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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
序章 青の魔女
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Lock-on ――挿絵

 学園を囲む森の中。

 その小さな聖堂は建っている。

 祀られているのは都市名の由来でもある女神アストライアだ。

 学舎からは離れているのでそこに通う人は稀だった。


「私はそれが良いと思っているのですが、女神様にとっては嘆かわしい事なのでしょうか?」


 そう言葉にしたのは黒の修道服に身を包んだ美しい修道女(シスター)だ。ショートの黒髪に切れ長の涼やかな黒瞳。首から剣と天秤をあしらったロザリオをかけている。


 祭壇前で彼女は静かに祈りを捧げる。

 祈りの言葉と共に聞こえて来るのは、謳うような虫の音、あるいは鳥の囀りか……

 それはまるで聖画の様相で。

 私は声をかけるのを躊躇(ためら)ってしまっていた。

 いや、見惚れていたと言う方が正しいのかもしれない。

 私とあまり年は違わないはずだ。それなのにこの落ち着き様はどういうことだろうと思う。


「……ソニア。声をかければいいでしょう?」



挿絵(By みてみん)



 どうやら私に気付いていたらしい。


「弟子が待つのは当然でしょう? 師匠」

「私の弟子にした覚えはありませんが……剣の稽古ですか?」

「はい。よろしくお願いします」

「分かりました。準備しますので裏庭で待ってください」

 

 私は彼女に返礼をして裏庭に出る。

 彼女を紹介してくれたのは教授だ。教授の教え子で、娘のような存在だと言っていた。


 私が軽く身体を動かして準備をしながら待っていると、師匠はやって来た。

 私は短剣(ダガー)を両手に構える。それは師匠も同じ。彼女から習ったのだから当然か。

 それをただひたすら打ち合う。それだけの稽古だ。時折、おかしいところは指摘してくれる。剣の稽古なので基本的に魔法は使わない。


 以前は本当に酷かった。体力が無いだけでなく、体の動かし方が分かっていなかった。何より愚かだったのは私自身がそれでいいと思っていたことだ。魔導師はそういうものだと。

 しかし魔物はそれほど甘くない。隙を見せれば即、死体だ。あのまま冒険者をやっていたらと思うとゾッとする。

 先日の件も、たったそれだけの事が明暗を分けた点は否定できない。

 今では少しはマシになったと思う。


 私は雑念を追い払うようにして身体を動かす。

 足さばき、腰の捻り、腕の振り、総てを連動させるようにして斬撃を放つ。

 他にも重心、視線、呼吸と意識することは多い。

 師匠は軽く受け、流し、返してくる。

 一方でこちらは必死だ。どうにか受け、流し、返す。


 カンカンカンカン……とリズムよく剣と剣がぶつかり、金属音が鳴る。


「ソニア。私を見てますか? 自分だけ見ていてはだめですよ? ちゃんと私も見てくれないと」

「冗談が言えるなんて余裕ですね。ガン見ですよ! 視姦してやりますよ!」

「下品な言葉を使いましたね。少々、イラっとしました。お仕置きです!」


 私の軽口に、師匠の剣撃の速度が上がった。気品を大事にする師匠には、言葉を選ばなくてはこうなる。


「師匠からのお仕置き……なんて甘美な言葉……くっ……!?」

「貴方の方こそ余裕があるみたいですね。では、まだまだ行きますよ!」


 更に速度が上がる……


 余裕なんてあるはずがないよ!!


 最早、私は言葉を返す余裕もなかった。

 うっ、はっ、あっ……と呻くばかりだ。

 私は大量の汗をかいているが師匠は涼しい顔だ。私と違って無駄な動きが無いからだ。


 怪我をした時は師匠が直してくれる。修道女なだけあって回復魔法が得意だ。

 私も使えないわけではないが、彼女ほどでは無い。

 そんな彼女だが、実は回復魔法を覚えるのにはとても苦労したそうだ。彼女は努力家だった。


 そんな稽古を続けていたが私はすぐに限界がきた。


「疲れましたか? 動きがバラバラになってますよ」

「ハァ、ハァッ……息が……。ハァ、ハァ……限界……」

「今日はここまでにしましょうか」


 そう言って師匠はスッと構えを解く。その洗練された美しい所作は見事と言う他ない。

 無様な私は必死に息を整える。


「ハァ、ハッ……。ありがとうございました」


 そう言うと私は地面に倒れ込んだ。裏庭の綺麗に整えられた草地が心地よい。

 そこに緩やかに流れる風はまさしく神の息吹かと、体感させられた。


 私はなかなか息が整わなかったが、対して彼女はやはり涼しい顔だ。

 正直遠いなと思う。だが諦めるわけにはいかない。たとえ今は無理だとしても。

 何より私が彼女を欲しいと思っている。天を仰ぎながら目を閉じて彼女の残像を思い返す。

 脳裏に焼き付けるようにして、彼女の美しい動きを繰り返し回想する。


 いつか届くために……


 しばらく休んで息が整うと、裏庭の隅にある鉄製の長椅子へと向かい腰をおろす。

 そこで休みながら師匠と話す。


「師匠。今度、家で合宿することになったんです。師匠も参加して下さいよ」

「何故私が? 騒がしいのはあまり好きでは無いのですが?」


 うん。知ってた……師匠は奥ゆかしいのだ。多少強引にでも話を進めなくては聞いてくれない。


「それは師匠が私達のパーティーに入るからです」

「その話は断ったはずですが……」

「私も()()無理だと思っています。何より私の力が足りない。それは自覚しています」

「なるほど、本気の様ですね。ならば私も応えましょう。その通りです。ちぐはぐなバランスはどちらにとっても不幸を招きます。本来ならば今の稽古に加えて魔法も同時に使える様にならなければなりません」


 確かにその通りだ。チリッとした痛みと共に先日の失敗が頭をよぎる。

 知ってか知らずか……。師匠の辛辣な言葉に私はぐうの音も出ない。


 だがここで引いてはいられない。

 亡くなった者達のためにも私は前へ進むと決意したはずだ!

 私は切り替えるように息を整えた。しっかりと意思を伝えるために。


「師匠。いえ、アイリーン・アグライア。必ず貴方を捕まえて御覧に入れます。その時は一緒に来てくれますね?」


 私は目で本気なのだと訴える。

 その真剣な意思が通じたのか、彼女は目を見張った。

 そして笑顔になって。


「ふふふ。今のはクラッと来ましたね。良いでしょう。見極めさせていただきます。そうですね……私に一撃入れられれば合格としましょうか」

「一撃入れられれば合宿に参加してくれますよね?」

「分かりました。約束しましょう」


 その言葉に先の疲れは一瞬にして吹き飛んだ。いやがうえにも、やる気が高まる。


 模擬戦。

 周囲を結界で囲み、魔法の被害を防ぐ。結界を壊してしまうような大魔法は禁止だ。

 とはいえ、そんなものを撃たせてもらえるはずもないが……


 準備が整うと私と師匠は、互いに剣を構え向かい合う。自然体のように構える師匠に既に隙はない。

 そして師匠が言った。


「では始めましょうか。いつでもどうぞ」


 その言葉とほぼ同時に私が狙ったのは最速、速攻の無詠唱。

 威力は低くていい。一撃当てればいいのだから。

 先手必勝!


「『雷光(サンダー)!』」


 私の前面に展開した魔法陣から青みを帯びた雷光が(ほとばし)る!


 師匠はそれを流れるような動作で剣で受け流した。

 それには意表を突くことを狙った私の方が驚愕していた。


「化け物ですか!? 今のを剣で流すなんて……」

「狙いは良かったですよ。ただ分かり安すぎましたが」


 そう言いつつ、師匠は迫ってくる!

 私も負けじと、足を踏み出す!


 青い影と黒い影がぶつかり合った!

 打ち合い、躱し、流す。それを何度も繰り返す。

 時に火花を散らせながら。

 甲高い金属音を響かせながら。


 それは高速の演武。

 それは青と黒の剣劇(ソードダンス)

 流れるような攻防は、あるいは円舞(ワルツ)であったろうか……

 体内の魔力が体外の魔素(マナ)に干渉して波動(オーラ)が流れる。

 互いが魔法で身体能力を向上させた結果だ。

 だからこそ。


 その地力は埋まらない……


 必然、私は追い詰められていた。

 私の体を掠めるようにして傷が増えていく。

 私の受けが間に合っていないのだ。

 更に悪い事に私には時間制限がある。体力の限界という時間制限が。

 それは師匠にもあるはずだが確実に私より長い。


 たまらず距離をとった私に、師匠は不用意には近づかない。

 おかげでわずかばかり助かったが、その徹底した戦闘スタイルは私の心を完膚なきまでに叩きのめす。


 だがしかし……


「泣き言ばかり言ってらいれない!」


 私の我が儘で叶えた特別舞台(エクストラステージ)

 この機を逃したら、次の機会は無い気がして……

 師匠が遠ざかってしまう気がして……

 彼女が欲しいと(こいねが)う。


 隙を(うかが)う。勝機を窺う。

 私を見る。彼女を見る。周りを見る。

 見学。視認。観察……

 意識は肉体を離れ対象を俯瞰し、仰望する。


 波動を伴った青の双眼が彼女を射抜く。


「その目。良いですね。ゾクゾクします。しかし、いたぶる趣味はありませんのでこれで終わりにしましょう」


 そう言うと、彼女は静かに迫って来た。

 その迫力にはこれで終わりにするとの意思が如実に表れている。


 速いッ!

 辛うじて短剣で斬撃を受ける。

 そこで私はハッとする。

 唇が動いている。これは詠唱!? 何の魔法だ!?


「そこは眠りの森。眠りの神(ヒュプノス)よ。この者にひと時の安らぎを」


 催眠魔法だ!!


「『眠れ(スリープ)』」


 抵抗魔法を!

 いや、ダメだ! 間に合わない!

 ここが勝負の際。これが勝機(ラストチャンス)!!

 私は私を叱咤する。


「踏み込めぇえええ!!」


 私は渾身の斬撃を放つ。

 それは確かに何かを掠めた。

 そして私はそのまま眠りに落ちた……




「まったく、こんな相打ち覚悟の戦い方……不合格です」


 その落胆したかのような声は、眠りに落ちた私には幸いにして届かない。


「……ですが合宿には参加しなければならないようですね」


 ソニアを抱き留めたアイリーンは、自身の袖についた一筋の傷跡を見てため息をつくのだった。

 しかし、その表情は穏やかに微笑んでいた。




 夢の中で私は彼女の背中を見る。

 私はその背中に向かって言う。


「ロックオンです」


 今は背中が見えるだけだとしても、それでも私には幻視し(みえ)ている。

 共に戦う彼女の姿が……






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