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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第二章 アルフヘイム編(上)
51/186

落書き

 アルヴィトの館に泊って一夜明けた次の日。


「リリス。進行状況は?」

「もうあと一歩で陥落ですわ」

「流石だ。引き続き慎重に遂行を頼む。これは最重要任務だ」

「このまま続けてもよろしいのですわね?」


 そのリリスの確認には少しの罪悪感のような憂いがあった……。


「ああ。最早、ここに至っては止まることなどできはしない。たとえ私たちに罪悪感というものがあるとしてもな……」

「悲しいですわね……」

「そうだな……」


 リリスに同調して悲しみの表情をたたえつつも、この時の私は内心で悦に入っていた。

 なぜなら後一歩と聞かされたからだ。


「何が最重要任務なのかしら?」


 浮かれすぎた私は背後からの声に振り返らず答えてしまっていた。


「フッ。エリス陥落計画だよ。奴めあんなエロバディなくせに鉄壁のガードを誇って付け入る隙が無いのだ。まさに難攻不落の要塞……。あの偽、妖艶め! 必ずやこの旅の終わりまでにリリスクラスへと成長させて……ん?」


 何か物凄いプレッシャーを感じて振り返る。


「ほう……詳細を話してもらおうかしら」


 あ、エリスさんいたんですね。


「あっ! エリスさんおはようございます。良い朝ですね」

「誤魔化そうとしても遅いわよ!」

「くっ。エリスのくせに昨日からやけにできる子になりおって!」

「悪態をついても無駄よ。ソニア。白状しなさい」

「……はい」


 むう。不覚。何とか穏便にと説明をする。


「いや、攻城戦? と言いますか。睡眠学習的な? アレで」

「つまり私に何したの?」


 しどろもどろに説明をしていると、エリスの視線がきつくなる。


「……エリスが寝てる間にリリスの夢魔的なアレを送り込んで夢の中で私が好きになるように……」

「どおりで最近、朝から疲れてると思ったら……」

「大丈夫。潜在意識下で私のことがちょっと好きになるぐらいだから問題無い……」


 そう言って穏便に許してもらおうとしたのだが。


「フフフ。ご主人様は謙虚ですからね。私が過激にアレンジを……すでに陥落一歩手前と申しましたわ」


 ちょっとリリスさん何してくれてんの? エリスさんの顔が真っ赤じゃないですか。

 リリスが有能すぎて怖い。


「貴様ら……」


 小一時間正座でエリスの説教を受けた後、廊下でも正座させられました。


「足がァァァ……」


 痺れて感覚が……


「フフ。これはこれで……」


 隣で同様に座るリリスは平気そうです。

 そこへ通りかかったアリシア先輩とアルヴィトには「何してんの?」と不審がられました。


「朝の瞑想を少々……」


 強がっておきました。



 †



 せっかくエルフ達の王都へ来たのでアリシア先輩に案内してもらう事になった。

 エリスは朝の一件で微妙に私を警戒していたため、リリスに任せる事にした。


 リリスの言では「警戒ではありませんわ。気になっているのです」とのことだったが本当だろうか……

 エリスは嫌がっていたのは言うまでもない。

 そうしていくつかの店を回りながら私の目的の店へ向かった。

 アリシア先輩が説明してくれる。


「ここが王都一の魔法書店らしいわよ」

「流石に魔法が得意と言われるだけありますね」


 そこは王都だけあって広く大きな魔法書店だった。

 歴史ある外観もさることながら内装も落ち着いていて素晴らしい。

 そうして本を見て回っていたのだが、何やら店先が騒がしい。店員さんの声が聞こえてくる。


「またかよ……。最近多いよな」

「ああ。しかもなかなか消えないんだよな」


 私同様に気になったのか、アリシア先輩が「どうしたの?」と店員の男に聞いている。


「ああ。落書きだよ。小さい薔薇の絵だが数が多くてね。客からも不気味がられて困ったものだよ」

「そうなんだ」


 見ればその壁には確かに落書きがあった。目立たない場所なので気づきにくい。

 毒々しいまでに真っ赤な薔薇の絵だ。


「これは確かに不気味ですね。よし私が綺麗な青薔薇にしてあげよう」

「ちょ、ソニア?」


 私は(かばん)から愛用の青インクを取り出して書き足すと……


 そこには気持ち悪さの倍増した禍々しいまでの紫色の薔薇? が出来ていた。


「これは……まるで魔物(モンスター)ね」


 アリシア先輩が冷静に評価していた。


 対してその隣で店員さんは激怒していらっしゃいました。


「何してくれてんだァ!!」


 いや綺麗にしてあげようと、と言い訳しても絵が絵だけに聞き入れてくれないだろう。


「……ごめんなさい」


 素直に謝罪するのだった。


 うむ。自分でも驚いた。

 きっと元が悪かったのだ! 私のせいではない……はず。

 そういう問題ではない?


 何とか謝ってから消すのを手伝って許してもらいました。


「うう。落書犯のせいで酷い目に遭った……許すまじ」

「ソニアの行動の方が驚きよ」

「仕方がないのです。あれは私に、いえ我々のパーティー、青薔薇に対する挑戦状だったのです!」

「そう……」


 私の言い訳はスルーされました。アリシア先輩には「困った子ね」と言う目で見られました。

 わかってます。ただの言い訳です。


 そんな事があって気落ちして館へ帰るとアルヴィトが待っていた。

 ミスト将軍からの使いが来たそうで、明日登城するようにとのことだった。


「いよいよか……」


 気落ちしてなどいられない。このために旅して来たのだから。



 †



 占い師の館のような薄暗い場所で男と女が会っている。

 男は商人の格好で女はそのまま占い師の格好だ。

 占い師の女の方から口を開く。


「久しぶりね。薔薇十字(ローゼンクロイツ)

「……久しぶりですゲンドゥル。ただ、あまり本名を言ってほしくないんですがね。何度も言ってるかと思いますが、私は本名は隠匿するよう教わりましたので」

「本名? たしかクリスティアンだっけ?」

「知ってて言ってるでしょう? 相変わらず性格が悪いですね。安心しましたよ」


 ゲンドゥルと呼ばれたダークエルフの女はククッと笑うと。


「貴方がこの街で悪さをしている罰よ。この街は私に任されているはずでしょう?」

「とんでもない。悪さなんてしてませんよ?」

「とぼけても無駄よ。あんな落書き貴方しか有り得ない」


 それについては知らぬ存ぜぬを通すらしく、対した男は何も言わない。

 だからというわけではないが、ゲンドゥルは切り口を変える。


「……しかしそれに手を加えて恐ろしい化物を創り出したあの娘は何者かしら? 今思い出しても鳥肌が立つわ」

「はて、何の話でしょう?」


 それには興味を示したのだろうか……

 やはりと思いながらも、それ以上はお互いのために踏み込まない。


「ちょっと書店に寄ったら嫌なものを見ただけよ。気にしないで」

「そうですか……」

「謁見の準備は整ってるわ。ただ、私は行かないわよ。あの三姉妹、苦手だもの」

「分かりました。ありがとうございます」


 そう言って薔薇の男は占い師の館を出る。

 外では二人の男が待っていた。

 その片方、光の勇者と呼ばれる男が声をかける。


「もういいのか?」

「ええ。お待たせしました」

「しかし、薔薇十字ねぇ……」

「聞かれてしまいましたか。私は本名を知られるのは魔術的によろしくないとの教えを受けましてね。まあ、半ば迷信の様なものですが……ジンクスってできるだけ守った方が気分が良いでしょう?」

「そういうもんかね……」


 全く分からないというように勇者は答えていた。


「ちょっと書店に寄ってもよろしいでしょうか? 少し気になる事がありまして……」

「ああ。俺はパスだ。適当に暇つぶししてるさ。ダンを連れてけよ」

「そうですか。わかりました。ではダンさん行きましょう」

「俺の意思は? まあ、どうせ道も分からねえし、いいけどよ……」 

「はいはい。行きますよ」


 そう言って薔薇男とダンは勇者と別れ、書店へと向かった。


 魔導書店へ着くと薔薇男は何かを探すようにじっと壁を調べている。

 不審に思ったダンが尋ねる。


「入らねえのかよ。何してんだ?」

「落書きを探しているのですよ。気になることを言われまして」


 薔薇男はそう言いながら熱心に壁を調べる。


「確かこの辺りだったはず……ふむ。綺麗に消されてしまってますね。限定的に時間を巻き戻して見ましょうか」


 薔薇の男が懐から金縁の懐中時計のような魔導具を取り出す。

 壁に方手を当てながら、もう片方の手でそれを操作すると壁に絵が浮かび上がってきた。


「うお! 気持ち悪っ! 何のモンスターの絵だ? 夢に出てきそうだ」

「フフ。これは……。私に対する挑戦状ですね」


 ダンの感想に対して薔薇の男の反応は違っていた。


「何でだよ!?」


 思わず突っ込んだダンだったが……


「ダンさん、あとはお任せします。」

「あ、おい。何だ? 急に逃げるように……全く意味がわからない」


 薔薇の男が去ると、ダンの後ろから声が掛かった。


「またしてもッ! 貴様が落書き犯だな!」

「いや、ちがうよ? ん? でもあいつが犯人なら仲間になるのか?」

「……認めたな」


 ダンは店員さんに小一時間説教された後、今まで見つかった落書きを消して回ることになるのだった。


「なんで俺が……しかも全然、落ちねえ……」



 †



 次の日、私達は予定通り登城する。

 巨大な白亜の宮殿。その存在に圧倒されながら進む。


「間近で見るとさらに荘厳に感じますね」

「ふふ。私も久しぶりだから新鮮に映るわ」


 私とアリシア先輩が感想を言いつつ、私達は王宮へと至る白亜の階段を登る。

 すると王宮の広場で私達と反対に帰る人々がいた。その中に知った顔を見つける。


「ダン!? なんでいるのよ?」


 ダンは巨漢なので見つけやすい。特に驚いていたのは、やはりこの間まで同じパーティーメンバーだったエリスだ。


「ああ。エリスか。そうだな。エルフの王都だもんな。帰って来てたんだな」

「俺もいるんだがな」


 隣で声がした。それを見て私達は唖然、いや絶句と言った方が正しいだろう。

 初対面のリリスは首を傾げるだけだったが……


「!? な、なんでアンタが……」

「そりゃ、驚くよな。俺も驚いたもん」


 驚くエリスに同情するようにダンは言った。

 そうダンの隣にいたのは死んだはずの光の勇者──


 はっ! いかん、あまりの驚きで思考が停止してしまった。

 これはまずい。まずい……のか?


 様子を窺うも特に光の勇者はこちらに気づいた風でもなかった。


 うん? というより知らない人扱いだった。

 その様子を見て私は、はっ! と天啓のように気づいた。


「分かりました。双子の弟さんですね」

「なるほど」

「ぶふっ」


 私の言葉に納得するエリスとは反対にダンは吹き出す。


「双子でも三つ子でもねえよ。ああ。そりゃ俺が死んだのは広まってるから仕方ねえが、本物だよ」

「なん、だと……」


 勇者が不満げに訂正した。本物だと?

 あれ? じゃあなんで私達に気づかないんだ? 大会で戦ったはずと思い出すと……


 あの時は闇の鎧で顔を隠してたことに思い至る。ならセーフだな!


「そうなんだ。勇者だから生き返ったんだ!」


 ダンが分かるようで全く意味がわからないことを言う。


「そ、そう。良かったわね」


 エリスも混乱気味だ。


「……でも謝らないわよ。貴方は蓮華を襲ったんだから」

「要らねえよ。こっちも謝る気はないしな。それにもう済んだことだ」

「そう……ならどうしてここにいるのかしら?」

「ただの野暮用だよ」


 目的を言う気は無さそうだった。

 勇者がちらりとこちらを見る。


「お前……どこかで会ったか?」

「初対面です……よ」


 私は白々しい嘘をつく。チッ、勘のいい奴め。


「そうか……」


 だが、気付かなかった様子だ。私はホッと胸を撫で下ろす。

 そこへ一人の男が現れる。


「いやー、広くて迷ってしまいましたよ。すいませんお待たせしてしまいましたね」

「別に待ってねえよ。ちょっと昔馴染みに挨拶してただけだ」

「おや、これはこれは。確か青薔薇? いえ、クールビューティー? の皆さんでしたか。」

「ん? その変な名前どこかで聞いたような……」


 まずい! 勇者が気付きかけている。いや、変な名前って失礼だな!


 っていうか何者だ?

 勇者でも気づいて無いのにどうしてわかった? しかもなんだか薔薇臭い。

 私は誤魔化すように話しかける。


「いやいや、薔薇の匂いがきついのは貴方でしょう? どなたです?」

「赤薔薇で結構ですよ。青薔薇さん」


 そう言いながら薔薇男はニヤニヤしている。


 青薔薇にされた。青薔薇は嫌いじゃない。いや、好きなものだ。

 だが、何だこいつは! こいつに言われると何故か腹が立つ。

 そう私が多少、苛ついていると。


「女王陛下を待たせるわけにはいきませんわね。行きましょうか。では皆様ごきげんよう」


 こちらの意を汲んだリリスが、やや強引に話を終わらせて私達は謁見へと向かう。


 その去り際、薔薇男が囁くように私に告げる。


「挑戦状……確かに受け取りましたよ」

「貴様……」

「然るべき時、然るべき場所で。舞台は用意させて頂きますよ」


 薔薇の男はそれは楽しそうにそう言い残すと、勇者たちと共に去って行った。

 男達が去ると思考が冷静に戻る。


 はて? 挑戦状? ついノリで答えてしまったが……

 アリシア先輩が心配そうに尋ねてきた。


「何の話?」

「わかりません。人違いですかね?」

「そう」


 私には全く心当たりが無いのだった……





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