サバイバル(十)
「はっ! ここは……」
藤乃は気が付くとそこはベッドの上だった。
そしてすぐに現実に直面するように先の戦いを思い起こしていた。
藤乃の戦った相手は謎の騎士Mだ。ソニアの話ではアルフヘイム女王だという。
それは自身が想定していた戦いと呼べるものでは到底なかった。
そのことがさらに藤乃を追い詰めさせていた。
「あのような面妖な技に敗れるとは……自分が情けない……華咲の剣に泥を塗ってしまった……」
瞑目して悔恨する藤乃の、その独り言に答える声が隣から聞こえてきた。
「藤乃は良くやってくれました。そう卑下するものではありませんよ」
「!? 失礼しました。まさか隣に寝ておられるとは……蓮華お嬢様」
藤乃は起き上がろうとしてウッと呻く。まだ本調子ではないらしい。
「おとなしく寝てなさい」
「すみません……」
「ところで、今の面妖な技とは? 」
問われて藤乃はひどく言いづらそうに説明した。
「ええと。何と表現したら良いのでしょうか……まるで自分が操り人形になった様な……。すいません詳しくはわかりませんでした。何もできずに敗れてしまったので……ただ自分が不甲斐ないばかりです」
「そうですか……ならば散華も苦労しますね」
蓮華は心配するように散華のことを想った。
そこへ続けるように藤乃は話す。
「きっと私は強くなった気になってしまっていたのでしょう」
「藤乃は強いですが……?」
「いえ、そう言われて慢心してしまったようです」
「そうですか……」
この敗北によって藤乃は決意した。
修行をやり直そう……自分は近衛騎士団団長なのだから。
ちょうどその時、得体のしれない咆哮が響き渡った。
続いて轟音が鳴り響き地面が揺れた。
「!! 今のは何ですか!?」
「……どうやら寝ていられる状況ではないようですね」
街の中から「森に巨大な化け物が現れた!」と叫び声があちらこちらから聞こえてくる。
蓮華と藤乃は悲鳴を上げる身体を無理矢理引き起こし、状況を確認するべくその部屋を後にするのだった。
†
場は膠着状態が続くかの様に思われたが、ブリュンヒルデは戦いながらあることに気づいた。
「ふむ。なるほど。ゴーレムか……ならば核があるはずだな」
マズイ!……弱点がバレた!
私は焦る。そうなのだ。それがこの遠隔操作魔法ゴーレムさんの最大の欠点だった。
知っていながらこの短期間では改善に至らなかったのだ。
「なるほど。そこか! 必死に守ろうとするその姿が核の場所を如実に語っているぞ!」
ゴーレムの核をブリュンヒルデの魔剣が掠めた。
「うぐっ!!」
咄嗟にゴーレム内で核を移動させたためにこの程度で済んだが……さすがブリュンヒルデ、正確に狙ってきた。
私の息づかいが乱れる。
「どうした? 苦しそうだが? もしや……なるほど。そういう事か」
完全にバレたか……万事休す!
これは遠隔操作の弊害だった。
魔石核を狙われると私との魔力回路からフィードバックが起こるのだ。
簡単に言えば、こちらも傷つく。
マズイ……どうする?
圧勝のはずが、逆に私は追い詰められていた……
その時。
「ウオオオオオオォォォォ!!」
激しい地鳴りと地震と共に大気を切り裂くように何かの咆哮が聞こえた。
樹々が激しく揺れて私達の繭、無敵要塞も大きく揺さぶられる
「!! うおっ!?」
「!! 何だ!?」
これには流石のブリュンヒルデも驚きを隠せない。確認のためにこちらを見てくるが私も驚いていた。
「いや、全く分からない……」
私がそう答えると……ブリュンヒルデは顔に焦りを浮かべる。
「陛下!!」
そして一目散に走って行ってしまった。女王が危険だと判断したのだろう。
「助かったのか? って場合じゃない! こっちも散華ちゃん達がどうなったか、すぐ行かないと!」
「アラネア! 動ける?」
「はい。私はだいじょうぶですが……ご主人様は出られます? とても素敵な格好ですが……」
目を輝かせて言うアラネアに、自分の状態を気づかされる。
「しまった!! 無敵要塞のはずが……完全に牢獄じゃないか!」
私はさっき引っ掛かった状態で中に入ったので色々と絡まっていた。
アラネアは大丈夫だが、私が抜け出せない!
いや、ここは冷静に……そうだ、ブリュンヒルデも言っていた。
焼き切れば出られるはずだ。
そう思って無詠唱の蒼炎で慎重に手近な糸を切ってみる。延焼しないように水魔法も駆使しながらだ。
「うぐっ……耐魔法かかってるし……」
「すみません。怖かったので頑丈にしてしまいました……」
「ああ。うん。ごめんアラネアは悪くないよ。できれば手伝ってくれる?」
「はい。もちろんです」
私はアラネアと長時間かけてその場を脱する事となってしまっていた。恐るべしアラネアの罠!
†
「あいつ!! 嫌な予感はしてたけどこれは……さすがにやりすぎでしょうが!」
街の中からでも森に突如出現した山の様な巨獣が見える。
それを見ながらゲンドゥルは怒りを禁じえなかった。
「あれはベヒモスでしょうか? いえ、フンババのようですね……どちらにせよ伝説の魔獣です。拙いですね……早急な対応が求められます。ゲンドゥルは街の者に避難を、私は対策班と陛下たちの救護班を組織します」
少しだけ考えてアルヴィトはかつて読んだ文献の知識を紐解き、対応を指示する。
「わかりました。アルヴィト様」
ゲンドゥルは丁度アルヴィトに報告しに来ていて良かったと、自身を褒めてやりたいくらいだった。
そこに街へ帰って来ていた審判団副団長と目覚めたエリス、アリシア、ミストが合流してきた。
「これは……一体どういう状況なのでしょうか!?」
審判団副団長も困惑を隠せずに尋ねるしかなかった。
「祖国の危機って事かしらね」
そう感想を述べたアリシアにアルヴィトは向き直ると。
「来ましたね。アリシア、エリスそしてミスト。動ける者達を集めてください。すぐに対応をします」
「「はい。先生!」」
そうしてアルヴィトの指示で戦力の再編が行われていった。
†
「くっ……今の私では扱いきれぬか……」
散華は黒刀「濡羽鴉」を振るいながらも自身の未熟さに歯嚙みしていた。
直前まで戦っていた双樹の残影が未だ脳裏に残っている。
どうあってもそれと比べると刀に振り回されてしまっていた。
そこへどうにか罠を脱したソニアとアラネアが駆け付けてきた。
「遅いぞソニア! ……いや、よく来てくれた」
私がそこへ辿り着くと状況は一変していた。
散華ちゃんからも焦りが見える。
そして何だあれは!?……そこには山があった。
否、山のような途方もなく巨大な何かがいた。
魔獣なのか?
その姿は口は竜、頭は獅子、身体は牛のようではあるが、大きすぎて実態がつかめないというなんとも形容できない魔獣だった。
散華ちゃんが単騎でその魔獣らしきものを相手取っている。
かすり傷らしきものはつけているが、あまりの大きさに相手になっているかは甚だ疑問だった。
他の状況は!?
辺りを見回すとアルフヘイム女王が後方でブリュンヒルデをかばっていた。
かばいながら散華ちゃんを魔法で援護している。
まさか……ブリュンヒルデがアレにやられたのか!?
とても拙い状況だった。
散華ちゃんが果敢に立ち向かうが、何と言っても体格が違いすぎる。
それでも何とか立ち向かえていることに私は違和感を覚えた。
その魔獣は何かを嫌がっているのだ。
よく見るとその魔獣が周囲の樹をなぎ倒しながらも足を引きずっている。
「そうか、アラネアの罠が絡まっているんだ!」
四方に張り巡らしたアラネアの罠があの巨体では避けられない。
樹と蜘蛛の巣が絡まって足枷となっていた。
ただ、それでも驚異的な力で暴威を振るっている。
それは散華ちゃんも迂闊に飛び込めないほどだった。
「ごめんアラネア。働かせっぱなしで悪いけど後方に罠を用意して……絶対に近づかせないから」
「わかりました」
アラネアには働かせすぎで申し訳ないと思うが、これは念のためだ。
私達が抜かれると街が危ない。
「散華ちゃん下がって! 女王陛下とブリュンヒルデも引いてください!」
「ソニア! 何をする気だ!?」
「大きいものには大きいものをぶつけるしかないでしょう!」
私は気合を入れる。
周囲にはなぎ倒された樹と土煙が舞っていた。
材料は豊富にある。
問題は私の魔力量だが……
「わかった。手伝おう」
散華ちゃんが私の左肩に手を当てた。
「勝算があるのじゃな……?」
私の右肩に手が置かれる。アルフヘイム女王だ。手伝ってくれるらしい。
「やってやりますよ!」
私は本気だ。
今はそれを成さねばならぬ時だ。
「青の書よ、力を貸して!」
私に力を貸すように青の書が青い光を湛える。
散華ちゃんと女王陛下から魔力が私に流れ込む。
私は脳裏に浮かんだゴーレム作成の詠唱を始めた。
「汝、土の塵をもって人を造りたまへり。
汝、わが臓をつくり、母の胎にてわれを組み成したまひたり。
汝の御目は未だ成らざる我が形を見たまひ、そのことごとくを汝の書に記されたり」
「『未だ成らざる我が形』!!」
地響きと共に大地に走った魔法陣より巨大なゴーレムが組みあがる!
組みあがったゴーレムは巨人だった。
それが巨獣へと向かっていく。
それは神話さながらの戦いだった。
巨獣対巨人。
巨獣はそれを敵と判断すると猛烈な突進をしてきた。
その巨獣の体当たりに対して、巨人が両腕でガードする。
ガードの上からも内部にまで衝撃が加わり魔石核から私達にフィードバックが起こる。
「ぐうっ!!」
「がっ!!」
私を通じて後ろの二人にまで衝撃が走る!
だが、耐えた!
お返しとばかりに大槌の様な巨人の両腕が上から巨獣へと叩き込まれた!
巨獣はうつ伏せに倒される。
しかしすぐに起き上がると巨獣は怒ったように一度咆哮しながら、体当たりで反撃してきた。
だが、アラネアの枷が有るせいで威力は半減している。
それを受けてまたこちらが反撃の一撃を加える。
そんな攻防が続いたが、次第に巨人は巨獣に押されはじめた。
「……強いっ!」
「だが、ダメージは与えているぞ!」
ダメージは与えていた……しかし、巨人の反応が目に見えて次第に鈍くなっていくのがわかる。
私達の魔力量ではなく、どうやら出力に限界が来ているらしい。
つまり魔石核が限界なのだ。
「くっ……ブリュンヒルデ戦で傷がついていたか!?」
そしてついに巨獣の体当たりによって巨人の魔石核がついに砕かれてしまった。
咄嗟に私はリンクを切る。
間一髪でフィードバックを抑えるも、巨人は見る影もなく粉砕した。
しかし、巨獣にも確実にダメージが入っており、さらに足枷のせいでふらついていた。
そして巨獣は沈むように動かなくなった。
「やったのか!?」
「いや、まだ生きている様じゃ。どう見る? これは好機か否か……」
「いえ、我々だけでは厳しい相手でしょう。いたずらに起こせば街への被害が懸念されます。そこで後手に回ることになれば次の街も……今は一度退いて街の戦力も動員した方が良いでしょう」
女王には私が渡した闇の鎧がある。しかもそれはまた一つに合わさっている。
あれは確か対神兵装とも呼ばれていたはず……もしかしたら倒せるかもしれない。
だが、それは扱いきれればの話だ。
最悪、散華ちゃんの時と同様に暴走して化物二対を同時に相手取るようなことになれば、アルフヘイムは本当に終わる。
今はそんな賭けをすべきではない。
女王もそれを汲み取ったのか、私の提案に乗った。
「確かにな……我も未だこれは扱いきれぬ。無念だが期間が短すぎた」
そこで私はふらついた。私にも限界が来ていた。
「ソニア! 大丈夫か!?」
「……ええ。ですので今は退きましょう。アラネアが罠を張っています。少しの間時間は稼げるはずです」
「そうか……良くやってくれた」
私は散華ちゃんに支えられて、その場を後退しながら落ちそうになる意識をどうにか繋ぎとめる。
一度離れた女王は負傷して木陰で休んでいたブリュンヒルデを背負って戻って来た。
ブリュンヒルデの状態もあまり良くないのかもしれない。
それから罠を張っていたアラネアと合流して一度街へと戻る。
リーヴの街へ入るとそこでアルヴィト達が兵を集めて対応していたのを知って、私は安心したのだろう。
私の意識は闇へと落ちていた。




