て! 助けてやる」
「は、はいっ!」
ダンはすぐに立ち上がる。
そして後悔していた……それは一番助けを求めてはならない、相手だったからだ。
「そうだな……まず魔物を二十」
「何を仰っておられるのですか?」
「すぐに狩って来い。口答えは許さん!」
「イエッサー!」
大佐にとっての助けるとは、どんな逆境でも耐えられる様に鍛え直すことだった……
数週間後ダンは自力でその森を抜けることができるが、それは大佐の特訓のおかげだったという。
その頃には大佐はいつの間にか居なくなっていた。
「酷い目にあった……」
そう振り返りダンは涙するのだった……
その後、神聖カリス王都で先に帰還していた副団長と再会したのだが……
「今は修行中だと聞いておりました。それにしても素敵なオジ様でした……お知り合いですか? ぜひご紹介を!」
それを聞いたダンは大佐が自由に森を出入りしていたことを知って愕然とするのだった……
†
私達は地鎮祭を終えると再び隣村へと戻っていた。
スカディは「あいつは何なんだ!」と文句をたれながらも元気にはなった様子だ。
ただフンババ戦で何もしなかったので双樹将軍の副官へと降格が決まったそうだ。
そう、逆に双樹氏は今回の活躍で客将から正式にアルフヘイム将軍として迎え入れられた。
今回の戦いはフンババのせいで勝敗は有耶無耶だった上に、双樹氏に帰る気がないこともあって渋々散華ちゃんは納得したようだった。
スカディは凹んでいたが、スクルドに「気持ちはわかる」と慰められていた。
そうして二人は私を睨むのだ……
まったく……何なの……!? 喜んじゃうぞ!!
エルフ達は総じて美しい。これはこれでありだなと思うことにした。
そんなこともありながら、祭りからここへ帰る間に私は感じていたことがある。
それは私を見て皆が酷く畏まるのだ。もちろん先の二人を除いて……
これが英雄扱い……
何というか酷く居心地が悪い……
英雄なんて私はそんな高尚な人じゃないんです……
そんな憧れるようなキラキラした瞳で見つめないで!
そう思っていたこともありました……
散華が部屋で帰還の準備を進めていたところ、ソニアが深刻な表情で現れた。
「散華ちゃん……相談があります」
「何だ、急に改まって……」
「私……この国に残って良いですか?」
「は……!? ……理由を聞かせてもらおうか?」
ソニアの態度から、散華は随分と深刻な話の様子だと悟る。
これまで共に過ごしてきたソニアにそんなことを言われては、散華もさすがに動揺を隠せない。
その場の空気が緊張したものになる……が。
「この国なら長年の悲願、百合ハーレムの夢が叶う気がするんです! この国で今や私は英雄なんです! ウハウハなんです!」
「駄目に決まっているだろう! 真面目に聞こうとして損したわ! 典型的なダメ英雄か!?」
ソニアの告白に、いつも通りだと悟った散華は呆れる。
「くっ……美女エルフ達に囲まれた生活が捨てきれないっ! 私はどうしたら良いんですか!?」
「何もするな……」
「うう……ならばせめて散華ちゃんの口から「お前が必要だ」と言ってほしい……そうすれば諦められる気がするのです……」
散華としても今、ソニアに残られては困る。
むしろこいつを残したら危険な気さえする……と感じていた。
よって渋々その要求を呑むのだった……
「わかった……お前が必要だ」
「むう……何か違うな……心に響かない……。「お前が欲しい」これでお願いします」
散華は「贅沢だな! 恥ずかしいんだぞ!」とは思うが心に留めておく。
「お前が欲しい」
「もっと心を込めて!」
「……お前が欲しい!」
ソニアは瞑目してその言葉を反芻するようにして……
「何だか言わせてる感が酷く気にかかりますが……まあ、良いでしょう。ということで最後にワンモアプリーズ!」
「お前が欲しい……」
「……えへへ」
満面の笑みのソニアに対して赤面する散華。
「なんだ、これは……恥ずかしいわ!」
「これで帰れる気がする!」
上機嫌で自室へ帰って行くソニアを見ながら、散華はここに残しても良かったのではと思わずにはいられなかった。
そして散華はどこからかそれを聞きつけた蓮華に同じことを言う破目になるのだった……
†
出発の日の早朝。それは極秘裏に行われた。
森の中、人目を憚る様に散華と女王は対峙している。
「かつて私はかの鎧の闇に取り込まれた。だから貴女と決着をつけたい」
「ほう……なれば我は逆に貴殿らに助けられたという訳だ……実言うと我もあの決着では不本意であったのだ。良かろう受けて立とう」
「……感謝する」
王同士の決戦が如何なる決着を見たのかそれを知るすべはない。
どちらもそれを話そうとはしなかったからだ。
私達もあえて聞こうとは思わなかった。
ただ、それなりの傷を負って帰って来たので、治癒魔法で治したものの苦言を呈させていただいた。
その後、帰還の為に皆が荷造りをした。
ダンは見つかったとのことで副団長は先に神聖カリス王都へ帰還している。
ちなみにダンはなぜか修行中らしい。はた迷惑な奴だ……
またしてもアリシア先輩とエリスとは離れることになった。
会議で決まった通り緑の書を手に入れるためだ。それは聖樹の祠に厳重に安置されているため、適正があると思われるアリシア先輩が取りに行く。
そんな貴重品、良いのか? とは思っていたが女王曰く「使わぬのでは、それこそ宝の持ち腐れであるからな」だそうだ。
しばらくは今回の対応に追われるだろうが、それが落ち着き次第女王はアストリアへ訪れることが決まっている。目的だったダンジョンを探索するためだ。
抜け目ない女王の事だ、緑の書はそれを守らせるための手付金みたいなものかもしれない。
なんだか非常に回りくどいことになっていた気がするが、これが政治というものなのだろうか?
ともかくその頃にはアリシア先輩とエリスも帰って来るだろう。
しばしの別れだ。ただその代わりに? エルフメイド……フレイアが来ることになった。
私達は別れの挨拶を交わす。
私はアリシア先輩、エリス、アルヴィト、ミスト将軍と別れの挨拶をした。
「ではアルヴィト、ミスト将軍。アリシア先輩とエリスをお願いします」
「ええ。わかっています」
「ああ。心得た」
私の言葉にアルヴィトとミスト将軍は了承の言葉を返す。
「ソニア。すぐに戻るから浮気しちゃダメよ?」
そう言いつつアリシア先輩のその目は、私の傍らのエルフメイドを牽制していた。
「お、おう」
「はい。ソニアが困ってるでしょ。行くわよアリシア」
「わかったわよ。じゃあまたねソニア」
私はそうして美女エルフ達を見送った。
散華ちゃんと蓮華姉さんは双樹氏と別れを惜しむ。藤乃は邪魔をしないようにと控えていた。
「父様が決めた道ならば、これ以上引き留めはしません」
「すまんな散華。蓮華、散華を頼む」
「わかっています」
「なに、いずれ帰ることもあるだろう。後を頼よろしく頼む。父上と母さんによろしくな」
「はい。お達者で」
「ああ。お前達も」
考えてみれば元々双樹氏は王宮勤めだったので、あまりアストリアには居なかった。
今回はそれより少し距離が遠くなったくらいだ。しかし、寂しいものは寂しいのだろう。
他を見ると、アラネアがブリュンヒルデに挨拶していた。
「ブリュンヒルデさん……お世話になりました」
「はひぃっ……いえ、アラネア様。またいずれお目にかかりましょう……」
ブリュンヒルデは可愛そうなくらいガチガチに緊張していた。
結局どんな関係に落ち着いたのだろうか……それは二人にしかわからない。
それを微笑ましく見ていると、スクルドとスカディが私の許へ来て言い放った。
「いずれ決着をつける!」
「覚えてろ!」
んん? どういうことだ?
「いや、お前等、負けただろう……」
決着はついているはずだが……
「「聞こえぬぁい!」」
そう言い残して二人は去って行った。
元気になって良かったな……聞こえてるだろ……
別れを惜しみながらも再会を誓う。
こうして私達はアストリアへと帰還の途についた。
馬車に揺られながら隣を見る。
そこには私にもたれかかるようにしてアラネアが寝ている。
その表情は穏やかだ。
「今回の殊勲賞だな……」
私はただ目立つ事をしただけだ。
それで英雄とは……やはり私には似合わないらしい。
本来であれば彼女のような者が評価されるべきなのだろう。
そう思ってしまうのだ。
私は起こさないようにそっとその頭を撫でてやった。
熟睡する彼女はどこかくすぐったそうにしている。
私の手の中でアラネアの銀髪がサラサラと零れるように流れていた……




