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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(上)
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『アストリア領が独立を宣言。王はアストリア伯の次女』どこもこの噂で持ち切りだった。


 賢明な領主ならば前王と新王が潰し合うのを見てから判断すべきなのだろう。実際、その通りで静観の構えを見せている領主は多かった。


 だが、これは散華ちゃんが言った通り復讐なのだ。嫌がらせのようなものだが、だからこそ意味があった。

 さらには新王とアルフヘイム女王が密約を交わして、アストリア領を取り上げようと画策していてもそれを無効化できる。


 この独立宣言は各国、各地に激震を走らせた。この宣言によって触発されたカリス北部オリンポス領が同じく独立を宣言した。

 さらにこれによって各地の領主達は疑心暗鬼に陥った。互いを牽制(けんせい)し合い、動けなくなったのだ。



 そしてそのことについて最も激怒している男がいる。ティタン領に逃げ延びたカリス王である。


「ふざけるな! 一体何がどうなっておる! アストリアに続いてオリンポスまで独立だと? 誰が許した? 王たるワシに何の断りもないないではないか!」

「ははは……やられましたね。これでは各地の領主の動きは封じられたようなもの。援軍など送れないでしょう。まあそれはあちらも同じはずですが」


 王にそう言いながらティタン伯は乾いた笑いをあげる。

 領主が援軍など送ろうものなら自領が攻め取られる。

 アストリアはともかく、オリンポスに限って言えばそれが狙いだろう。オリンポスの軍備増強の情報は届いている。漁夫の利を狙っていることは明白だった。


「あの賊共を倒したあとは、アストリアとオリンポスを潰さねばならんな!」

「ええ。もちろんですとも」


 憤懣やるかたなしといった王に対して、追従するティタン伯だったが、そこへ兵士が駆けてくる。


「報告します。賊軍、動きました!」

「来たか。全軍出撃!」


 ティタン伯の号令で慌ただしく兵士達は駆け、出撃を知らせていく。


「では王よ。参りましょう」

「うむ」


 この一戦に勝利し、そのまま王都を奪還する。それ以外に道は無いことは分かり切っていた。

 かくしてカリス王とティタン伯を筆頭に全軍は決戦の地へと出陣した。



 †



 決戦前日、夜の野営地。斥候からの情報で、明日には両軍が衝突する。


 各所に焚かれた篝火(かがりび)が男の顔を照らし出す。光の勇者と呼ばれた男は今は神聖カリス王と呼ばれる。


「遂にここまで来たな……」


 感慨深気に言葉にだすとローレンは静かに瞑目し、己の過去を振り返る。



 かつて勇者は魔王と呼ばれた存在を倒したらしい。

 以来、勇者という職業が定期的に決められてきた。そう、決められてきたのだ。それは魔王はいずれ復活するという予言があったためだったが、実際のところ皆半信半疑だった。

 しかしながら何かあった時のために、非難を避けるべく念のために置いたものだった。つまりは民衆の不安を取り除くための制度であり、いざとなったときのために責任を取らせるための装置だった。


 勇者には特別な才能が必要なわけではなく、言ってしまえばそれらしく見えれば誰でも良い。

 俺は幼い頃から人よりやや光属性に親和性があった。周りにいた奴等も悪かったのだろう。それを誇張して吹聴したのだから。それらの大半はもちろん金のためだろう。

 そうして気づけば俺は光の勇者として奉りあげられていた。


 ただ例外として一つ挙げるなら、俺には姉がいた。本当の姉弟かどうかは知らねえ。王都のスラムなんてそんなもんだ。


「ローレン、貴方は光の勇者なのよ。私の希望なの」


 目を輝かせて本気でこういう事を言う残念な姉だったが、気持ちが分からないではない。スラムで生きていくには希望が必要だ。


 そんなことをいつも言っていたものだから、衛兵に追われたことなんて何度もある。

 それがいつかどこぞの貴族の耳に入り……言ってしまえばお決まりの展開だろう。先も言った様に誰でも良かったのさ。


 姉? さあな、それ以来会っていない。金でも掴ませて追い払われたのなら運が良い。殺されて無ければ運が良い。そんな場所だ。


 いや、あの姉がそんな金を受け取るはずなかったな。ならば殺されたのだろう。愚かな姉ではあったが、本気で俺を勇者だと信じていた様子だった。そこだけは尊敬している。


 ともかく、そうして俺はその貴族の功名心から奴に引き合わされた。奴はその国の王だった。

 豪華絢爛な宮廷に通された俺は立派な衣装を着せられていた。

 それは全て自身の権勢を誇るためであり、相手のことを考えてというわけではもちろんなかった。


 羊頭狗肉。見てくれだけ立派で中身がない。

 煌びやかな宮廷はスラムより醜い。そう、悟るのに時は必要なかった。


「今日からお前が光の勇者だ。励むが良い」

「……はい」


 それは傀儡として、己のために働けという意味だ。

 だが、スラム上がりの少し光魔法が使える程度のガキに、拒否権などあろうはずがなかった。


 誇らしい? 馬鹿を言え。何だよ光の勇者って……魔王を倒してすらいないのに。滑稽にもほどがあるだろ。


 こいつは俺に嘘を強要する。ああ、反吐が出そうだ。


 そうして俺は地位を得たが、それは奴も同じだった。そうして俺は奴の指示で各地の魔物退治を余儀なくされた。奴が玉座でふんぞり返っている間に俺は何度も死にそうな目にあった。

 そんな状況で俺がそれに気づくのに時間はかからなかった。


 こいつ要らねえな……と



 決戦前で気が昂っていたのだろうか、野営地の焚き火をそうしてしばらくぼんやりと見つめていた。

 俺がそうして感傷に浸っていると目の前に巨漢がやって来た。俺はそいつに声をかける。


「もういいのか、ダン?」

「ああ。手加減されたからな……」


 ダンは苦い顔をしながら言った。今まで怪我で寝込んでいたのだ。

 いや、正確には疲労だ。怪我は魔法で治っていたが、疲労は治らない。死の恐怖を感じるような疲労なら尚更だった。


「戦えるのか?」

「どうだか……今でもブルってるよ。あんな化物は初めてだ。でも将軍が戦わないわけにはいかないだろ」

「フッ、お前が将軍とはな……」

「お前がそうしたんだろ? それに俺はお前が王の方が驚きだよ」

「ふん。俺もそう思ってるさ。だが、明日で一先ずの決着はつく。まあ……なんだ、明日は頼むダン将軍」


 俺の言葉にダンは驚いて、目を見張っている。


「驚いた……お前がそんな事を言うなんてな。いや、かしこまりました。神聖カリス王様」


 畏まって膝をつくダンに王は言った。


「お前の方が似合わねえよ」


 そうして互いに笑い合う。


 アストリアが独立するとは思っていなかったが、元々アルフヘイム女王へ捧げる約束だった。交渉か戦争か……今後どうなるかは分からないが、先ずはこの戦いの結果次第だろう。オリンポスについても同様だ。


 こちらの王城はアルフヘイムの精鋭が護っている。たとえ奇襲を受けても問題は無い。あのアルフヘイム女王を味方につけたのは大きかった。


 憂いはない、俺たちは目前の敵を倒すことに集中するだけだ。決戦前に静かに闘志を燃やす二人だった。



 †



 そしてその日の早朝。ティタン領、ゲベート平原にて、両軍は激突した。


 特筆すべきことも無く、当然のように勝利を手にしたのは神聖カリス王国軍だった。

 アルフヘイム王国という大国が援軍を送った。さらにアストリアとオリンポスの独立が周辺の領主を警戒させたため前カリス王軍は孤立無援に陥った。

 前カリス王軍の上層部はともかく兵士達は負け戦だと感じ取っていたため、離反や脱走が相次いだ。そのため兵士達の士気は著しく低かった。

 カリス王や貴族達は机上の空論ばかりで現場を混乱させただけだった……など理由をあげればきりがなかった。



 ほどなくカリス王は捕らえられ、ティタン伯を筆頭に旧貴族たちは戦死した。圧勝ではあったが、敵味方共に戦死者は相応の数に上った。


 幕舎に備えられた簡易の玉座で光の勇者こと、神聖カリス王は戦の終わりを静かに見つめていた。

 だがその現実を受け入れられない者は喚く。その者は喚き散らしながらも、兵士たちによって新王の前に突き出された。


「貴様等許さんぞ! ワシを誰だと思っておる! この国の王だぞ!」


 それに応える者はこの国の新王となった者だ。


「知っていますよ。だから責任をとっていただくのです」


 一応の礼儀として丁寧な言葉使いで告げる勇者にして、神聖カリス王、ローレン。当然ながら対した相手は激昂していた。


「ハッ! 責任だと? ワシの許で甘い汁を吸った貴様が責任と申すか!?」

「否定はしませんよ。ですがそれは貴方も同じでしょう? 」

「フン! ただの光属性魔法が得意なだけのスラムの小僧が偉くなったものだな。何が光の勇者だ。全てワシが与えてやったものではないか」

「ええ。そうですね。その通りです。全て貴方が仕組んだ事だ。あんたはそうやって嘘をつきすぎた」


 立場が逆転し、玉座から見つめる冷ややかな視線は、罪人として跪いた前王へと無感情に送られていた。


「嘘? 何が悪い? 神に呪われた人間を魔族と呼び。世界を支配した悪魔を神と呼ぶ。そうやって言葉を換えるだけで、それをさも別のものの様に扱う者達を何と呼ぶ? 『有識者』だそうだ。嘘つきと何が違う? この世は嘘に満ちているではないか!」

「……そしてエルフの奴隷を使用人と称して売買を行ったのですか?」

「知らんな……ワシの所に上がってくるのは報告だけだからな」


 そこまできて、この不毛な議論に盛大なため息を漏らすローレン。


 やはり、こいつは駄目だ。王としての覚悟も矜持も何もない。


 新王は断罪するべく玉座から立ち上がると、剣を手に取った。


「また嘘ですか……王城に囚われていた者達は解放しましたよ。わかりました、もう結構です。死んで償ってください」

「待て! わかった謝罪する。アルフヘイム女王にも頭を下げよう。この通りだ」


 一転して顔色を青ざめさせた前カリス王は頭を下げた。

 しかし、ローレンはため息をついて告げる。


「嘘ですね。本当に嘘がお好きなようだ……」

「貴様ッ!……」


 剣の一閃、次の言葉を発することなくカリス王は首を刎ねられていた。


「聞くに堪えんな……」


 返り血を浴びた姿でローレンは佇む。その剣からは血が(したた)り落ちていた。



 この一戦はカリス王とそれに付き従った皇族、貴族の処刑によって幕を閉じた。これによって旧カリス王国は壊滅。独立したアストリアとオリンポスを除き、正式に神聖カリス王国となった。



 以降、大々的に捜索を行った新王は各地に隠された奴隷達を発見、解放した。

 そこで繋がりのあった犯罪者は処刑され、その中には領主もいた。そうして国内の奴隷達は解放されたが、殺されてしまっていた者達も数多くいた。


 しかしこの一連の争乱は国内から、そしてアルフヘイム王国からも新王は英雄視され、勇者王と呼ばれることとなったのだった。



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