エリスとリリス
旅立ちの日。
アルフヘイム王国へはここから北へ馬車で半月程の予定だ。
リリスは結局ついて来ることになった。
残して行こうとしたら、散華ちゃんや師匠達から猛反発されたのだ。
残して置けば帰って来た時の楽しみが増えたのにと思うと残念である。
こちらで頑張ってもらおう。
見るとグランさんが馬車に荷物を運ぶのを手伝ってくれている。
その表情はやや、やつれている気がする。「魔女の家怖い……」と呟いているのが聞こえた。
反対にアンナさんは喜びに満ち溢れていた。
「ソニア。ナイスフォローよ」
「お、おう。お幸せに」
やったのはリリスで私は何もしていないが、嬉しそうなので良い事にする。
「まさか本当にサキュバスと旅する破目になるなんて……」
こちらではエリスも驚愕していた。
「私は有言実行を信条としているのです」
「実行しないで欲しかったのだが……」
私の言葉に散華ちゃんはそう宣うのだった。
†
私たちは皆から見送られ出発した。
街の門まで来ると人馬が並んでいる。
商人達と護衛の冒険者達、旅人もいるだろう。
門前には兵士たちが並び検問がある。
と言っても出て行く方は簡単な確認だけだ。
並んで順番を待つ。
さらに私達には紹介状がある。
散華ちゃんと蓮華姉さんに頼んで書いて貰った。よって完璧すぎるほど身元も万全だ。
それを見せると兵士たちは俄かに緊張が走った。
「失礼しました。北方では山賊が出るとの情報もあります。どうぞお気をつけて」
「ありがとうございます」
全く失礼な事はされていないが、この街で華咲の力は大きいので仕方ない。
御者台に座ったリリスが優雅な笑顔でお礼を言うと馬車は進んでいく。
門を出てしばらくするまで兵士達に見送られてしまったのはきっとリリスのせいだ。
……気をつけようと思う。
それにしても山賊か、そんな人達がいるのだなと思う。
国にとって山賊などは当然ながら討伐対象だ。害悪しかない犯罪者に他ならない。
私は旅に出るのが初めてだ。噂くらいでしか聞いた事が無い。
「出会わなければいいわね」
「そうですね」
アリシア先輩に私は答えた。
アリシア先輩は耳が良い。基本的には出会わないはずだ。
門を出るとひたすら平地に道が広がっていた。
遠くに山々や木々が見える。
御車はエリスとアリシア先輩が交代で行う事になっていた。
私は出来ないのとリリスは道を知らないためだ。
まだこの辺りは他の商隊について行くだけだが。
今はエリスが御車だ。なぜかその隣にリリスが座っている。
馬車がガタガタと揺れながら道を進む。
「おお。私が旅に出ているっ!」
謎の感動があった。
「ソニアは初めてだったわね」
「そうなのです。アリシア先輩はこちらへ来る時以外にも?」
「ええ。何度か任務でね」
「それは頼もしいですね。色々教えてください」
「ええ。もちろん」
私の言葉にアリシア先輩が嬉しそうにする。
御者台の方を見るとリリスとエリスが話している。
リリスが馬を見ながら言った。
「馬って良いですわね」
「そうね」
「馬の様な男も良いですわね」
「……それはどうなのかしら」
「そうですね。やはり男は駄目ですわね。美少女が馬になる方が素晴らしいですわ」
「……」
リリスはエリスを見つめて言った。だが、エリスの方は目を合わせようとしない。
そっと顔をそらす。この間のグランさんを見ているためだ。
「貴女良いですわね。私の馬になって下さらないかしら?」
「お断りします!」
「そうですわね。いきなりは無理ですわよね。いずれで良いですわ」
「いずれもありません!」
うむ。良かった。仲良くやっているようだ。
私は安心した。リリスは新参なので上手くとけこめるか心配だったのだ。
だがアリシアとエリスは逆に不安になるのだった。
「……この旅大丈夫なのかしら」
そんな調子でしばらく進んでいると段々と他の商隊は他の道へと別れて行った。
そうして今はかなり前方に数隊残るのみだった。
アリシア先輩が言った。
「さあ。ここからよ。まだ大丈夫だけど一応は気をつけてね。山賊じゃなくても魔獣が出ることもあるから」
「そうでしたね。魔獣がいるんでしたね」
魔獣は魔物の一種だが、獣に近い姿をしている。
街は衛兵が守っている。魔獣が入り込む事は稀だ。入り込んだとしても冒険者に狩られるのであまり目にすることは無い。
魔獣使いと呼ばれる冒険者もいるが、街中ではあまり連れ歩かない。普段は温厚でも人の多さで気が立ってしまうこともある。
その場合、人を襲えば所有者の責任になるし、間違って狩られても文句を言えない。なので街中の移動が必要な時は檻の中へ入れられて布を被せられる。
だからほぼ見ることは無い。
「大丈夫ですわ。ご主人様。私が目を光らせておきますので」
リリスがそう言うと隣のエリスがビクッとしていた。
リリスの魔眼を心配したのだろう。
「うん。お願い。エリスとも仲良くしてあげて」
「ええ。もちろんですわ」
そう言ってエリスの横にピッタリとくっつく。
「ひぃっ……」
「うふふ。もっと仲良くなりましょうか」
「結構です!」
そうして馬車が進んで行くと、かなり前方を進んでいた商隊が何やら騒がしい。
「アリシア先輩分かりますか?」
「ええ。魔獣が出たみたいね。護衛に討伐された様だけど、そのせいで進路で揉めているみたい」
アリシア先輩は耳がいい。風魔法も併用するとさらに遠くの音まで聞こえるらしい。
「なるほど。じゃあこちらは関係ないですね」
結構な時間揉めているのでこちらが通り過ぎて行こうとすると、護衛の男が声をかけてきた。
「おい、嬢ちゃん達この先は危険だ。道を変えた方がいいぜ」
一応、親切心で声をかけてくれたらしい。目はリリスとエリスに釘付けなのは仕方ない。
青薔薇の誇る「妖艶」ツートップが並んでいるのだ。
もっともエリスはその見た目の割には純情だ。サキュバスと比べるのは可哀そうかも知れないが。
呆けている男に私は聞いてみる。
「危険というと魔獣ですか?」
「あ、ああ。さっき魔獣が出たんだが、どうも何かから逃げて来た様子でな」
「なるほど。もっと強力な魔獣がいると」
「恐らくな。何なら俺達と一緒にくるか?」
「いえ、訳ありの旅なので。ありがとうございます」
「そ、そうか。気をつけてな」
「ええ。そちらも」
敢えて危険物を抱え込もうとする冒険者はいない。護衛なら尚更だ。
そうして私達はそのまま進む事にした。ある程度離れると後ろで声が聞こえてくる。
「馬鹿ね。あれはかなり高位の魔族よ。震えが止まらないわ。襲われたらどうするのよ」
護衛の仲間の女だ。リリスを見破るとはできる女だ。
「何だと! 訳ありとはそういう事か。しまった。襲われたかった!」
男は馬鹿だった。護衛の女に蹴られている。
まあ気持ちは分からないではない。
リリスは女の言った通り、かなり高位のサキュバスのようで品性まで持ち合わせている。
安い男のつまみ食いなどしないのだ。リリスに襲われるのはそういう意味では名誉な事だった。
「エリスが襲われるのは名誉な事なのです」
「そんな名誉いらないわよ!」
エリスが疲れてきたのか、キレ気味だった。
そうして進んで行くと。
「待って! 何かが走って来るわ。これは……大型魔獣よ」
アリシア先輩が察知して言った。どうやら先ほどの護衛が言った通りだったようだ。
「ええ。見えました。一匹だけのようですわね。せっかくですので、ここは任せていただきましょうか」
優雅な振る舞いでリリスが宣言する。
「そうだね。リリスの力も見たいし。お願い」
「畏まりました。ご主人様」
馬車を止めるとリリスが飛び降りる。
大型魔獣は目前まで迫って来ていた。かなり大きい。
ライオンの頭に山羊の胴、そして毒蛇の尻尾。
それは一般にキマイラと呼ばれている。
口から火炎を吐く厄介な魔獣だ。
だが対峙するリリスは余裕の表情だ。
リリスはしっかりと相手の目を見る。
するとキマイラが狼狽えた様な気がした。
それでも吼えようとするキマイラの機先を制してリリスは言った。
「白昼夢」
リリスの魔眼に魔法陣が浮かんだ。
その目を見たキマイラはバタリとあっけなく倒れた。
目を回して倒れている。
「やるわね。かなり強い個体だったはずよ」
エリスが称賛するように言っていた。
「そうですね。でもどうしましょうか。気絶してるだけですし」
「そうね。こうあっさり倒してしまうと、わざわざ殺すのも忍びないわね。かといって放置しても人を襲うかもしれないし」
「そうですね。放置しても他の魔獣に殺される事もありますからね」
私とアリシア先輩が悩む。
するとリリスが助け舟を出してくれた。
「今回は放置で良いでしょう。弱かったですし、しばらくは起きないはずですわ」
「そうか……そうだな。リリスが倒したんだからそうしよう」
正直どちらが良いのか分からない。
私達は魔獣を狩るために来ているわけではないので放置する事にした。
私達にとってもその方が時間と労力を取られないので都合が良い。
道中どれだけ魔物と遭遇するかもわからないのだ。いちいち殺して回ってはそれだけで疲れてしまう。
何かあれば、そのために冒険者ギルドがあるのだから任せれば良いだろう。
そうして先へ進み続けると小さな宿場町があった。
馬も休めなければならない。
何故かぐったりしているエリスも休めなければならない。
そこで宿を取って一泊した。
寝言でエリスが言う。
「うぅ……もうエロトークは嫌なのぉ……」
リリスと仲良くなったようで良かったです。




