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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(上)
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天秤

 オリンポス王国、王都オリンピア。

 その領主の城は今や王城となっていた。アストリアと同じく、カリス王国からの独立を果たしたためである。

 壮大な山々を背景に、王城は建っている。


 玉座には兄妹が座っていた。

 穏やかそうな兄と聡明そうな妹だった。この二人がオリンポス王とその妹グリゼルダである。


「お兄様、上手く行きましたわね」

「ああ。君のおかげだよ。グリゼルダ」

「いえ、勝手に利益が転がって来ただけですわ」


 オリンポスは先の戦乱に乗じて領地を広げていた。とはいえやり過ぎれば潰される事は目に見えている。

 本格的に敵対しない程度に、どっちつかずの領主達から掠め取ったのだった。


 もし神聖カリス王国側からその事を問い詰められれば、旧カリス王国から奪ったのだと言い張るつもりだった。あなた方と同じではないか! と。


「いいや、愚王が勝手に転落したとはいえアストリア独立からの慧眼は紛れもなく君の功績だよ」

「お兄様に褒めていただけるなんて感激です!」


 目を輝かせて兄に寄り添う王妹グリゼルダ。


「はは。大袈裟だな。さて、新王はどうでるかな?」

「ご安心をお兄様。神聖カリス王国はまだ体裁を整え始めたばかりですぐには動けないでしょう。さらにはアストリアと敵対しそうだという情報がありましたわ」

「その間にこちらも国としての体制を整えるのだね。そして万一、神聖カリス王国が負ける様な事態になれば一挙に攻め滅ぼすと。アストリアは我々にとってその名の通り女神だね」


 その兄の言葉には少し表情を曇らせる。


「まあ。お兄様にそこまで言わせるなんて嫉妬してしまいますわね」

「ははっ。もちろん一番の女神は君だよ。グリゼルダ」

「お兄様っ!」


 再び表情を綻ばせた妹は、兄に抱き着くのだった。

 それを見て周囲の重臣や衛兵たちは皆、いつもながらこれさえ無ければと思わずにいられない。



 オリンポスとアストリアは神聖カリス王国を挟んで反対側である。簡単に行き来はできないが、アストリアと連携すればその位置関係から神聖カリス王国にとって脅威となり得ることは明白だった。

 それは簡単には攻め込まれないことを意味している。それを計算に入れた上での今回の独立だった。強かな兄妹である。



 †



 アストリア王国、魔導書店「知恵の泉」


 私は自室のベッドへとダイブする。

 そうして目を閉じると、帰って来てからのことが自然と思い出された。


 散華ちゃんが王様になった。

 私がそうした。そうしてしまった。


 私は散華ちゃんに今までにない壁を感じている。感じてしまっている。

 原因は散華ちゃんが王様と認められるように気張っているせいだ。復讐をすると言ったせいでもある。

 私がつい軽口を叩いてしまうのも今までの関係を壊したくないからだ。

 この微妙な(ひび)のようなものが一過性のものなのか、それとも……。


「人前では散華ちゃんって呼べなくなったんだ……」


 私の中で弱い心に侵されそうになる。

 いや、問題はないはずだ。大丈夫だ。ちょっとしたすれ違いだ。気弱になるな。

 そうやって私は自分に言い聞かせる。


 私はついて行くと決めたんだ。かつて私はそう散華ちゃんに宣言したはずだ。


「ああ。先ずはアリシア先輩達に連絡を取らないと……」


 私は半ば強引に思考を切り替える。

 街に広がる噂から、どうやら前カリス王は処刑されたらしい。

 これで名実ともに神聖カリス王国の誕生だ。

 アルフヘイムから兵を借りたといっても内戦だ。減った国力はそう簡単には回復しないだろう。おまけにアストリアに続いてオリンポスまで独立した……

 先ずはどの国も内政に努めなくてはならない。すぐに戦争になることはないはずだ。

 


 考えているうちに、少し眠っていた。

 それから私は起き上がると、やっておかなくてはならないことを思い出す。


 何度か魔導具で連絡すると繋がった。

 アリシア先輩に用件を伝える。闇の鎧のペンダントの引き渡しの件だ。

 あと逃げ出した形になってしまったことを謝罪し、許してもらえそうかも聞いてみたところ、牢番のエルフを助けた形になったので不問にされたらしい。良かった……


 向こう側の話を聞くとアルフヘイム女王は今、神聖カリス王を労うためカリスに滞在中らしい。アリシア先輩達に会談の場を急遽設けてもらうようお願いした。


 そうして数日連絡を取り合い、神聖カリス王国とアストリア王国の国境の街での会談が行われることとなった。アルフヘイム女王とアストリア王の会談だが、盟約のせいで神聖カリス王も参加する事となった。


「国として認めないと言われるだろうか……いや、それは向こうも同じはず。……まあそれはそれとして、先ずは約束を果たしてアリシア先輩達を返してもらおう」


 私はそうして会談の事を考えていると、いつしか眠りに落ちていた。



 †



 神聖カリス王国では領主が討たれたり、元貴族からの私財の没収など、大幅な刷新が行われて混迷を極めていた。

 一方、アストリアにおいてはそれほど体制が変わったわけではない。

 元々華咲家が領主だったのだから、それがそのまま王族になっただけだ。行う仕事もさほど変わらない。だからといって忙しくないわけではないが……


 貨幣などが新しく造られるだろうが、基本的に金貨、銀貨、銅貨に違いはない。アストリア金貨などと呼ばれて形が多少変わるだけだ。

 価値が変わると各国をまたにかける商業ギルドや冒険者ギルドなどに怒られるらしい。それで滅んだ国もあるとかないとか……。また旧カリス通貨も使えるようにしてある。


 他には学園が王城として改装中だ。謁見の間などは新しく造られるが、学園としての機能もそのまま残っている。それでも物々しい感じになってしまったのは否めないが。


 私は学園に来ている。いや、もうアストリア王国王城というべきだろう。


 改装中の王城を見ながら歩いていると知人を見つけた。その現場監督さんに声をかける。


「何だかあまり変わった気がしませんね」


 失礼かもしれないが、それが私の素直な感想だった。


「そりゃそうだ。元々ダンジョン監視用の城塞だったんだ。元に戻してたって感じだろう」


 その程度で、現場監督のドヴァンさんは怒らない。私の性格を知っているからだろうか……


「なるほど、そうだったんですね。でもそれってかなり昔の話ですよね。良く知ってましたね」

「知らなくても見ればわかるさ。どんな目的で造られたかくらいはな」


 やっぱりこの人、凄いんだなと改めて感心する。


「それはドヴァンさんだからですよ。私にはわかりません」

「そうかね? 形あるものはいずれ壊れると言っても、だからこそ何十年、何百年後にもこうして何かを伝えるってのは造り手の夢よ。ならワシらはそれをちゃんと受け取らねばな。お前さんのその本と同じさ」


 そう言ってドヴァンさんは青の書を指した。


 そうか……ドヴァンさんはお婆ちゃんの知り合い。というより同じパーティーメンバーだったらしい。

 青の書を見ると、当時のお婆ちゃんを思い出すのだろう。私は幸運にもお婆ちゃんに再会することができた。

 ただそれは散華ちゃんと蓮華姉さんに流れる女神の力によるところが大きかったと思う。ドヴァンさんが会うことはきっと無い。


「建築の事はわかりませんが、そう言われるとわかる気がします」

「ああ。お前さんは確かに受け取っているさ」


 私は少しだけ気を良くしてドヴァンさんに別れを告げる。

 そして着々と進んで行く工事現場を後にして散華ちゃん達のいる仮設の玉座へと向かった。



 †



 仮説の玉座に散華ちゃんが座っている。

 その前には円卓が置かれ、散華ちゃんの隣には蓮華姉さんとツヴェルフさんが座り、他の席にアリス、クリスティ、リリィなど元学生会の代表が座っている。

 見慣れない顔は都市運営に関わっていた役人達だろう。各ギルドからの出向者もいるようだ。その中にグランさん、アンナさんも来ていた。


「来たか……早速で悪いが報告してくれ」


 そう言う散華ちゃんには疲労の色が見て取れる。直截的になっているのも疲労からだろう。

 家督を継いだ上に王になったのだ。元から責任感の強い性格だ。重圧も相当なはずだった。


 また神聖カリス王国は大幅な刷新を行っている。そのためこちらも神経質にならざるをえない。しばらくは戦争は起こせないはずだが、絶対とは言い切れなかった。


 つまりは私達が支えてあげなくてはならない。


「はい陛下。アリシア先輩達と連絡が取れました。国境の街で三国の王による会合が行われる運びで動いてもらっています。警備体制も協議の上、万全を期して行う予定です。陛下には当然参加していただきます」

「そうか。わかった」


 疲労の色を滲ませながらも散華ちゃんは深く頷く。それを見ながら私は続けた。


「それと対応は向こうの出方次第ですが、もし国として認められない場合や属国として扱われる場合などは毅然として対応してください。あちらの狙いはこの国のダンジョンですから。ただ、この国を脅かさない範囲内であれば譲歩はしても良いと思います」

「うむ。心得た」


 アルフヘイム女王はともかく神聖カリス王はあの性格だ。何やら吹っ掛けてくる場合は戦いを辞さぬ覚悟も必要だろう。

 といっても散華ちゃんはいつも通りで良いはずだ。性格が毅然としているからな。


「陛下……随分とお疲れの御様子。しばらく休んでいてください。後は我々が進めておきますので」

「いや、すまない。心配をかけたな。どうにもまだ慣れなくてな。だが、もうしばらくは大丈夫だ」

「わかりました」


 皆が心配そうに見つめるが、そう言うなら散華ちゃんに負担がかからないように進めて行くしかない。


 以降の役人達や各ギルドの対応には、蓮華姉さんが行ってくれた。蓮華姉さんは慣れたものだった。

 学園に先生として来るぐらいだから、以前からの付き合いがあるのだろう。さすが王妃、できる女だ。


 警備に関連して「暗黒騎士団」と「聖騎士団」が正式に採用となった。暗黒騎士団の団長をグランさん、副団長にアリスとアンナさん。聖騎士団の団長をクリスティ、副団長をリリィが務める事となった。

 この面々は場合によっては国内各地に赴いてもらう事になるが、大抵の問題なら冒険者達が解決してしまうのでそうそう動くことはないだろう。


 そして新たに「近衛騎士団」も作られた。団長はなんと華咲家執事の藤乃が務める。副団長にはツヴェルフさん。

 近衛騎士団には精鋭の冒険者パーティー「桜花」の面々と華咲流の師弟に入ってもらうことになった。


 蓮華姉さんに華咲家の方は大丈夫なのか聞いたら、お爺様がいる限りは大丈夫だそうだ。

 それとお母上の意向でもあるらしい。それには藤乃も困惑していたそうだが、どうしてもこちらの方が心配だという話になったのだそうだ。


 ついでに言えば私は宰相になった。

 散華ちゃんの「お前が言い出したのだから、しっかり働けよ」という視線に屈してしまったのだ!


 くっ、こんなはずでは……いや、大丈夫だ。家には有能な三魔族がいる。特に有能なリリスに丸投げすれば上手くやってくれるんじゃないだろうか。

 いや、丸投げは拙いな……私の純潔が危険な気がする。やはり分担してお願いしよう。



 今日の議題が終わり皆が解散した後、私は着席したまま瞑目して考える。

 正直、師匠にも手を貸してもらいたかったが、「前にも言いましたが、そう言う場は苦手です」と断られてしまった。相変わらず奥ゆかしい。アイリスも預けてあるので、無理は言えない。


 ただ気になるのは散華ちゃんが王様になってから師匠とは疎遠気味になりつつあることだ。師匠はそうした目立つ行為は避ける節があるからだ。

 本来なら教皇位くらいに就いてもらいたいと思うのだが、了承はしてもらえないだろう。実に奥ゆかしい。


 つまりは国として働けば働くほど、師匠と疎遠になっていくという困ったことになっている。


「ううむ。奥ゆかしいのは師匠の美徳だが……聖人すぎて疎遠になるとは想定外だった……」


 もっと言うなら散華ちゃんを取るか、師匠を取るかという天秤状態になりかかっている。自分で王にまつりあげてしまった手前、散華ちゃんを取らざるを得ないのだが……。師匠の方にも何かフォローをしなくては……


「天秤か……師匠の仕える女神様はこの国の名前の由来だったな……」


 順調に進んでいるはずなのだが、そうした小さな罅のようなものが、いずれ何かを大きく壊してしまうのではないかと私を不安にさせるのだった……



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