模造女神
勇者が裏切った程度ならまだ収拾がついただろう。
しかし女神と呼ばれる存在が降臨してから、もはや試合どころの話ではなくなっていた。
大会は事実上の中止だった。
女神に対して真っ先に動いたのはツヴェルフだった。
対して勇者は女神に命令した。
「叩き潰せ!」
女神はこくんと頷くだけだ。意思があるのかどうかさえ定かではない。
ツヴェルフが迫ったので一時的に光属性の吸収は無くなっていた。
ソニアは勇者を魔法で牽制する。
そんな中、大佐とアイリーンが何やら話している。アイリーンは苦し気だったが今は少し落ち着いていた。
「……貴方はアレを見て驚きませんでしたね」
「何が言いたい?」
「アレが何か知っているのでは?」
大佐は少し考える素振りをしていたが、答えた。
「私も詳細は知らぬ。ただ大昔の遺物で模造女神と呼ばれるものがあったとは聞いたことがある」
「模造女神? 私は修道女ですが初めて聞きました」
「その名の通り。女神に似せて作ったものだそうだ。女神の怒りを買って何処かに封印されたとか。もっとも、大昔の噂で信憑性はわからんがね。しかし、薔薇め、どこでみつけたのか」
その言葉を聞いて、アイリーンは目を見開いて驚く。
「赤薔薇……」
「お前たちは青薔薇だったな。なかなか洒落が利いてるじゃないか。しかもその鎧。対神兵装だろう? さすが【皇帝】というべきか、どこまで手引きしたのやら」
そう言って大佐は笑っていた。
それはアイリーンにとってもわからないことばかりだった。考えるように首を傾げる。
それでも、一つだけ確認をしておかなくてはならなかった。
「……。貴方はもうこの戦いに関与しないという事でよろしいのですか?」
「ああ。勇者に言った通りだ。まあ一応、王国騎士団の一員だ。観客の避難誘導くらいはしてやる」
「それは助かりますね。よろしくお願いします」
そういうと大佐は観客席の方へ歩き去った。
それを目ざとく見つけたダンは大佐について行った。意外と抜け目ない。
エリスにも声をかけたようだが、蓮華が心配だったエリスは断っている。
「まったく。教授の秘密主義には困ったものですね……」
アイリーンはそれを見ながら呟いていた。
†
指示を出すだけで動かない勇者から視線を移すと、女神と戦うツヴェルフさんは苦戦を強いられている。
ツヴェルフさんが長剣で斬りかかるも神性の膨大な波動がそれを阻んでいた。
そして女神はお返しにとばかりに神性の塊とでも言うべきエネルギー弾を放つ。
ツヴェルフさんはそれを回避したが体勢を崩してしまっていた。
だが女神は何かを嫌がり、追撃は撃ってこなかった。
そこへツヴェルフさんを助けるように師匠が戦いに加わった。
焦れたのは勇者だ。
「何をやっている! そんな雑魚どもに手こずるなど女神の名が泣くぞ! もっと力を開放しろ!」
女神はただ頷く。
そして。
「『神逐』」
女神は無詠唱で巨大な光球を創り出した。
!?
あれはとても不味いものだ!
私がそう直感した時には、何かがそれに向かって飛び出していた。
ツヴェルフさんだ!
ツヴェルフさんは女神に体当たりする様に長剣を振るった。
まさか向かって来るとは思わなかっただろう女神は不意を突かれた形になった。
女神は弾かれ、あらぬ方向へ飛んだ巨大な光球は観客席を吹き飛ばし学園と街の一部を破壊した。
無詠唱でこの威力か!?
相当な被害者が出てしまっているだろう事は想像に難くない。
皆が驚き戦慄していた……
それにしても、ツヴェルフさんも相当な無茶を……運が良かったが、場合によっては大怪我では済まないぞ!?
「素晴らしい! 無詠唱でこれほどか!」
しかし、危うく死ぬところだった勇者は冷や汗をかきつつも喜んでいた。
ここまで残っていた観客達でさえ、これには恐慌して我先にと逃げ出す。
そんな中、私は何かツヴェルフさんに違和感を感じていた。何か焦りの様なものが見える気がする。
私はツヴェルフさんの許に向かった。
「師匠少しの間、頼みます」
「ええ。分かりました」
師匠もツヴェルフさんの様子には気づいていたのだろう。察してくれた。
私はツヴェルフさんを引っ張って女神から離した。
「ツヴェルフさんどうしました? 様子がおかしいようですが」
ツヴェルフさんは泣きそうな顔で言った。
「ソニア。あれは人形ですか?」
「女神のこと? どうして?」
「心が感じられないのです。私と同じなのですか?」
彼女は命令に従うだけの女神に心を痛めていたのだ……
見た目はそっくりでも自動人形である彼女はやはり、一般的な人とは違ってしまう。
そのことに同情に似た何かを感じ取っていたのだ。
私はツヴェルフさんを抱き寄せると。
「大丈夫だよツヴェルフ。私が……私達がついてる。ツヴェルフさんは心があるよ。私は温かいでしょう?」
「はい。ソニアは温かいです」
「それが心だよ……」
!!
ツヴェルフさんは驚愕して目を見開いた。
「おお! つまり心とは熱感知センサーの事だったのですね。やる気がでてきました! ソニア。やってやりますよ!」
うん? 冗談だよな?
元気になったみたいだし良いか……良いのか?
私は多少不安になりながらも聞いてみる。
「それでツヴェルフはどうしたい?」
「助けたいです。いえ、助けます!」
「分かった。助けようツヴェルフさん!」
「はい。ソニア!」
ツヴェルフさんはもう大丈夫だろう。彼女は師匠の許へ走っていった。
ツヴェルフさんの話で私には気になるところがあった。
女神の心が感じられないというところだ。
ならば助けるとは、心を取り戻させることだろうか。
「何か手掛かりがあれば……」
ツヴェルフさんと交代するように師匠がこちらへ駆けてきた。
「ツヴェルフから話は聞きました」
「師匠、何か分かった事はありますか?」
「ええ。どうやら闇の鎧を嫌がっている様です。嫌がるという事は何かしら感情が動いていると思うのですが。そこに突破口があるのではないでしょうか……」
感情が無いわけではないようだ。恐らく奥底に封印されているのだろう。
それを揺り動かすかもしれないのが、この鎧だった。
「なるほど。そうですか」
そうは言ったものの皆、疲弊している。傷も多い。
手元にあるペンダントも使うべきだろう。
「師匠。お願いできますか? あそこのダークエルフのエリスさんに」
エリスさんはアリシア先輩をかばったまま回復を図っていた。そろそろ戦力になるだろう。
そう言ってそれを一つ渡した。
「わかりました」
「私は散華ちゃん達の方を」
そう言って師匠と離れた。だがそれは勇者に見咎められた。
「なにをコソコソやっている!」
そう言って勇者が長剣を手に迫ってくる。
私は叫んだ!
「クロ! 来い!」
その言葉と共に、観客席から黒い影が飛び出して勇者にぶつかった!
「ぐうっ! 何者だ!」
思わぬ不意打ちに長剣で防御するしかなかった勇者。
「お店を休みにして正解だったニャ!」
現れたのは家の看板娘? クロだ。
今日のクロは応援に来ると言っていた。この大会で街中がお祭り騒ぎだったからだ。ほぼ客など来ない。
もちろん、その時はこんな事になるとは思っていなかったが……
クロは私を心配してまだ残っていたのだ。クロと使い魔の契約をしている私にはそれが分かる。
クロは既に闇の鎧を着ていた。クロと闇の鎧の相性は良いらしく手甲に鉤爪の様な武器がついている。
それを勇者に向かって振るう。クロの素早い動きは勇者を翻弄していた。
勇者はクロに任せて私は散華ちゃんと蓮華姉さんの許へ走る。
倒れた散華ちゃんをかばうようにして、倒れている蓮華姉さん。二人とも苦痛に顔を歪ませている。
勇者につけられた傷から血が流れていた。痛々しい……
私はすぐに二人の傷を回復魔法で癒す。
「清流よ この者に清浄なる流れを 『高回復魔法』!」
師匠や先輩の方が回復魔法は上手だ。私はどちらかというと攻撃魔法タイプだ。
しかし何故か二人には私の回復魔法が効果覿面だった。
「愛の力!」
そう、叫んでいる間に倒れていた二人は起き上がる。
「いきなり何を言っているんだ……」
「ソニアのそこだけは本当にブレませんね……」
回復した散華ちゃんと蓮華姉さんが呆れながら言った。
そこってどこなんだろう?
私が疑問に思っている間に蓮華姉さんが続けて言う。
「共鳴していた女神の血も落ち着いたようです。ソニア助かりました」
「ああ。そういうことか。ソニア、助かった」
蓮華姉さんの説明では、どうやらあの女神と自身の血が共鳴したせいで肉体に負荷がかかって苦しんだのだそうだ。
それに対して私の魔法は相性が良かったらしい。
「……というようなもっともらしい事を言っているが、つまりは愛の力! 認めたくないだけなのだ。ツンデレ姉さんとしては! 可愛いな!」
「何度も言いますがツンデレではありません。可愛いのは当然ですが」
「まあ……姉様。いつもの事ですから」
蓮華姉さんの抗議に散華ちゃんが宥める。可愛いのくだりは咎めないのだな!
傷が回復したのを確認した私は、二人にそれを渡す。
大佐と師匠の話の内容はほぼわからなかったが、これが重要だとはわかった。
対神兵装。つまり闇の鎧のペンダントだ……




